19 新たな能力
早速、新たなキャラの試運転の為、街からすぐの人気のない野山へ。
いきなりキャラの衣装は揃えられないのでお馴染みとなったオレンジの道着のままだが、これでどこまでキャラの力を引き出せるか。
とりあえず誰にも見られないよう、斜面の茂みを分け入って獣道を突き進む。
キャラになりきって叫びながら飛び回る姿など、側から見たら不審極まりない。
これ以上余計な噂話が広がって街で悪目立ちするのはほんとに勘弁。
「ここにするか」
しばらく登り、程よく開けた平地を見つけた。
辺りを見渡し、軽くストレッチ。
とりあえず人や獣の気配は感じない。
初日にギフトを獲得した時と同様に、技の威力は無数に生えている成木たちにお願いする。
無意味な自然破壊は気が引けるが、必殺技を試すのに最初はどうしても拳へのダメージを想定してしまうのだ。
硬質な岩より適度な硬度の生木が最適。
拳の届く位置まで接近し、まずは期待と昂りを落ち着ける為に深呼吸を一つ。
目を瞑り、手の平を合わせる。
邪念を捨て、無になるように精神統一。
少しの時を置き、静かに目を開ける。
両手を手刀の形にして擦り合わせるルーティーンから全身に力を漲らせた。
腰を落とし、そのまま渾身の右ストレートを繰り出す。
「釘パ○チ!」
ドン! と、パンチの衝撃を樹木の深部にまで浸透させ、内部から爆発させるイメージで拳を打ち込む。
全力の一撃は生き物を殴った時とは全く違った感触を伝えてくる。
硬化した拳は成木を力任せの打撃でへし折るのではなく、メキメキと内部から裂けるような不自然な折れ方をして見せた。
ドーン! と大地を揺らしながら倒れる成木を目の前にして、初日の興奮や感動と同じ感情が込み上げてくる。
「よし!」
そう。
俺が二枠目に選んだのは『ト○コ』。
グルメバトルマンガだ。
毒耐性、状態異常回復、未知の食材の調理と俺の求めるものを全て兼ね備えている名作。
今し方試したのは主人公の代表的な必殺技。
服装が道着と同じオレンジ色と無難な髪型のおかげか、初期の強さは再現出来ていそうな手応えを感じた。
あとはこの状態でのパフォーマンスの限界を探る。
ここからは必殺技のオンパレード。
「ナイフ!」
手刀による鋭利な斬撃で成木を一刀両断。
その断面はチェーンソーで切断したように鮮やか。
反動による右手へのダメージはなし。
「フライ○グ フォーク!」
「レ○グ ナイフ!」
シーン……と、どちらも手足の振りで空気を切る音だけが響く。
どうやら遠距離攻撃はまだ無理と。
「ここまでか……」
服の色が同じならもう少し技が使えると踏んでいたが、アテが外れた。
主人公が着ているジャケットとズボンが道着とかけ離れていると判定されたか。
それとも黒髪で平均身長平均体重の俺に対して、主人公の髪が青くて、二メートル近い身長。
体重二百キロくらいで体格差に大きな開きがあり、なりきり度を下げている?
ほんと、なりきり度の基準は未だにわからない。
それでもダッシュ力やジャンプ力を確認すれば、Z戦士とさほど変わらぬ身体能力か。
肝心の毒耐性も主人公は登場初期から獲得していたので、対策はバッチリ。
一先ずは満足。
──ではなく、まだ終わりではない。
この作品にはこの異世界でも有益なキャラが多数存在する。
それは作中、四天王と呼ばれるメインキャラの一人。
『毒使いの占い師』が毒への真の対抗策だ。
あらゆる毒への耐性を持ち、新たな毒へも瞬時に抗体を作れる特殊体質。
事前に強力な毒の存在がわかれば、頼りになる。
さらに体内の毒を使った攻撃と防御。
電磁波を視覚で捉え、人の運勢を読み解く占いは冒険では重宝しそうだ。
服装も上下黒のタイツにマントとターバンという、この世界でも揃えやすそうなのも素晴らしい。
色は違えど、ターバンとマントはすでにあるので早速着替えてみる。
とりあえず大魔王の息子と同じ格好になり、必殺技にチャレンジ。
毒を作り出すというのは気を溜めるのと違っていまいちピンと来ない。
「ダメ元でやってみるか」
ふう、と深く深呼吸。
再度目を閉じ、また精神統一から。
体内の水分を毒へと変換するイメージでいくか。
念能力の修行と同じ感じでやってみる。
「……」
紫色の毒液を思い浮かべながら右手をキョンシーのように突き出す。
全身をリラックスさせ、集中力の増大を意識。
しばらくして、気とは違う何かが徐々に体内で精製されいる感覚を覚える。
それらを血流に乗せるイメージで指先に集め──
「ポイズ○ ドレッシング!」
スナップを利かせ、手首。素早く振る。
毛穴なのか汗腺なのか。
おそらく目に見えないミクロな穴から噴き出した毒液を狙いを付けた樹木に飛ばす。
シュシュッ、と少量飛び出した紫色の液体は二メートルほど離れた樹木に命中。
表皮を溶かすような効果はなく、煙なんかも出ていない。
「おおっー」
駆け寄って飛ばした液体を間近で確認するが臭いはなく、腐食させてもいないので毒性はそれほどでもないのか?
こればかりは生き物にでも使わない限りわかりそうもない。
一旦、紫に変色した右手と発射した液体から成功したと判断しよう。
同じ要領で他の技も確かめてみる。
改めて毒を精製して右手を前方へ突き出し、
「○砲!」
「ポイズ○ ライフル!」
指先に毒が集まっている感触はあるが、どちらも不発。
単純に毒の精製量が足りない気がする。
気を高めるよりも体内で毒を作る方が難易度が高く、なりきり度が低いと初期の技でも使えないのかもしれない。
この調子だと毒への抗体をどの程度持っているか若干不安になってくる。
それでも主人公共々、最低限の毒耐性は保持しているはずだからこのギフトの選択に後悔はない。
そして、いよいよこの作品を選んだ最大の理由──料理!
主人公とコンビを組む『天才料理人』がこの作品を選んだ一番の理由だ。
元いた世界とは異なる食材が溢れるこの異世界で美食を追求するにはピッタリの能力が魅力。
食材の声を聞けて、食材に好かれる運を備えているので、未知の食材相手でも必然的に美味い料理が作れるはず。
さらに見た目と体格が実に平凡で、今まで髪型や服装が奇抜で個性的なキャラたちより素の自分に近い。
コックコートさえ入手すれば、今までにない高レベルのなりきり度にも期待出来る。
まあ、それはそれとして現段階でどの程度能力が発揮されるか知るのが今は先決。
料理人なのでコックコートがメイン衣装ではあるが、作中食材を探しに行く時は毎回服装が違う。
探検服だったり、作業服だったりと向かう場所によって変わっていた。
そうなるとこの街で売っているファンタジー服より元々着てきた服の方がなりきり度は高くなると思われる。
持参していた初期装備(普段着)に着替え直し、試しにこの山で食べられる食材を探す。
まずは木々や植物が生い茂る斜面を捜索。
するとすぐさま緑の茂みに山葡萄のように連なる赤い実を発見した。
「これは……」
そっと手を添え、まじまじと観察。
同じようなものを子供の頃に好奇心から口にした経験があるが、酸っぱかったり、苦かったりで美味くはなかった記憶が蘇ってくるが──
「これは……食べられそう」
美味いか不味いかは別として、このままで食べられる食材であるということは直感的にわかった。
「これが『食材の声が聞こえる』能力……?」
知識や経験から導き出された解答ではなく、感覚的な答え。
確実に今まで備わっていなかった、いかにも特殊能力っぽいもの。
たがらと言って、いきなり試食するのは危険なので、一旦持ち帰ってカカたちにも確認してもらう事にする。
さらに、そこから一歩動いたくらいの場所に聳える木の根元にはキノコが。
見た目はオレンジ色の細長いキノコだが、果たして食べられる種類か。
図解などでカラフルなキノコは毒性の印象があるのだが……。
「これは……ダメそうだ」
瞬時に直感的な判断が下された。
それが正解かは今のところ不明だが、ちゃんと食材を見極める能力は発揮されていると思う。
ここは一度街まで戻って答え合わせをする必要があるな。
一旦、山での活動を終え、下山を開始。
その帰り道、目に入った食べられそうなものは片っ端から鑑定してお持ち帰りした。




