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03 修行

結局、選択したのはバトルマンガの金字塔。

説明不要の名作にした。

世界的人気の主人公は、まさに強さの象徴。

圧倒的なパワーとスピードに加えて、必殺技も格好良く、おまけに空まで飛べる。

同世代の男子なら大多数が、最初に選ぶのではないだろうか。



そうと決まれば早速実践。

トレードマークとも言えるオレンジ色の道着はない為、せめて中分けの黒髪を少しボサボサに崩す。

天へと広がる特徴的な髪型は、固めるための整髪料がないので断念。


これでどこまでの力が発揮出来るのか。

一番初めに試すのは、勿論あれだ。

子供の頃に散々真似した必殺技。

真面目にポーズを取るのはアラフォーには大変恥ずかしい。

つい、誰も見ていないか周りを確認してしまう。


大丈夫、誰もいない。


意を決し……。


「か・め・○・め……」

腰を落とし、両手首を合わせながら腹の位置まで持っていく。

そして、“気”を両手に集中させるイメージ。

そこから、


「波ッ!」

両手首を前に突き出しながら、両手からエネルギーを解き放つ。


その刹那──


両手から閃光が走り、凝縮されたエネルギー波が物凄い勢いで発せられた。

そして、前方の少し開けた原野を一直線に進み、やがて一本の大木へ命中する。


「!」

辺りに轟音が響き渡り、あちこちの空に鳥が舞う。

同時に眼前の大木は薙ぎ倒された。



「おおっ!」

無意識に声が出た。

マンガやアニメで散々見て、憧れた最高の必殺技。

想像していたより威力は低いが、ちゃんと再現されている。

ほんとは木々を消滅させ、長い道が作られるくらいの威力を期待していた。

結果、なりきり度の低さ故か、軍隊と戦っていた少年時代程度の強さに止まってしまった。


それでも感動と興奮に打ち震える。

今までの人生で味わったことのない快感。

とても言葉では言い表せず、脳内物質が迸る。

しばし、その余韻に浸ってしまった。



気を取り直し、この調子で他の技もどんどん試していきたいと思ったが──今のなりきり度ではここが限界。

やる前からどれも使えないのが、何となくわかった。


では他のキャラはどうなのだろうか?


とりあえず主人公の親友から。

果たして、自分より身長が低く、髪の毛と鼻がないキャラの技は使えるのか。

やるだけやってみる。


右の手の平を上に向けて半身に構える。

気を集中させ──


「気○斬!」

エネルギーを円形に形成し、手の平の上に出現……されない。


続けて──


右手の指二本を額に当て、足を開いてガニ股になる。


「魔貫○殺砲!」

突き出した二本の指からは、何も出ない。

どちらも虚しく技名が空に消えただけだった。


やはり、なりきり度が低いと必殺技は使えない。

試す前からダメそうな感覚はあったが、それが見事に証明された。

そうなると複数のキャラの必殺技を使うには、見た目が同系統のキャラに限られる。


全身緑の宇宙人系。

頭を丸めて坊主系。

道着が同じ武道家系。


様々なキャラの必殺技を使い分けるのは大変ロマンがあるのだが、現時点では全てが中途半端になりそうだ。

まずは基本通り、主人公一人に絞るのが最善だろう。



次は身体能力を測る。

シャドーボクシングの要領で、構えからパンチを繰り出す。

小気味好い腕の振りは流れるように肘と連動して、威力とスピードを増大させる。

過去、聞いたことのない空を切る音が聞こえた。


キックも同様。

マンガやアニメの動きを思い描くだけで淀みなく、その動作をトレース出来た。

体型は変わっていないのに、まるで自分の身体じゃないみたいだ。

走るスピードも初速から常人離れ。

車のように、急には止まらない速度が出る。

そして、まったく呼吸も乱れない。



「ハッ!」

地を蹴り、高々とジャンプする。

その高さは周りの木々を優に超え、見下ろす景色から一帯の地形が目に入った。


そのまま空中を飛ぶイメージ──


「流石に無理か」

スィーッ、と青空を泳ぐことは叶わず、徐々に降下していく。

普段なら目も眩む高さだが、ドーパミンなどの脳内物質が多量に分泌されているおかげか、恐怖心は薄い。

懸念した着地もすんなりと決まり、一気に自分に自信がついた。



さて、次のステップだ。

ケガが怖くて躊躇していたが、素手の威力を確認する。

原作と同じであれば、今の段階でも木や岩を粉砕出来るはず。

格闘技やケンカの経験がないため、物を殴ること自体に抵抗があるが、試さずにはいられない。


気合いを入れ、一本の樹木と正対する。


「やっ!」

初めは軽く。

拳へのダメージを確かめる。

生木の感触が伝わりつつも反動による痛みはない。


今度は覚悟を決め、全力でいく。


「はっ!」

ズドン、と拳から衝撃が走り、目の前にあった生木は音を立ててへし折れた。


「おしっ!」

またも得も言われぬ快感が全身を駆け巡る。

今まで持ち得なかった力に酔い潰れてしまいそうだ。

力に溺れ暴走する悪役の気持ちが、今ならわかる。


懸念していた拳へのダメージも薄皮一枚傷ついていない。

おそらく身体能力の部分で肉体の耐久力もキャラから反映されているのだろう。

だとすれば、剣や銃でも致命傷にはならないかも。

実験するには勇気がいるが……。


ともあれ、これで一気に不安が解消された!

身を守るだけでなく、現状力による解決もある程度見えてきた。


そうなると、まだまだ暴れ足りない!

次はより硬度の高い岩の粉砕を目指す。


一旦、辺りを見回してみる。

草木はあれど、岩石らしきものは見当たらない。

仕方がないので、ここは一度移動することにする。


先程ジャンプした時に、近くに流れる川を視界に捉えていた。

距離的にはそれほど遠くではない。

生い茂るブッシュをかき分けながら、川の見えた方角へ進む。

道中、何かしらの野生動物と初遭遇があるかドキドキしていたが、特に何事もなく川へと辿り着いてしまった。



そこはせせらぎを感じられる小川。

河原には小石が敷かれ、程よい岩場になっている。

早速、手頃な岩でと思ったが、ふと先に川の方が気になった。

一見すると透明度が高く、綺麗な水に思える。

その清涼感は眺めているだけで癒された。

心地良い気分に浸るついでに、手で水を掬って一口。

渇いた喉を潤す。


「うん、美味い」

冷たくて、気持ち良い。

本来なら煮沸した方が安全ではあるが、今の俺は野生児だった主人公の気持ちでいる。

体質まで変化するのか未知数な部分だが、まあ問題ないだろう。


「魚はいないかな」

ざっと上から覗いてみると、魚影がいくつか確認出来た。

川魚には詳しくないので、異世界固有の種か判断しかねるが捕まえない選択肢はない。

当然釣り竿はないので、まずは素手でいく。

今の身体能力なら素手でも十分!

──かと思われたが、警戒心が強いのか魚は全然射程範囲に近づいてこない。


「困ったな」

雑にエネルギー波を使っても消滅させるだけだろう。

釣りの経験もほぼ皆無の為、こういう時の対処法がパッと出てこない。


どうにか出来ないか、無い頭を捻る。

こういう未体験のことでも、マンガの知識が役に立ったりしないかな。

しかし釣りを題材にした作品を読んだ記憶は……。


「あっ」

不意に、子供の頃の遠い記憶が蘇る。

床屋の待ち時間で読んだ釣りマンガで、“ガチンコ漁法”とか何とかやっていたような……。


朧げな記憶であるが、確か川底の石をハンマーで叩いて、その衝撃波で魚を気絶させていた。

残念ながらハンマーは手元にないが、要は衝撃波で気絶させればいい。


「これでイケるか?」

俺は河原の小石を一つ拾い、ジャンプして川の真ん中に勢いよく投げ込んだ。

ボチャン、と爽快な音と共に、大きめの波紋が広がる。

すると、見込み通り何匹か水面に浮かんできた。


「やった!」

せっかくの獲物が流されていく前に素早く回収。

やはりマンガの知識は頼りになる。

思いがけず簡単に食料が手に入り、安堵の溜息が漏れた。



気付けば日が暮れそうだ。

あれから岩石の試し割りや運動性能諸々──時間を忘れて暴れ回ってしまった。

検証した結果、なりきり度というのは酷く曖昧なものじゃないかと推察する。


服装が違くてもこれだけの力が使えたのは、たまたま背格好が似ていたから?

それとも原作のシーンを思い浮かべながら、トレースした動きをしたから?

はっきりした基準の答えは返ってこない。

それでも、当初の想定よりハードルは低くなった気がした。



肩の重荷が少し軽くなったところで、完全に暗くなる前に夕食を取る。

メニューは焼き魚。

加減したエネルギー波で火を熾し、単純に串焼きにした。

適当に焦げ目が付いた頃を見計らって、熱々のうちに頂く。

ワタだけしっかり取り除いて、素材そのままの味を堪能する。


美味くも不味くもない……。

日頃、化学調味料に慣れ親しんだ舌には、何も味付けしない調理法だと物足りなさを感じてしまう。


普段、出来合いの惣菜やレトルトなど一切料理をしてこなかったので、魚もろくに捌けない。

ましてや動物の解体など以ての外。

料理マンガは好きだが、主人公が相手を敬服させたり、食べた人のリアクションを楽しむ為に読んでいた。

なので、エピソードは覚えていても、蘊蓄や調理方法などは一切頭に残っていない。


「なんて事だ。こんな役立つ日が来るなら、しっかり読み込んでおけば良かった……」

こういう浅さが、今後また響いてくるかもしれない。


しかし、『ギフトで選んだ作品のキャラの持つ知識はなりきり度によって補完させる』。

この森に長居するなら、知識を授かるつもりでサバイバル関連のマンガに一枠使うのありか。

サバイバルの知識があれば、世界を旅するにしても無駄にはならないだろう。


だが、早々に二枠使うのも勿体ない気がする。

それなら街を目指した方がいいか。

知識関連は必要になってから考えよう。



いくら先を見据えたところで、今晩はここに一泊するしかない。

今日はもういろいろ疲れたので、横になれればそれでいい。

備わった怪力で、その辺の大岩を積み上げて雑に本日の寝床を確保。

少しでも高さがあれば、寝込みを襲う獣がいても気付けるかもしれない。

最低限の防衛策。


──そもそも寝付けるか、わからないが。


幸い、寝苦しい気温でないのが救いだ。

果たして、疲労と緊張どちらが勝つか。

ここが比較的安全な地域であることを願う。


平坦とは言えない大岩に背中を預ける。

見上げれば無数の星空。

周りに灯りがないので、星が良く見える。


まだ異世界らしさを全然体験出来ていない。

ギフトのことだけで、初日は終わってしまった。

知らない場所に飛ばされ不安しかなかったが、力を得たおかげで今は逆に明日が楽しみになっている。

まずは人と出会い、この世界を知ろう。


そして、ギフトを使って、激しいバトルを!


せっかく夢のような力を与えられたのだから、それこそマンガのような大冒険をしたいものだ。

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