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07 モーグ火山

夜が明け、約束通り早朝の出発となる。

元の世界から仕事で早起きはしていたので、そう苦ではない。

冒険者という職もこれから早寝早起きが習慣になりそうだ。

そしてパンとスープも朝食の定番か……。


「おはよう、二人とも」

「おはようございます……昨日とは随分格好が違いますね」

「ってか、昨日拳法使いって言ってなかった?なんで魔法使いのマント付けてるの?それにターバン巻くほど、火山は暑くないわよ」

真っ白なマントにターバン。

さらに紫系のシャツとズボン。


今回のキャラは『大魔王の息子』でいく。


服屋でターバンと紫のズボンを発見して、ピンときた。

あとは魔法道具屋にマントがあると店主に教えてもらい、一式揃えることを決意。

ここらの冒険者には目を引く純白のマントは人気がいないらしく、売れ残りを安く譲ってもらえた。

運良くネルシャツの下に紫のTシャツを着ていたこともあって、手持ちでギリギリ揃えられたのだった。


「これが今日の戦闘服。おかげで、素寒貧だ」

「じゃあ、さっさと仕事を片付けて報酬を頂きましょ」

「モーグ火山へ向かいます」

上級冒険者セドウルを見つけるため、三人は意気揚々と街を出た。



モーグ火山までは徒歩で半日掛かるらしく、昨日出発しているセドウルパーティーはすでに到着していることになる。

セドウルたちの行程は、一日目移動。

二日目、三日目調査の予定とのこと。


こちらはカカたちがモーグ火山までの近道を知っているということで裏道を行き、半日も掛からず到着。

あとは現在セドウルたちが火山のどこにいるかだが、それは気を探れば何となくわかる。


「蒸し暑いわね」

ニニは額の汗を拭った。

標高はそれほどでもないので、山の涼しさは感じられない。

休火山ということで高温ということもないが、軽鎧姿のニニは暑そうだ。

俺もマントとターバンが蒸し暑さを加速させている。


「ニニはワグネルみたいに全身鎧じゃないんだ。不安じゃない?」

「あんな暑くて、動きにくいの嫌よ。私の強みは身のこなしとスピード。対人戦なら問題ないわ」

「逆に僕は魔物担当。物理攻撃の効き難い魔物も多いからね」

「なるほど。それは大変頼もしい」


魔法使いのカカと剣士のニニ。

本来なら男女逆の役割になりそうなものだが、性格と適性でこう落ち着いたらしい。

それでちゃんとパーティーとして機能しているなら正解なのだろう。


「でも、もしサラマンダーに見つかったら、全員で逃げるのよ。私の剣は勿論、カカの魔法も効かない。カッコつけて、足止めしようなんて考えなくていいから」

「ほう。それほどの相手か」

「ブラックベアは倒せたみたいだけど、レベルが違うわ。上級パーティーでも苦戦する相手よ。出逢わないことを祈りましょう」

そう言われると逆に挑みたくなる。

せっかく身銭を切って揃えた新衣装。

早くその強さを試したくて、うずうずしている。



移動中、魔法について少し教えてもらえた。

属性は火・水・風・土・雷・光・闇とゲームでは定番のもの。

カカは水属性と土属性が得意らしく、強化魔法と回復魔法も少し使えるという。


せっかく魔法のある世界なら俺も、と思うのは贅沢なことだろうか。

まあ、そうでなくてもギフトのことで手一杯の現状で、魔法を覚えるとなると頭がパンクするかもしれない。


当分は見送りかな。

とりあえず、この世界でどんな魔法が披露されるか楽しみにしよう。



「いた」

山の中腹まで砂利道を登っていると、ニニが声を上げた。


ここまでサラマンダーはおろか、凶暴な魔物と遭遇することなく安全な道のりだった。

正直拍子抜けであったが、その理由は明らか。

障害となる魔物はセドウルたちによって討ち取られ、山道の路傍に所々死骸となって打ち捨てられていたのだ。

おかげで、ギルドの見立て通り足跡を追うのが容易となり、思ったより早く追い付けもした。


ここまでは間違いなく下級ランクの依頼。

そしてここからはランク相当のまま終わるか、肝心の運が試される。



「サラマンダーと戦ってる……」

カカの喋りから緊迫した様子が伝わってきた。

俺たちのいる場所から、少し下った平地部分でセドウルたちと対峙するどでかいトカゲ。


長い舌に大きく開いた口。

人を丸呑みに出来るほどの巨体に、炎を連想させる赤い皮膚。

そこに黒の斑点模様が加わり、コントラストが実に映えている。

ブラックベアより体積が大きな分、遠目でもその脅威度は窺えた。


「どうする?一応加勢する?」

「いや、様子見しよう。僕たちじゃ、かえって邪魔になる」

先程までの話と違って発奮する妹はやる気になっているが、兄はちゃんと冷静だ。

二人の実力は未知数だが、言っていた通りまだサラマンダーと戦うレベルにはないか。


なら、俺がやるしかない。

危なそうだったら飛び出すよう、心構えをしておく。



現状は膠着している。

セドウルパーティーは前衛二人、後衛二人。

サラマンダーが口から吐く火炎に前衛は間合いを詰められず、手こずっている。

それでも後衛が散発的に魔法攻撃で応戦。

水を槍のような形状に変化させて矢のように飛ばす。

面積がデカイので、それが面白いように当たった。

しかし、サラマンダーにはあまり効いていないように見える。


何か他に狙いがあるのかも。

そう思ったのも束の間、唐突に決着を迎えた。


前衛が注意を引いている間にサラマンダーを足元から徐々に凍結させていく。

濡れた皮膚は霜が降りるように白く化粧される。

どうやら水属性の攻撃で表面を濡らし体温を下げ、動きを鈍られるのと同時に氷結魔法で放射冷却を起こしたようだ。


水属性の上級魔法である氷結系は水属性を得意とするカカにもまだ使えない高度な魔法らしい。

上級冒険者のパーティーらしく、格上だと評していた。


間もなく、サラマンダーは完全に氷漬けにされた。



「お疲れ様でした」

戦いが終結したと判断し、カカを先頭にセドウルたちの元へ。

セドウルたちは「何事か」と、瞬間的に身構える。


「ギルドの使いで来たの。現在の調査を中止して戻ってきてほしいって」

「帰還の理由は?」

「さあ。それは聞いてない」

「そうか」

ニニが依頼書を渡すと、リーダーらしき重戦士風の男が剣を納める。

それに倣って全員が警戒態勢を解いた。


どうやら、このバイザーから目を覗かせる全身鎧の男が上級冒険者のセドウルのようだ。


「じゃあ、とっとと撤収だ。今日は柔らかいベッドで眠るとしよう」

ニックのような軽快な口調の男が荷物を纏める。

このバンダナをした軽装の戦士が『ローイ』。

あとは魔法使いの『キリア』と僧侶の『アイシア』か。

パーティーメンバーについては事前に情報を得ている。


「これは、このままにしていくの?」

氷の彫刻と化したサラマンダーを見上げるニニ。


「そうよ。この状態でも死なないくらいタフなの。私たちが討伐じゃなく、調査で来ているのはそういうわけ」

「苦労して倒してもこの大きさじゃ、ろくに素材も持ち帰れないしね。動き出す前に早く離れましょう」

事前情報では黒のロングヘアーが姉御肌のキリア。

茶髪のショートカットが心優しきアイシアだという。

全員いかにも冒険慣れしている雰囲気を醸し出していた。


早々と話も纏まり、一同は下山の準備に入る。

俺は物足りなさを感じつつも、ここは素直に従うしかない。

未練がましく、最後にサラマンダーを目に焼き付けていると──


「ん?」

今、目の前の巨体が揺れたような気が……。

俺が何かを口にする前に、


「まずい!思っていたより復活するのが早い!」

セドウルの警告が辺りに響く。

言うや否や、四つん這いになっているサラマンダーの右足がゆっくりと動き出した。


「私とローイが時間を稼ぐ。下で落ち合おう」

「任せたわよ」

一瞬の迷いもなく、セドウルパーティーが動き出す。

判断が早い。


「いくよ!」

「全員で逃げないの?」

「あいつを下まで連れていけないの。適当な時間を稼いだら二人とも上手く逃げるわ」

キリアとアイシアはカカたちの腕を取って走り出す。


「おじさんもいくよ!」

「オレに構うな。行け」

腕を組み、サラマンダーから目線を外さないようにする。

キャラに入り込む為、ここからはクールな仕草に終始しなければ。


「そう……死なないようにね」

特段引き止めることもなく、四人は一斉に離れていく。

命の危険が日常である冒険者。

自分の生きる道は自分で決める。

この世界での生き方が、垣間見えた気がした。



「子供の前で格好付けたのかい?」

俺より一回りは若さそうなローイが、軽口を叩く。

危機的な状況とは思えない余裕があるな。

逆に歳の近そうなセドウルは真剣そのもの。


「前衛は私たちが受け持つ。ギリギリまで足止めしよう」

「わかった」

戦い方を任されたのはいいが、マントのせいで魔法使いと勘違いされているな。

まあ、必殺技は魔法みたいなものだからいいか。

今回は肉弾戦を行わず、一撃必殺で終わらせる。


「はあああ……!」

二本の指を額に当てて、気を集中させるイメージ。

初日はポーズだけで終わったが、今回はいける気がする。

ただ、本家同様発動まで少し時間は掛かりそうだ。

その間は上級冒険者たちを頼りにさせてもらおう。


この蒸し暑さはじわじわと体力を奪う。

朝から調査しているセドウルたちは、それなりに消耗しているか。

幸いサラマンダーの動作はまだ鈍い。

事故が起こる前に蹴りを付けなければ。


前衛が耐えている間に、気を極限まで集中させる。

やがて、指先に温かいエネルギーが凝縮された。


またせたな。


「うけてみろー!」

サラマンダー目掛けて右腕を伸ばす。


「魔○光殺砲!」

二本の指先から螺旋を纏ったレーザーが空を駆ける。

一直線に放たれた光線はサラマンダーの頭に命中し、そのまま全身を貫通していった。


「!?」

グェェ、とうめき声を上げるサラマンダー。

そのまま突っ伏し、今度こそピクリとも動かなくなった。


完全決着!


セドウルとローイが俺とサラマンダーを交互に見回し驚愕する様子は実に痛快であった。




「たまげたな。そんな切り札を持っていたとは」

ふう、と大きく息を吐き、地面に突き刺した剣に立ったまま寄り掛かるローイ。

体力的に結構ギリギリだったのかしれない。


「今のは光属性の魔法かい?初めてみるな」

逆に兜を外したセドウルは疲れを見せていない。

これが上級パーティーのリーダーか。


俺はその場に座り込み、一息つく。

かなりの気を消耗したようで、気の利いた一言も出ない。


「発動まで時間の掛かる技だったから、二人のおかげだよ」

必殺技に対するいつものリアクションはスルーして、素直に礼を伝えた。

技の再現と、想像通りの威力に感動も一入。

ターバン、マント、紫の上下。

このクオリティでここまでの技が使えるなら、他のキャラもまあまあイケる気がしてくる。

サラマンダーを倒せた余韻に浸っていると、セドウルから撤収命令が出された。


「疲れてるだろうが、他の魔物が集まってくる前に俺たちも下山しよう」

「このサラマンダーは?」

「置いていく。解体するには時間が掛かるからな」

「なら、俺が運ぼう」

「?」

俺は重い腰を上げ、サラマンダーの腹の下に潜り込んだ。

そして、重量上げのように両手で持ち上げる。


「ふん!」

ずっしりした手応えだが、持ち運べない重さではない。

気力は消耗しても、体力はまだまだ余裕だ。


「!!」

驚愕する戦士たちを横目に砂利道に足を沈めながら、ゆっくりと歩みを進める。

街までは長い帰路になるが、それほど苦ではない。

この素材が、よりなりきり度を上げるのに貢献する喜びに比べれば。


少しでも気分を上げる為、今の自分をキャラに例える。

闘技場のリングを運ぶ筋肉モリモリの弟。

いや、球場を持ち上げるカナダの超人か。



「……それ、どうしたの?」

「帰りに土産屋で買ってきた」

麓で先行していた四人と落ち合う。

最初サラマンダーが追いかけてきたと勘違いして、我々とわかるまで臨戦態勢だった。


──気がしたが……まさか、この体勢の俺を警戒している?


「素材として売れない?」

その為にわざわざ表皮を傷付けないよう、貫通力の高い必殺技を選んだのだ。

ブラックベアと同じ轍は踏まない。


「そりゃ、売れるでしょ。それなりの高値で」

「サラマンダーを丸々一匹持ち込むことなんてないですから。解体は一日仕事になりますね」

「特に肉は素材として優先度が低いから、料理屋で食べられるのが楽しみね」


それぞれに思うところがあろう感想の数々。

冒険者ともなれば、これまで様々な場面を目撃してきたことだろう。

意外と皆冷静に受け止めていた。


ちなみにゼンタの街で素材の解体と買い取りをお願いするのは、基本的に冒険者ギルドになるらしい。

個人店での買い取りもあるが、買い叩かれたりの心配がないという理由から。


果たして、いくらになるか楽しみだ。

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