18 選択
その後。
エコウと別れ、お世話になった教会からいつもの宿屋に寝床を移して就寝。
次の依頼も受けてないので、珍しく昼近くまで寝続けてしまった。
それだけ疲労が溜まっていたという事か。
体調を整えるべく、しばらく休養しようという話になっていたが、一晩ぐっすり寝ただけで俺の頭と体はすっかりいつもの調子に戻っていた。
シャドーをすれば、パンチのキレに惚れ惚れするほど。
それもまたタフな性能を持ったキャラクターのおかげ。
道着を着たまま寝る事でなりきり度を維持し、キャラの持つ回復力を拝借する。
依頼で野宿した際、翌日に疲れが残らなかった経験から発見した裏技だ。
さて。
長寝した分、腹もすこぶる減っているので、とりあえず本日の一食目として宿の一階に併設された食堂でブランチをいただく。
大多数の人々が早朝から活動を始めるこの世界。
依頼の出発前、日の出過ぎの時間帯には宿泊客や冒険者でいつもこの食堂は賑わいを見せている。
対して、昼前の中途半端なこの時間は俺を含めて三人だけ。
活気はないが、落ち着いて食事を取るには最適な環境で実にありがたい。
店主に挨拶し、二人用のテーブルに着いた。
朝の定番、モーニングセットをいただく。
昼までは迅速な提供とコスト削減の為、メニューはこのセットしかない。
店員に声を掛けずとも、席に着けばすぐに配膳される仕組みとなっている。
モーニングセットの中身は、天然酵母のハードパンとコンソメみたいな味付けの肉と野菜エキスの入った謎スープ。
何の肉を使って、どんな野菜が入っているのか、以前聞いた事はあったが、食材の名前に聞き覚えがないせいか全く記憶に残っていない。
やはり普段から料理をしない人間には味以外の事はさっぱり。
それでも味だけでこの完成品を評するなら──
いつ食べても美味くもなく、不味くもない。
腹を満たす為だけの面白味のない食事。
薄味で定評のある病院食よりも全然虚無だ。
テーブルに片膝を付くのはマナー違反だが、無意識にそのような姿勢を取ってしまう。
「はぁ〜」
最近ほんと毎食何を食べても思うことがある。
飽きた。
毎朝の定番になっているこのスープに関しては寝起き直後という理由もあって、食欲の無さからまだ許せる。
日本でも毎朝シリアルと牛乳だったし。
そして昼飯は依頼で街を離れる事が多いので、弁当として固いパンや干し肉などの保存食が主食。
これも携帯し易いだけで味は追求されていない。
疾っくの疾うに飽きている。
出来る事なら昼にはおにぎりやサンドイッチ、ハンバーガーなんかが食べたいのだが、当然そんなものはないわけで。
ならせめて夜くらいは美味い料理を!と、熱望してしまう。
さらに言うなら毎日違うメニューを食したい。
決してグルメな訳ではなく、子供の頃からそういう環境で育ったのだから仕方がない。
贅沢ではなく、習慣なのだ。
この街の食事処のメインメニューはステーキ、ベーコンエッグ、野菜炒め、焼き魚、肉と魚の素揚げ、謎肉シチュー。
サイドメニューもサラダとフライドポテト。
酒のつまみとして謎の豆くらいしかない。
一週間も居れば全て食べ尽くしてしまう。
そもそもこの街は外食文化ではなく、食への探究心も乏しいようだ。
家庭料理だと各家庭ごとに独自で味のアレンジなどがあるらしいが、大元のメニューは変わらない。
その理由の一つは食材の種類や調味料の少なさに起因していると思われる。
市場を通っても店頭に並ぶ魚や野菜の種類は日本のスーパーに比べて格段に少なく、調味料も砂糖、塩、酢くらいしかないせいでみんな似たような味に。
唯一、肉だけは魔物の種類だけ豊富にあるので、肉食文化と言えるかもしれない。
ただ、調理法に問題が……。
稀少なサラマンダーの肉も何の工夫もなく、ただ焼いただけ。
それでも今まで食べた肉の中では一番美味かったことを考えれば、ちゃんとした調理が出来ればもっと上質な料理に仕上げられたはず。
おそらく、焼く・煮る・揚げるというシンプルな調理法のみで工夫が止まっている事が、料理のバリエーションを狭めているもう一つの要因だろう。
まあ、インドも毎食いろんなカレーを食べる食文化みたいだし、食に幅のない国も普通にあるのだろう。
いや、逆に日本が豊富過ぎて、異常なのか。
だとしても俺にとって、毎日の活力となる食生活の改善は急務。
外食に頼れない現状だと自分好みの料理を食するには手作りする他ない。
と言っても一人暮らしになってもろくに自炊をしてこなかった自分。
それがいきなり独学で始めるとなると、かなりの遠回りになりそうだ。
まあ、流石に包丁の扱い方や基本的な切り方は把握している。
学校の調理実習で習得する技術は当然として、グルメマンガの知識もあるので、所謂ペーパードライバーみたいな感じだ。
では何故自炊を避けていたかというと、それは味付け。
何度やっても納得のいく味にならず、好みの味にする調整の難しさから断念した過去があった。
まあ、味付けに関してはセンスの部分もありそうだが、ちゃんと教わりさえすればそれなりのレベルにはなれるのではないかと。
そうなると兄妹暮らしで自炊しているカカとニニに教わるのがマストか。
いや、ここは手っ取り早く裏技を使う手も……。
俺は優しい味付けのスープに固いパンをちぎって浸した。
『マンガに登場するキャラの力を使える。ただし、選択した三作品に限る』
という、異世界に転移させられた俺に与えられた“ギフト”。
第二の人生に送られた特殊能力の二枠目を料理の為に解禁する時が来たか。
この世界に降り立って一ヶ月程で三枠中二枠。
早いのか遅いのか。
困難があれば迷わず行使しようとは思っていたが、初日以降順調だった事もあり、ここまで必要としてこなかった。
未来を見据えると料理の技能に一枠使うのはもったいない気がしなくもない。
獲得枠が十個くらいあれば、躊躇なく行使するのだが、残り二枠しかないとなると……。
それにグルメマンガは好きなジャンルではあるが、実はそれほど詳しい訳ではない。
読んでる作品数だとバトルマンガより圧倒的に少ないので、取れる選択肢は限られるだろう。
それでも異世界に適応するための能力を惜しんだまま死ぬのは本当につまらない。
ミラーイヤーとの戦いで死と隣り合わせの世界にいるという現実を嫌というほど味わされた。
平和と言われる日本でさえ、事故や事件で明日生きていられる保証などない。
だったら出し惜しみせず、後悔のない生き方を!
そんな生き様をリアルなニュースではなく、感銘を受けた創作物を通して心に刻まれた。
どのキャラも、どんな世界かも関係なく今を懸命に生きるその姿に魅せられ、感化され、行動原理としてきたのだ。
ゲームだと希少な消費アイテムを最後まで使えない病ではあるが、ここは思い切って決断しよう。
美味い料理を食べる為に料理系グルメマンガを選ぶ!
未来の事は未来の自分に任せよう。
とりあえずあと一枠残っていれば、どうとでもなるはず。
この先待ち受ける困難に直面した時、この選択を後悔しないよう全力で今を生きなければ。
さて、決めたはいいがグルメマンガとなると選択肢はそう多くない。
まず真っ先に思い浮かぶのは『美味し○ぼ』だ。
食に対する深い知識や調理技能の高い人物が多数登場する。
料理下手な俺でもなりきり度によって、キャラの持つ知識と技能が手に入るので動物や魚の下処理からフレンチや中華など世界各国の調理法まで再現可能になるはず。
しかもキャラのほとんどが日本人の大人なので、それだけでなりきり度はそれなりに稼げそうな気がする。
一方で作品の舞台が現代の日本なせいで、異世界の食材に対してその知識が役に立つのか不安がある。
服装も主人公はスーツ、父親は和服となると確実にオーダーメイドとなり、金もそれなりに掛かりそうだ。
同様に『食堂の息子』や『料理好きのパパ』など現代日本を舞台とする作品は不向きか。
それでも知らない食材の味を見て最適の調理法を導き出す能力はありそうだが。
この世界にある料理のクオリティを上げるなら『焼きたて!ジ○ぱん』か。
パンは三食出るくらい主食なので、パン職人を目指すキャラたちの技能は遺憾なく発揮出来るだろう。
ここではバリエーションに乏しいが、日本ではパン屋があるくらい種類は豊富なので飽きずに楽しめそうだ。
実は休日に美味いパン屋を探し歩くくらいのパン好きなのだが、残念ながら主菜ではないのでやめておく。
飽きがこないよう毎日違う料理を食べるとなると、オールジャンルな作品が好ましい。
一つのジャンルに特化した作品だと、いくら好物でも絶対飽きる。
そうなると『寿司屋の長男』や『屋台を引くラーメンマニア』なども脱落。
ただ、『らーめ○才遊記』はありかも。
ラーメンに特化した作品ではあるが、主人公のライバルの『ラーメンはげ』が職人兼コンサルタントなのだ。
美味いラーメンを開発しつつ、ラーメン屋を開店して一儲け。
ラーメンは好きだし、技術を弟子たちに伝授する事で自分は経営に専念しつつ、支店を展開していけば……。
本格的に金儲けに走るなら冒険者から経営者に転職する事も可能だろう。
冒険者を廃業することになったら生きる術にはなりそうだが……おっと本筋からずれてしまった。
料理と経営の両立と言えば、異世界で飲食店をテーマにしたマンガもあるな。
洋食屋や居酒屋など、どれも繁盛しているが俺の読んだのは日本で仕入れた食材を使っているので、日本に戻れない俺には真似が出来ない。
それ以外の異世界グルメマンガだと『ダ○ジョン飯』。
この作品は異世界にある食材を使っているので割と現実的な気がする。
倒したモンスターを調理して食べる作品なうえ、キャラの服装もこの世界と似通っているのでピッタリではないか。
これはもう『ダンジョン飯』で決定かと思ったが、あの事が不意に頭をよぎった。
弱点の『状態異常』について、ギフトを使うべきではないかと。
おそらくこれからも毒や麻痺を使ってくる敵はいるだろう。
敵でなくとも、この世界では自然の脅威としても存在するだろうし、ダンジョンのトラップなど冒険するなら遭遇する機会は意外と多いのかもしれない。
そう考えると無視出来ない側面がある。
一応候補として、パッと浮かぶのは『HU○TER×HU○TER』の暗殺一家。
主人公の親友は家庭の事情で毒は効かないし、その家族も同様に他の状態異常にも耐性がありそうだ。
『念○力』もあらゆる局面で万能。
今持ち合わせていない特異な能力を手に入れる意味でも第一候補となる。
強さの面では『ジョ○ョの奇妙な冒険』の『スタ○ド』も万能だ。
キャラも多く、その中でも第二部のラスボスが全耐性を持っている。
不死身の吸血鬼で再生能力まであるので、弱点なく誰とでも渡り合える強さが魅力だ。
ただ、なりきり度を上げるには長髪にして、日常的に上半身裸で生活し、肉体美も追求しなければならない。
全能であるにはハードルがなかなか高いな。
あと思いつくのは『魁!○塾』くらいか。
主人公の先輩四天王の中に毒手の使い手がいるのだが、いかんせん強さに疑問が。
人間相手なら問題ないが、魔族や魔物相手に通用するかどうか……。
あと刀や槍など武器使いが多いのと学ランの用意に手間が掛かる。
好きな作品なので知識面は問題ないのだが、今回は他へ譲ろう。
状態異常耐性となると人間以外のキャラやボスキャラのイメージがある。
勧善懲悪が好きな自分としてはなるべくなら悪役を演じたくはないかな。
今回自分だけでなくニニもやられたように仲間の事まで考えるなら、自分だけ無効というより状態異常回復の方が有用だろう。
魔法世界が舞台の作品なら優秀な治癒魔法の使い手がいるはず。
ただ、そうなるとギフトを使わず、教会にいたような聖職者を仲間を加える方が最良か。
料理と状態異常耐性。
天秤にかけて、どちらを優先するべきか。
二枠目を料理、三枠目を状態異常耐性は流石にやり過ぎ感がある。
どちらも必要である事を考えれば、なくはないが。
料理と状態異常耐性を併せ持った超人がいれば、万事解決なのだがそう都合良く思い当たらない。
「あっ!」
──と、ここで俺に電流走る。
毒耐性、状態異常回復、料理と全てを兼ね備えている作品が、一つあったではないか!
今まですっかり頭から抜け落ちていた。
それがふとした瞬間、急に舞い降りてくるからわからない。
これも安易に決定せず、思考を巡らせたおかげか。
まあ、これも最適解ではないかもしれないが、好きな作品なので後悔はない。
モーニングセットを完食し、一旦自室へ。
ベッドに腰掛け、深呼吸。
「よしっ!」
初日振りとなるギフトの衝撃を全身で浴び、新たな自分へと生まれ変わった。




