08 試験
一同、揃って帰途へ着く。
カカの強化魔法のおかげもあって歩行速度を落とすことなく、俺はしんがりを務めた。
行きは時間短縮で歩きづらい裏道を使ったが、帰りは正規ルートを辿る。
この大荷物を抱えての裏道は余計時間が掛かると判断された。
「それにしても、よく三人で倒せたわね」
「私も驚いたよ。まさか彼があんなに凄い魔法が使えるとは。上級冒険者なら先に言ってくれれば良かったのに」
「これを見せられたら……そうね。でも怪力の魔法使いなんて、噂でも聞いたことないわね」
なるほど。
上級冒険者のセドウルやキリアから見ても今のなりきり度で、もうその域にいるということか。
「いや、山育ちの武道家だって」
「それも昨日冒険者になったね」
「はあ?」
肩をすくめるカカとニニのフォローに、セドウルパーティーは懐疑的な目を向ける。
ここは早めに誤解を解かねばならない。
「自己紹介がまだだったな。拳法使いのダイスケだ。こちらは先輩冒険者のカカとニニ。よろしく頼む」
この事実をどう捉えるか。
実力を隠すつもりはないが、余計な詮索は避けたい。
「……それが本当なら、より驚きだ。帰ったら今回のことはギルドマスターに話しておくよ。討伐任務の助っ人として、優秀な人材だと」
こちらに都合良く、想定外にトントン拍子に話が進んでいく。
セドウルもワグネルたち同様、実に親切だ。
この世界は人格者が多いのだろうか。
ここも素直に受かっておく。
「それはありがたい。もっと報酬のいい仕事を受けたいと思っていたんだ。何かと入り用でね」
なりきり度を上げる為のアイテムを集めるには、どうしても金が必要になる。
手っ取り早く稼げることに越したことはない。
そこへさらに意外な申し出が──
「なら、昇級試験を受けるかい?」
ローイが話に入ってきた。
「そんな制度があるのか」
「ああ。上級冒険者の推薦とギルドマスターの前で、その力を示せればな」
「力を示す……ギルドマスターを倒せばいいのか?」
「相手は相応の実力者なら誰でも。つまり俺でもいいわけ」
自分を指差すローイ。
どうやら、ストレートに俺との対戦を希望しているようだ。
サラマンダーを倒したことで、興味を持たれたか。
それとも何か裏があってのことか……。
考えたところで、答えは出ない。
ここまで何事も力で解決してきたのだ。
なら、何が待ち受けていようとパワーで己が道を切り拓くまで。
モーグ火山の麓から途中野営し、昼前には無事ゼンタの街まで帰って来れた。
勿論、サラマンダーも一緒に。
セドウルたちがサラマンダーの所有権を放棄したので、結果として報酬以上の値打ちとなる依頼になった。
さらに、今回も道中に上級冒険者様から新規の情報を頂けたことにも感謝。
昇級試験は滅多に行われないレアイベント。
本来は依頼の達成難度に付随するポイントの積み重ねにより、順次昇級していく。
しかし、国軍出身者や他業種の実力者が転職した場合、実力に見合わない簡単な依頼を受け続けて、下級ランクの仕事を奪わないよう、例外的に昇級させる制度らしい。
レアイベントである理由は対象者が少ないから、以外の理由もある。
昇級に失敗した場合、推薦者の眼識が問われる事になるので、リスクを負ってまで肩入れしてメリットのある上級冒険者がそもそもいないのだ。
にも関わらず、ローイが申し出てきたのはそれだけの価値が俺にはあると認めたから──だと主張した。
無論、それは建前。
戦闘狂とまではいかないが、高みを目指す者としての性分だと本音を語っていた。
そういう意味なら、今の俺も同じ。
戦う相手を欲しているのだ。
街の入り口で警備のマイルを仰天させてしまったが、セドウルが事情を説明してくれたことで特段揉めることなく、すんなり門を通してもらえた。
上級冒険者の箔があれば、大抵のことは何とかなるらしい。
羨ましい肩書きだ。
それでも街中では相当悪目立ちし、事情を知らない住民たちは「サラマンダーが現れた」と一部で騒ぎになってしまった。
そんなこんながありつつも、無事ギルドの敷地にサラマンダーを移送完了。
見積もりと解体だけお願いして、手続きは後回しにしてもらう。
試験の為にご足労願った冒険者ギルドの長を、そう待たせる訳にもいかない。
「依頼達成ご苦労。ギルドマスターの『ギムル』だ」
ゴツイ顔をした風格ある男はそう名乗った。
初対面であるが年季を感じる雰囲気は一目で只者でないのがわかる。
街への影響力が強いギルドを纏めるとなると、それなりの実力者であることは必然のことか。
「事情は聞いた。セドウルたちにはすぐにでも次の仕事を頼みたかったが、やむを得ない。昇級試験を認めよう」
休む間もなくギルドの裏手に移り、そこの広場で早速試験が開始される。
わざわざ依頼を出してまで、呼び戻したのだ。
ギルドマスターとしては、一分一秒が惜しい。
それでも強行される理由。
それは、圧倒的な上級冒険者不足の為であった。
上級冒険者は国軍の幹部として引き抜かれることがあり、その上危険度の高い依頼で命を落とす者も少なくない。
その為、どの街でも現役の人数はごく僅か。
上級ランクの依頼は決して多くはないが、重要度が高いのでギルドとして上級冒険者が増えることに越した事はない。
常時、大歓迎なのだ。
ただし、その実力がちゃんと備わっていればだが。
「ダイスケの実力がわかればいいんだ。ローイ、やり過ぎるなよ」
嗜めるようなセドウルからの声掛けに、ローイは右手の長剣を掲げた。
此処に来ても尚、俺の力は過小評価されている?
それとも、ローイが俺の想像の上をいく実力者なのか。
帰りを共にした一同が見守る中──
「はじめっ!」
ギムルの合図で試験が始まった。
「いつでもいいぜ」
俺はコキコキと首と指を鳴らす。
なりきり度を上げる為のルーティーン。
ほんとはターバンとマントを脱いで、さらにキャラの仕草をトレースしたいところだが、逆に今はなりきり度が下がりそうなのでやめておく。
本来なら試験を受ける側から動かなければならないが、またワンパンチで終わっては面白くない。
やり過ぎてはいけないらしいので、最初は相手の出方をよく観察。
強さの指標となる上級冒険者相手にどの程度やれるのか。
盗賊相手には全て先制攻撃の一撃で終わってしまったので、強敵相手の対人戦はテンションが上がる。
可能なら格闘マンガのように素手による激しい攻防を望んでいるが、相手が武器持ちだとそうもいかない。
まずは身のこなしが通用するか、確かめる。
「そっちが来ないなら、いくぜ!」
こちらの意図を汲んでくれたのか、ローイの方から仕掛けてくれた。
初手は袈裟斬り!
速さは感じるが、その軌道は鮮明に読める。
余裕を持って半身で躱すと、すかさずニ撃目の胴切り。
これも後ろに飛んで回避した。
見える!
なりきり度のおかげか、刃物に対する恐怖心は生まれず、体も良く動く。
おそらく、並の剣筋なら見切れる洞察力が備わっている。
回避力については想定内。
今度は攻撃力を測る。
踏み締めた地面を蹴り、飛ぶように一瞬で間合いを詰める。
「くっ!」
ローイは真っ向斬りで迎え撃とうとするが、こちらの方が速い。
胴当てに左の一撃!
「っ…!」
その衝撃はローイを後方へ飛ばす。
──が、鮮やかな受け身で勢いを殺し、その一発で倒れることはなかった。
「……この装備も買い替え時か」
静まり返った一同は胴を撫でるローイを見て、どよめいた。
胴当てにくっきりと拳の跡。
手応えはなかったが、精神的なダメージは与えたか。
しかし、ここで戦意喪失しないのが上級冒険者。
使っていた剣を地面に突き刺し、腰に装備した二本のナイフを抜いた。
「ここからは本気でいく」
二刀のナイフを構えたローイの雰囲気が変わった。
どうやらナイフ術が本来のスタイルのようだ。
対サラマンダーでも剣術を披露していたが、それはナイフと相性の悪い相手だったから。
人間相手なら得意のナイフで本領発揮という訳だ。
「ハッ!」
剣術より踏み込みが深く、鋭く、速い。
見えてはいるが回避はギリギリ。
反撃するには一度攻撃を受け、ローイの動きを止めたいところ。
腕を掴んで蹴り上げるプランもあるが、ここは直接ナイフを腕で受け止める。
作中なら相手の刃物が折れるくらいの肉体強度を誇っているので、今の自分でもイケるはずだ。
たとえ負傷したとしても、今なら回復魔法で治してもらえるだろう。
最悪腕を失っても、なりきり度で自己再生出来ないものか。
覚悟を決め、両腕に気を通すイメージをしながらナイフをガードする。
「なにっ!?」
ナイフの接触した皮膚の断面は切れることなく、受け止めた。
流石にナイフを折るほどの硬度にはならなかったが、十分な成果といえる。
「強化魔法……いつの間に」
「まだまだこれからだ」
ローイは仕切り直すように、後ろに飛んで距離を取る。
こちらは一気にアドレナリンが放出。
試験なんか関係なく、楽しくなってきた!
「くらえっ!」
数歩の助走から真上に飛び、気功弾を放つ。
もちろん手加減して。
「ッ!」
ローイは面食らいつつも、すんでのところで躱す。
ドン!と着弾した衝撃波でローイは飛ばされ、辺りに土埃が舞った。
そこへさらに追撃の一発──
「そこまでっ!」
「はっ!?」
二発目を打つ前に、ギルドマスターから試験終了の声が上がった。
俺はそこで正気を取り戻す。
危なかった。
また調子に乗って、暴走するところだった。
「拳法使いとは初めて戦ったが、楽しかったぜ」
「こっちこそ。次は本気でやり合おう」
ローイを助け起こし、お互い健闘を讃え合う。
「『楽しかった』……じゃないわよ。見ているこっちはハラハラしたわ。あんなのが直撃したらタダじゃ済まなかったわよ」
アイシアがローイに回復魔法を掛けている横で、キリアの説教が始まる。
キリアの指差す方向には小さなクレーターが出来ていて、命中していたらかなりのダメージになっていたかもしれない。
加減した、ただの気功弾でこの威力とは……。
人間相手に使うのは考えないといけない。
「それでどうだい?ダイスケの実力は?」
セドウルが水を向けると「合格だ」とギムルは答えた。
「見たことのない拳法だったが、その強さに疑いの余地なし。今日から上級クラスの依頼を頼む」
「OK、ボス」
中級を通り越して、上級!
やり過ぎたかと思ったが、結果的に高く評価されたようで良かった。
これで報酬のランクアップが望めるのは大変喜ばしい。
まあ、やけにあっさり合格出来た気がしないでもないが、何も裏はないよな。
疑うことを忘れてしまうくらい、都合の良い展開の連続。
後悔するその時まで、身を任せてしまおうか。
「おめでとう。ローイの目に狂いはなかった。私たちはもう行くが、何か困ったことがあったら言ってくれ」
「ありがとう。歯応えのある相手と戦う時は是非呼んでくれ」
握手を交わし、セドウルたちは去っていった。
初めての依頼が、ここまで実りのあるものになるとは想像もしていなかった。
ギルマスの期待に応えるためにも、これからはより危険な依頼を熟すとしよう。




