04 出会い
──朝日が昇る。
一日の始まりに合わせて体を起こす。
しかし、それ以上全くその姿勢から動かす気が起こらない。
固い岩の上で長時間横になっていたせいで、体はガチガチ。
案の定、ほとんど寝ることが出来ず、頭も重い。
最悪の目覚め。
異世界二日目にして、快適な寝床のある文明が恋しくなってきた。
改善を望むなら、嫌でもこの場から動き出さなければならない。
川の水で顔を洗い、頭の覚醒を促す。
朝食は昨日と同じく、焼き魚。
一日経って、特に体に異変がないということは魚に毒性はなく、生水に当たったりもしていない。
これは丈夫な体質に変化したおかげか?
でも主人公の特徴として有名な食欲旺盛さはない。
だとすると、大食いすることがなりきり度を上げるための手段になるのかも。
なりきり度については、これから探究していかなければ。
「さて、行くか」
整備されていそうな街道を昨日、空から確認している。
その時人影は見えなかったが、間違いなく造成されたもの。
人か亜人か、知能を持つ何かしらは存在することだろう。
腹を満たし終え、街道へ向け川沿いを歩き出す。
森をかき分けて進むより川沿いの方が楽そうだ。
せせらぎを聴きながらのウォーキングは清々しい気分になる。
程なくして、目標の街道へ。
自動車や馬車が通ることを想定しての広さだが、標識などはない。
上空から村や街は見えなかったので、左右どちらへ進むのが正解か……。
街道である以上、どちらに進もうが集落に行き着くと思うのが──
「いや、待てよ」
圧倒的閃き!
ここにきて、直感が働いた。
徐に顔の前に人差し指を立て、周囲の気配を探る。
──束の間、ぼんやりと人がいそうな方角がわかった。
作中、人の気を感じて場所を探る描写があったことを思い出したのだ。
慣れれば個人の気を判別出来るようになれると思うので、そのうち重宝することになるかも。
「こっちか」
正確な距離までははっきりしなかったが、気配のする方向へ歩みを進める。
疲れ知らずの肉体はどれくらい歩こうが苦にならない。
やがて、明確に気を感じる距離まで近づいた。
まだ目視は出来ない。
こちらが先に視認したいのでジャンプして居所を確認する。
「ん?あれは……」
複数の人影と馬車。
馬車は止まっていて、何人かが取り囲んでいる。
休憩しているのか。
それとも何かのトラブルか。
俺は気付かれないよう慎重に接近し、近くの茂みに身を潜めた。
明らかに様子がおかしい。
遠目からだと詳細がわからなかったが、この状況を目撃すれば一目瞭然。
休憩ではなく、トラブルの真っ最中。
盗賊に襲われていたのだ。
盗賊は全部で六人。
武器は剣やナイフなどの刃物類か。
モヒカンや肩パッドはいないので、世紀末感はない。
どちらかと言うと、勇者や魔王がいそうな世界観と文明レベルだ。
このシチュエーションは様々なマンガで読んできたが、生で見るとその迫力と緊迫感は半端ではない。
初めて眼前で繰り広げられる大事件。
恐怖心に心が支配されそうになりつつもギフトのおかげか、ヒーロー願望から生まれる解決へのビジョンを鮮やかに思い描けた。
世紀末ヒーローを選んでいたら、絶好のシチュエーションだったことだろう。
悪党共の前に昂然と登場し、正面から暗殺拳法で打ち倒していく。
ただ、その暗殺拳が問題だ。
相手は確実に死ぬうえ、その死に様が残虐極まりない。
体が破裂したり、断裂するのを目の当たりにしたら卒倒しかねない。
血を見るだけでも苦手だと言うのに。
──まあ、それはそれとして、今の自分にも十分事態を解決出来るだけの力がある。
少年マンガで学んだ勧善懲悪。
悪・即・斬。
平和な日常生活では抑え込まれていた義侠心が疼く。
非日常の空間に晒され、頭は信じられないような熱を持っている。
普段怒りの感情を表に出さない分、頭に血が昇ったら自分でもどうなるかわからない。
友人には“正義感の強い単細胞”だと言われたこともあった。
ここはなるべく冷静に、キャラを演じることに努めなくては。
改めて状況を見定める。
馬車の護衛は二人。
だいぶ分が悪そうだ。
すぐにでも加勢するべきだろう。
まずは呼吸を整える。
それからイメージトレーニング。
ろくに喧嘩もしたことがないのだから、頼りはマンガで読んだままの動きをトレースすること。
なりきり度を少しでも上げるため、セリフやポーズも意識する。
それらの覚悟を瞬時に決め、行動に移る。
手始めに一人の盗賊に狙いを付け──
キッ、と思いっきり気合いを込めて睨み付ける。
次の瞬間、ターゲットにした盗賊は一直線に吹き飛び、地面に倒れ込んだ。
殺傷力は低いが遠距離からの見えない攻撃。
気合砲!
何が起こったのか。
盗賊、護衛共に状況が呑み込めず、キョロキョロと首を回す。
「ここだ!」
ジャンプ一番。
シュタッと、上空から華麗に登場。
「何だお前は!?」
突如、空から現れた見慣れぬ風体の男に全員が注目した。
狙い通り困惑しているのが表情から窺える。
一方、こちらは言語が理解出来たことに胸を撫で下ろす。
言葉の壁で、コミュニケーションに躓くのが何より辛い。
「オラは魔賀大介。地球育ちのサ○ヤ人だ」
「……?」
しーん、とその場は静まり返る。
完全にスベった時の空気だ。
「ちきゅう?どこだそれ?」
「サイ何とかって聞いたことない種族だな。知っているか?」
「知らん。まさか『魔族』ってことはないよな」
「妙な格好しやがって。さっきのはてめえの仕業か?」
盗賊たちは聞き慣れない単語に戸惑いつつも臆する様子はない。
こちらは恥ずかしさに顔が紅潮しているというのに。
それでも、もう後には引けない。
「バカなことやってねぇで働け」
「なにぃ?」
「おめえはオラに勝てねえ。戦わなくてもわかる」
「あん?死にてぇのか?」
「今のうちなら痛い目に遭わないで済む。消えた方がいいぞ」
「こいつもやっちまえ!」
威勢良く、長剣を構えた二人が襲い掛かってくる。
それに対し、
「はあーっ!」
こちらも地を蹴り、右から迫るやつの胴体に先制のストレートパンチ。
「!?」
手応えあり!
気合砲と同じく、盗賊の一人を綺麗に後方へ吹っ飛ばす。
手にその感触を残したまま──
「ハッ!」
間髪入れずもう片方に向かって飛び蹴り。
相手は防御する間もなく、
「がっ!」
今度は吹き飛んだ先に樹木があり、激突した衝撃も重なって完全に気を失った。
「なっ……!」
その場にいた全員が目を丸くする。
圧巻のパワーとスピードに皆、言葉を失い立ち尽くした。
ロールプレイを意識することで、少しでも緊張を減らす。
心臓はバクバクだが、思っていたより体が良く動いた。
作中のセリフを言ったことでなりきり度が増し、精神もキャラに寄ってタフになっているのかもしれない。
それでも感情の波は襲ってくる。
人を制すという、初めて味わう感覚。
圧倒的な力による無双感は、恐怖心を完全に掻き消した。
「はあああっ!」
興奮は最高潮。
こうなるともう止まらない!
盗賊たちが何か宣う前に片付ける。
敵組織の基地に乗り込んで、雑魚を一蹴していくイメージだ。
──時間にして数分の出来事。
残りの盗賊も危なげなく、全て一撃でノックアウトした。
おそらく、今のなりきり度でもそれなりに強い部類ではないか。
「……助かった。ありがとう」
兜を脱ぎ、無骨な顔つきを披露した全身鎧姿の男が剣を納め、礼を述べる。
護衛の重戦士だ。
あまりに圧倒したせいで、こちらへの警戒心は残っていそうな様子。
「いや、一杯引っ掛けに行こうとしたら、たまたま通り掛かってね。一人で楽しんじゃって、悪かったね」
歳は近いとみて、なるべくフランクに答える。
初対面の対応は気を付けなければならないが、丁寧であっても過度に謙る必要はない。
下手に出過ぎて舐められないよう、堂々とすることの大切さを長年の社会経験で学んでいる。
「えらい強さだったが、上級冒険者か?」
「いや、山で修行していた武道家だ」
「武道家……」
黒髪を掻きながら、男は訝しげな表情で見つめてくる。
「冒険者稼業を長く続けているが、武道家とは初めて会ったな。素手であれだけ強いとは。一体、どんな修行をしたらそんなに強くなれるんだ?」
「うーん……重い甲羅を背負って配達したりとか?」
作中にある修行描写だが、勿論俺は何もしていない。
「……なるほど。剣士の訓練とは別物だな。その格好は……街へ向かうところか?」
「ああ。これは街へ行く為の一張羅だ」
日本では特に目立つような服装ではないが、この剣と鎧の世界では浮いているみたいだ。
こちらの言葉をどこまで信じたかわからないが、白銀の鎧が似合う壮年の男は話を合わせてくれた。
極力怪しまれないよう、昨晩寝る前に作り上げた架空の設定。
まだどんな世界か不明だが、無難なところではなかろうか?
嘘は苦手なので、ボロが出ないよう気を遣う。
果たして、どこまで通用するか……。
「それでしたら、是非同乗していってください!」
終止、御者台を動かなかった細身の男が話に入ってきた。
この馬車を運行する責任者だろうか。
「そりゃいい。あれだけの強さがあれば、魔獣が出ても安心だ」
乗客の安否確認をしていた、もう一人の護衛も話に加わってきた。
どうやら全員無事だったようで、こちらも一安心。
それも手伝って、一定の信頼を得られたようだ。
いや、力を当てにされているだけか。
それでも──
「それは渡りに船。こちらも護衛として、ちょうど売り込む気でいた」
「なら、決まりだな」
とんとん拍子に話は進み、
「俺の名はダイスケ。よろしく」
打算した通りに決着した。
自分の力を試しつつ、好印象を与え、街へと辿り着く。
理想過ぎる展開に思わず内心ニヤけてしまった。
馬車の出発前に一仕事。
倒した盗賊たちに痺れ薬を嗅がせ、それぞれ木に縛り付ける。
あとは街に着いたら警備兵に報告するのが、この国のルールらしい。
この先の行程は途中、小さな村で一泊した後、目的地『ゼンタ』という街に到着予定だという。
「旦那はこの歳までずっと修行の日々だったわけですかい。それならあの強さも頷ける」
時より揺れる客車で護衛の男──ニックは素直に感心してくれた。
茶髪に顎髭のニックは重戦士ワグネルより軽装で年若く、砕けた話し方をする。
日頃、童顔だと言われることが多いので、意外と若く見られての喋り方かも。
「ああ、だから世情に疎くてね。服の買い方から教えてもらえると助かる」
俺は田舎の山奥で生まれ育った武道家。
拳法の修練を終え、免許皆伝を経て山を降りてきた。
──という生い立ちを話し、自然とこの世界の情報を聞き出すことにした。
「通りで、ここら辺では見かけない服装な訳だ。何か聞いたことない出身地を名乗ってたけど、戦闘中は方言だったわけだ」
「……興奮するとついな。普段はクールだから安心してくれ」
セリフについてツッコまれると困るので、適当に流しておく。
自分については多くは語らず、乗り合わせた他の乗客たちからも話を引き出す。
この国の名前は『グラファ帝国』。
剣と魔法、魔物や亜人の存在するファンタジー世界みたいだ。
護衛のニックとワグネルは冒険者という職業らしい。
各街に冒険者ギルドという日雇い斡旋所があり、そこで様々な依頼を受ける。
ニックたちは今回護衛の仕事を受け、ここにいるという。
「冒険者は日銭を稼ぐのに人気の職業ですよ。依頼によってはそこから転職に繋がったりしますし。そういう私も元冒険者です」
髭を整えた身なりのいい男は現在商人だという。
ホロのついた客車の中には俺とニック、乗客が三人と輸送する荷物で一杯一杯。
ワグネルは御者の隣で周囲を警戒している。
「よそ者でも門戸が開かれている数少ない職業だから旦那にはピッタリかもな。街に着いたら案内するよ」
「ありがとう。ついでに美味い飯屋も紹介してくれたら助かる」
気さくなニックからの申し出を受け、俄然気分が高まった。
出会いは上々。
異世界でのスタートとしては申し分ないんじゃなかろうか。
あとはギフトを存分に使って、もっと強敵と戦いたい!
盗賊を何なく倒せたからか、血が騒いでいる。
これは戦いを愛する主人公の精神に引き摺られているのかもしれないな。




