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05 村

道中、何度か休憩を挟みつつ、日が落ちる前に今夜一泊する村へと到着した。

小さな村らしく、大半は木造。

井戸から水を汲み、かまどで火を熾す文明レベルみたいだ。

当然、コンビニやビジネスホテルなどはない。


ここからは明日の出発まで自由行動。

ただ、飯や寝床は自分で用意する必要がある。

銭がなければ飯抜きで、野宿しろということだ。

馬車を降り、どうするか思案しているとニックが声を掛けてきた。


「もし金に困っているなら、ちょっとした仕事をしないか?ちょうど村長から依頼があってな」

親指の先にはワグネルとローブを着た老人が、何やら話し込んでいる。


「どうやら村の近くに魔獣が出るから退治してほしいそうだ。報酬はそれほど期待出来ないが、今日の飯と寝床にはありつけると思うぜ」

ニックの口振りからすると、悪くない仕事のようだ。

程なく、交渉を終えたワグネルと合流する。


「魔獣は『ブラックベア』。報酬は金貨六枚。確認されているのは一体だけだが、他にもいればその分上乗せするそうだ」

樹木を薙ぎ倒す腕力と巨体に似合わぬ素早さに、鋭利な爪を持つブラックベア。

一人だと危険な相手だが、三人で掛かれば十分討伐可能だろう──とワグネル談。


貨幣価値は金貨一枚一万円くらいみたいだから、一人二万円か。

熊より確実に危険な動物退治にたったの二万円……。


この世界では、だいぶ命の価値が軽いらしい。

それでも明日を生きるためにはやらない訳にはいかないか。

一息つく間もなく、異世界での初仕事に挑む。



「では、この森を捜索する。暗くなる前に片付けよう」

場所は村の北側に位置する森林地帯。

ワグネルの号令で、ブラックベアの縄張りへと足を踏み入れる。


夕焼け空が遮られ、薄暗さが増す。

この森はどこまで広がっているのか。

村人が目撃したとなると、それほど遠くではなかろう。


「ブラックベアとは、どう戦えばいい?」

初めて魔物と戦うので、アドバイスを求める。


「まず、突進スピードが速いから注意だ。足を止めさせ、頭か腹を狙う。でも素手だとダメージを与えるのは無理だろう。鋭い爪にやられないよう、くれぐれも間合いを詰め過ぎないように」

「旦那は自慢の身のこなしで、気を引いてくれ。それだけで俺たちもだいぶ楽に戦える」

どうやら、あまり戦力として期待されてはいないようだ。

精々、囮役。

まあ、それほど危険な相手だと、世間知らずの拳法使いに警告してくれているのだろう。

まあ、その方が自由に動けていいか。


やがて、獣道を歩きながら森の奥へと進むと異様な気配を感じた。



「あれか?」

木々の間から見える遥か先、黒い巨体がノシノシと横切っている。

見た目は完全に大きい熊だ。


「よく気付いたな」

「山育ちなものでね」

ワグネルたちを見つけたように、気を探り当てただけだが。

ここからは冒険者二人の指示に従おう。


「まずはニックが弓で、戦いやすい場所に誘導する。そこからは俺が前衛。二人は様子を見ながらカバーしてくれ」

『了解』

細かい打ち合わせなどはなく、すぐさま戦闘体制に入る。



「こっちだ!」

ニックは素早く矢を放つ。

専門職だけあって、百メートル以上先のブラックベアに見事命中させた。

するとグォー、と雄叫びを上げながらこちらに向け、猛然と突進を開始。

作戦通りそこから追い付かれないよう、ブラックベアを戦いやすい開けた場所へと誘導した。

三人とも上手く突進を躱すと、盾を構えたワグネルが前に出る。


「これが魔獣……!」


デカい!

仁王立ちで威嚇するブラックベアは五メートル近い背丈がある。

その迫力は盗賊を目の前にした時の比ではない。


「うおおおっ!」

巨体から振り下ろされる大爪を盾で受け流しながら、ワグネルは長剣で斬りかかる。

それに合わせて、ニックは頭部目掛けて矢を放つ。

普通の熊と違って、二本足で立ち上がりながら攻撃することが多い。

その姿は、まさに異世界のモンスター。


「やっ!」

俺は背中側に回り、加速をつけて拳を叩きつけた。


──が、思ったより手応えがない。

闇に紛れる真っ黒な体毛の奥には分厚い肉の壁を感じる。

盗賊を伸した時とは明らかに感触が違う。

ブラックベアはグラついたが、倒れ込むほど効いてはいない。


「グゥォーッ!」

今の攻撃で、標的が俺へと変わる。


「はっ!」

振り向き様、頭部を狙ってジャンピングキック。

囮役の使命は忘却の彼方へ。

フロアの熱に当てられ、体が勝手に動く。

これでもし、討伐に失敗したら間違いなく戦犯だ。


しかし、今度は手応えあり。

ブラックベアは背中から倒れ込んだ。


「おおっ!」

ニックから歓声が上がった。

透かさずワグネルがその極太の首目掛け、長剣を振り下ろす。


「!」

次の瞬間、ワグネルの体が横向きに吹き飛ばされた。

ブラックベアは想像していたよりもタフで、気絶までのダメージには至らなかったようだ。


「ワグネル!」

声は上げども、二人とも持ち場を離れる訳にはいかない。

追撃されないよう、ニックは連続して矢を射る。



「やるなぁ、おめえ」

親指で鼻を掻く。

だったら、一気に必殺技でトドメを刺すしかない。

起き上がったデカイ図体は絶好の的となる。

俺は一連の構えから両手に気を集中させた。


「か・め・○・め・波っ!」


激しい閃光。

エネルギーの熱線はブラックベアの巨躯に捉え、一瞬で丸焦げにした。


「なっ!」

怒涛の展開にニックは口を開けたまま固まっている。

まだ消し飛ばす程の威力はないが、魔物に対して十分通用する事がわかった。

相手が普通の人間だったら……。



「まさか魔法まで使えるとはね」

ワグネルを助け起こしたニックは口笛を鳴らす。


「ワグネルは無事か?」

「ああ、たいしたことない」

爪ではなく、甲で殴られたおかげで打撲程度で済んだようだ。

こういう事があると装備の有り難みがよくわかる。


「それにしても魔法を使う拳法とは珍しい流派だな。魔法も見たことがないものだ」

「さっきのは魔法じゃなく、拳法の奥義さ。だから回復魔法は期待しないでくれ」

「それは残念」

ワグネルは笑った。


「それじゃあ、真っ暗になる前に引き上げよう。三人でブラックベアを運ぶぞ」

「討伐の証明に必要なのか?」

「魔物は素材として価値があるのさ。解体して売れば、小遣いになる。“料理”されてる部分以外はな」

「料理?」

目線の先には丸焦げに調理された熊が一匹。

体毛は炭化し、肉はウェルダンになっている。

果たして、素材として価値のある部位は残っているのだろうか……?


「……俺が一人で運ぼう」

後ろめたさから、そう志願するしかなかった。

まあ現在の怪力を持ってすれば、いけるだろう。

体重が自分の数倍あるブラックベアを背中に担ぎ、歩いてみる。


「一人で運べるのか……?」

「ここはオラに任せろ」

ズルズルと巨体を引き摺りながら歩みを進める。

ここまで頑張ったからには、高く買い取ってもらわないとな。


今回の失敗を教訓に魔物と戦う際には倒し方に気を配らねば。

異世界での不文律を学習し、帰途へと着いた。



村へ戻るとすっかり辺りも暗くなり、人の往来もなくなっていた。

村長へ依頼の報告を終えると、その足で宿屋へ。

この村唯一の宿は飾り気のない二階建て。

一階は食堂、二階には今晩お世話になる個室が並んでいる。


ブラックベアの買い取りも宿屋の裏手にあり、使える肉は食堂で提供されるという。

丸々一匹持ち込んだことで、素材の買い取り費用は解体の都合で明日の朝となった。


宿屋のカウンターで討伐報酬の分け前、金貨二枚から宿代銀貨三枚分を支払う。

ワグネルたちは荷物を置く為、一旦各々の部屋へ。

手ぶらの俺はそのまま食堂のテーブルへ着く。


ワグネルたちが合流するまで、壁のメニューを見ながら待つ。

文字の形はさっぱりだが、母国語のようにサラサラ読める。

これはギフトとは別の恩恵か。

最低限、言語と同じく生活に支障がないよう読み書きも転移の際に備わったようだ。



「メニューはいつも通り、鳥か魚か。旦那はどうする?」

合流したニックは鳥、ワグネルは魚にするらしい。


熊肉は流石に間に合わないので、メニューは『鳥の煮込み』、『焼き魚』の二種類のみ。

どちらも見本がないので、最終的な仕上がりがわからない。

そうなると、素材としては鳥だな。

魚は昨日食べたし。

それにパンを足して銅貨五枚。

宿代三千円に、一食五百円なら良心的ではなかろうか。


程なくして、料理が運ばれてきた。

結果──鳥はシチューで、魚はムニエルみたいなものだった。

シチューの味は凝ったものではないが、調味料を使っているだけで美味く感じる。

たとえ具が鶏肉と芋だけでも味付けの偉大さを実感させられた。


食事は日々生きるための楽しみの一つだ。

この異世界で未知のグルメを探求するのもいい。

それでもいずれ、元いた世界の味が懐かしくなるだろう。

そうしたら、次は料理マンガを選ぼうか。



食事を終えると寝起きするだけの狭い部屋で一夜を明かす。

備え付けの家具はベッドがあるだけ。

俺は疲れた体を癒すため、早々に横になる。

木製のベッドには藁が敷いてあるのか多少のクッション性があり、石畳みの上に比べればだいぶマシに思えた。

それでも元いた世界のベッドとは天と地の差。

背中に感じる木の硬さには慣れる気がしない。


目を閉じ、大きく息を吐く。

今日はほんと、一日が長く感じた。


就寝前に先程ワグネルたちから冒険者について、教えてもらったことを思い出す。


冒険者は下級・中級・上級にランク分けされており、依頼は適性ランクのものしか受けられない。

下級からスタートして、依頼を熟せばランクは上昇。

依頼内容は採集から討伐まで、多岐に渡る。


この辺のことはゲームでも良くあるシステムなので、すんなり入ってきた。

ギフトの力で上級ランクを目指すのも悪くない。

盗賊やブラックベアを倒せたことで、かなり自信がついた。

依頼で悪党や魔物を討伐して、日銭を稼ぐ。


冒険者を生業に諸国漫遊。

素晴らしき、第二の人生だ!


でも、そのためにはまず先立つものがないと……。


食事や宿など日々の生活費に加え、肝であるコスプレ代にいくらかかることやら検討もつかない。

完成度に拘るなら、金では解決出来ないこともあるだろう。


そんなことを考えていたら、自然と睡魔に誘われた。

快適とは言えないが、二日目にして文明人らしい寝床につけたのは僥倖と言えるだろう。



翌朝。

カンカンと甲高い音で目を覚ます。

朝食の時間を告げる合図が、廊下から聞こえた。

時計がないので、正確な時刻は不明。

窓もないので外の様子も伺えない。

それでも日の出からそう時間は経っていないように思う。


夜明けから活動を始め、夜が更ける頃には就寝する。

早寝早起き。

夜が明るくない世界では、現代人より規則正しい生活を送っているはずだ。


前日寝不足だったこともあってか、とてもぐっすり眠れた。

寝覚めも悪くない。

粗末でもベッドのおかげか、体も少し軽くなった気がする。

まだまだ寝足りないところだが、朝食を抜くわけにもいかない。


欠伸をしながら薄暗い廊下を抜け、階段を降りる。

昨夜と同じテーブルに付くと少し遅れてワグネル、ニックが顔を見せた。

朝の挨拶を交わし、モーニングを頂く。


メニューはシンプルにパンとスープ。

昨日と同じ天然酵母のカチカチパンを、体に優しい薄口のスープに浸して食べる。

……味はともかく、食べられることに感謝しよう。



馬車が出るまでに少し時間があるので、昨日の報酬で旅支度を済ませる。

ゼンタの街への到着予定は昼過ぎらしく、ワグネルの勧めで干し肉と水筒を購入。

案の定、素材も大した金額にならなかったので、ここは最低限の買い物に抑え、残りはゼンタで買い揃えることにする。


村の井戸で水筒に水を補給し、馬車に乗り込む。

昨日と同じメンバーが揃うと、ゼンタの街へと出発した。

本日、御者台で見張りをするのはニック。

到着するまで、ワグネルからいろいろと聞けそうだ。


「冒険者に限らず、商人ギルドや職人ギルドなど、何かしらのギルドに所属していると身分証が発行されるから便利だぞ。大きい街や国境だと、身分証がないと何かと面倒なことになる」

「なるほど。二人は依頼で他の国に行ったりするのか?」

「たまにな。指名があったり、報酬次第で。普通の冒険者は定住した街の自国内で仕事をすることが多い。この国は比較的情勢が落ち着いていて、暮らしやすい方だと思うぞ」


そういうことなら、しばらくはゼンタの街で過ごしてみるか。

今のところ定住する気はないので、冒険者ギルドで身分証をゲットしたら次の旅の資金を稼ぐ。

その中で他国の情報が集まったら、機を見て越境しよう。


「冒険者をやるなら、慣れるまでは地元の人間とパーティーを組むといい。どんな仕事をするにも地理に明るくないと苦労する職だからな」

流石、熟練の冒険者。

アドバイスに説得力がある。


「それならもし良い人がいたら、紹介してくれると助かるな。こう見えて、奥手なんだ」

仕事を通して人見知りからは多少脱却しているが、なかなか自分からいくのは勇気がいる。

図々しくてもお願いしておく。


そんなこんな話しているうちに、いつの間にかゼンタの街まで目と鼻の先まで近づいていた。

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