09 道着
「本気でないとはいえ、まさか上級冒険者相手に圧倒するなんて。サラマンダーを倒すところも見たかったわ」
昇級試験を終えた俺たちは、依頼報酬の受け取りとサラマンダーの精算を済ませ、食堂へと移動した。
ちょうど昼時だったこともあり、昼食を取りながら明日からのことを話し合う。
聞いていた通り、サラマンダーは金貨二十枚という高値で売れた。
それを山分けする段階で一悶着。
当初、サラマンダーについてカカたちは山分けを辞退したのだ。
確かに、戦闘においての貢献はなかったが、帰りは強化魔法で少し楽に運べたし、何より俺たちはパーティーだ。
独り占めというのも気分が良くないので妥協案を提示した。
取り分は俺が十枚、二人で十枚。
その代わり、“もう少しの間一緒にパーティーを組む”。
この条件で無事解決した。
財布が潤ったところで、配膳された昼食をいただく。
鶏肉みたいな肉と謎野菜の炒め物。
オイスターソースのような濃いめの味付けは塩分を求める体に染みる。
味はともかく、まともな料理にありつけたのが嬉しい。
それほど、携帯食料の味は満足いくものではなかった。
「手持ちに少し余裕が出来たから、しばらくは二人を手伝うよ。この辺の地理も、もっと把握しておきたいし」
「ダイスケがそれでいいなら。もし上級ランクで気になる依頼があったら、そっちを優先しても構わないわよ」
どうやら同ランクの依頼でしかポイントが適用されないらしく、上級冒険者は上級ランクの依頼で。
下級冒険者は下級ランクの依頼でしかポイントは加点されない。
つまりカカたちが中級に上がるためには下級ランクの依頼でポイントを積み重ねる必要がある。
上級ランクの依頼をパーティーで達成しても、カカたちはポイントを得られないのだ。
ということで、昼食後は再びギルドに舞い戻り下級ランクの依頼を受ける。
簡単な薬草の採集らしいが、今日のところは一旦解散。
火山往復の疲れを癒やし、翌日取り掛かることにした。
午後丸々時間が空いたのはありがたい。
金貨十枚の支度金を使って、買い物タイムといくか。
まずは到着初日に利用した宿屋で部屋を確保。
特に不満もなかったので、この街にいる間はお世話になりそう。
常連になることでサービスの向上にも期待している。
お次は本日のメインとなる服屋。
前回所持金不足で注文出来なかった主人公の道着をオーダーメイドする。
果たして、どこまで再現可能なのか……。
不安しかないが、口頭で記憶にある限りのイメージは伝えた。
店主は理解したような、していないような微妙な反応。
あとは店主のセンスを信じるほかない。
前金で金貨四枚を支払い、三日後の仕上がりを待つ。
期待を込めつつ、無駄金にならないことを祈るばかりだ。
続けて、靴屋へ。
現在はスニーカーを履いているが、注文した道着に合わせるなら紺色のブーツ。
今のマントに合わせるなら木製のブーツか。
当然、木製のブーツなどないので、黄土色か茶色でいいだろう。
幸い、紺も茶もあったので二足とも……とは予算的にいかないので今回は紺色に。
今履いてるスニーカーはこの世界では手に入らない貴重品なので、一応捨てずに取っておく。
今後のコスプレで必要になるかもしれないし。
残りの買い物は日用品。
通貨が硬貨のみなので、それ用の財布。
荷物が増えてきたので大きめのリュック。
あとは替えの下着、洗濯用石鹸、タオルなどなど生活を豊かにするアイテムを買い揃えた。
こう荷物が増えると自分の部屋が欲しくなる。
何より落ち着けるプライベート空間が恋しい。
宿屋も居心地は悪くないが、前の世界ではアパート暮らしだったのでどうも慣れないのだ。
アパートを借りられないか、カカたちに相談してみるか。
道着完成までの三日間はカカとニニに付き合って、下級ランクの依頼を熟した。
素材の採取や倉庫整理、荷物の配達などなど。
下級ランクらしく命の危険のない簡単な依頼ばかりで、大したトラブルは起きなかった。
依頼では。
午後の依頼を終え、これから注文した道着を取りに行こうと思っていた矢先──
「お前がコネで上級ランクになったダイスケか」
どこからともなく現れた冒険者風の男。
ガラの悪い、いかにもなやられ役が街路に立ち塞がった。
「昇級試験も簡単になったもんだな。今なら俺様でも余裕で上級ランクになれそうだ」
こんな感じで、連日至る所で声を掛けられるようになっていた。
どうやらこの間の昇級試験が冒険者たちの間で噂となり、腕自慢の中級ランク以下の荒くれ者が因縁を付けてくるようになったのだ。
なので、その対応のテンプレも出来上がっていた。
「前置きはいい。俺に勝てたら望み通り推薦してやる。ただし、負けたら貴様は全てを失う。それで良ければついてこい」
ここで口論するのも時間の無駄なので、手っ取り早く力で解決する。
と言っても、白昼堂々街中で喧嘩しては余計に喧伝されるのでギルド裏手の広場へ。
嘘つき道化師のように、試験官ごっこでもして遊ぶか。
格好は大魔王の息子のままだが。
「かかってこいザコ」
荒野の決闘が如く、広場で対峙する俺は構えず右手で合図した。
相変わらず、先手は譲る。
相手の武器は斧。
どんな攻撃を繰り出すか。
何か得るものがないか、一応楽しみにしておく。
「その舐めた態度。後悔させてやる!」
ドスドスと地面を揺らしながら間合いを詰め、大きく振り上げた斧を勢いよく振り下ろす。
「遅い……」
ローイの斬撃と比べると、雲泥の差。
欠伸が出るスピード。
これなら最小限の動きで躱せる。
そこから──
「このっ!」
相手はムキになって振り回すが、かすりもしない。
ローイのナイフ捌きを見たあとだと、実にスローだ。
まだ一分も経っていないが、もう実力は知れた。
タイミングを測り、左手一本で斧の動きを止める。
「なっ!」
素手で刃先を受け止め、相手の度肝を抜く。
必死に斧を引くがピクリとも動かない。
「終わりだ」
右手を相手の胸に向け、最小の気功弾を放つ。
ドンっと相手は吹き飛び、壁に激突する。
キャラは違うが、宇宙の帝王のパパを倒した時の再現。
無論、相手を殺したりはしていない。
ただ気絶しているだけだ。
「これで何人目よ?ダイスケの強さ全然広まってないじゃない」
そう言いつつ、ニニは気を失っている荒くれ者の懐からサイフを抜き取る。
ここまでしないと挑戦者が後を立たないというニニの判断。
まあ確かにリスクが無ければ、懲りない連中も多いだろう。
「口調も貫禄あるように変えたのに」
「やっぱり白いマントが目立つのよ。普通の格好にすれば、少しは落ち着くかもね」
服装についてはどのキャラでも目立つのは一緒。
次のオレンジ道着にしたって、この世界に二人といない。
毎回こんな調子で付き合ってもらう二人には、ほんと申し訳ない気持ちが一杯だ。
なので、せめて飯くらいは頂戴した輩の財布から全員分出すことにしていた。
ただ、このイベントは対人戦における加減や、なりきり度の調査に一役買っていたりする。
その一つとして、この服装での限界が知れた。
腕を伸ばしたり、巨大化したりはダメ。
人間離れした特性を使うには最低でも緑の全身タイツなどで、より再現度を高めなければ不可能ということ。
そうなると、やはり最強を極めるなら人類に近いキャラの再現を追求するのが良さそうだ。
俄然、注文した道着が楽しみになる。
荒くれ者を置き去りにして広場を去ろうとしたところ、また声を掛けられた。
ただし、今度は真っ当な用件。
決着が着いたタイミングを見計らったかのように、ギルドマスターのギムルが現れたのだ。
「連日元気良く暴れてるな。どうだ、ここらで上級ランクの依頼を受けないか?報酬は金貨三十枚」
「内容は?」
「『古代樹の森』での討伐任務。『ゴブリン』と『オーク』が森に侵入して、脅威となっている。詳しいことは現地に住む『エルフ』から聞いてくれ」
ゴブリンにオーク。
さらに、エルフとな。
まだ出会っていない異世界らしいワードのオンパレードに心がときめいた。
それに新調した道着の試しの場が欲しかったところ。
受けない理由がない。
カカとニニに確認を取り、二つ返事で承諾した。
いつも通り明日の出発を約束し、カカたちと別れる。
俺は一人、待望の道着を受け取りに。
期待に胸を膨らませて、服屋の扉を開いた。
「こちらでいかがでしょう」
「おおっ」
カウンターに広げられたオレンジ色の道着に感動!
生地も安っぽくなく、すぐにダメになることはなさそうだ。
ただ、胸と背中に『亀』の文字は入れられなかった。
どうやらこの街では服に文字を入れる文化がなく、その技術もないという。
その他、細部の再現は俺も記憶が曖昧なので諦めた。
今はこれが精一杯。
さらなるクオリティを求めるなら、もっと発展している王都や文化の異なる他国へ行くしかない。
カツラも貴族や王族にしか需要がなく、この街での取り扱いもないし。
ある程度軍資金を得たら、王都を目指すか。
店主に感謝を伝え、店を後にする。
俺が世界一有名な殺し屋でなくて良かったな。
でなければ、今頃殺されていたところだ。
明日からの長旅に必要な買い物も済ませ、満足感に包まれながら寝床につく。
しばらく、この宿屋ともお別れだ。




