13 エコウ
先着したカカとニニに遅れること一時。
俺とエコウが到着する頃には、すでに最終局面を迎えていた。
普通のオークたちは掃討され、ジェネラルには兄妹が立ち向かっている。
「遅れて済まない」
俺はジェネラルと対峙するニニの隣に降り立つ。
「早いじゃない。もう少し遅かったら私たちが倒していたところよ」
ボロボロになりながら、ニニは微笑を浮かべる。
ここまでギリギリの戦いだったのだろう。
間に合って良かった。
「おいしいところは譲りますよ。約束通り、一撃で頼みます……」
こちらも青息吐息。
カカももう限界が近い。
そしてどちらも遅れてきた理由を聞いてこない。
何かを察したのか。
それともその余裕がないのか。
どちらにせよ、心の整理のついていない今の自分にはありがたい。
「了解した。もう少しだけ時間を稼いでもらえるか?」
怒りのあまり我を忘れて、言われるまでエコウとの約束は忘れていた。
一撃で倒して、信頼を勝ち取る!
戯れで交わされた約束を心に留めて、二人は必死に戦っていてくれたのか……。
二人の懸命さは胸に込み上げてくるものがある。
抑えきれない怒りにキャラを間違え、キャラを演じることで殺意を正当化した。
感情も精神もぐちゃぐちゃになった俺の冷え切った心に、二人の温もりが流れ込んだ。
大きく深呼吸。
気持ちを落ち着かせ、最後の技を選択する。
フルパワーのエネルギー波では、古代樹の周りに無用な被害が出しかねない。
そうなると──これしかない。
「みんな、オラに元気を分けてくれ」
両手を上げ、周辺の自然や生き物からエネルギーを分けてもらう。
心を澄まし、大気を通して生命を感じる。
やがて、結集したエネルギーは球体となり、ソフトボールくらいの大きさとなった。
「今はこれくらいが限界か」
元々の破壊力がとんでもない技なのだから十分だろう。
加減がわからないので、逆に被害が拡大しないかの方が心配だ。
右手で投げモーションをし、コントロールした球体をオークへぶつける。
「いっけぇーっ!」
加速する元気な球体。
心の目で見る技量はなかった為、ある程度の距離まで近づき確実に命中させた。
「ゴオォーッ!」
ジェネラルは落雷を受けたように激しい光に包まれる。
そのあまりの眩しさに、皆一様に目を背けた。
激しい断末魔の叫びからダメージのデカさがわかる。
やがて、悲痛な声が途切れ、発光が収まるとジェネラルの全身は炭化し、その場に崩れた。
「終わった……」
どこからともなく歓喜の声が上がる。
必殺技の成功から、いつもの様な高揚感に包まれる……ことはなかった。
圧倒的な疲労感。
感慨に耽る余裕もない。
ジェネラルを倒したことが瑣末に思えるほど。
全てが終わったことに対して、安堵の息が漏れた。
カカ、ニニ、エコウと視線を交わす。
ようやく、この異世界に降り立ってから、一番長い一日が終わった。
「皆の者。大義であった」
エルフの里に到着して三日目。
ミーリアから依頼の完了が告げられた。
その場には到着初日の会合に出席していたメンバーが揃っている。
オークの襲撃から一日。
様々な疲労から休息を経ても尚、頭や体は重いまま。
──かと思われたが、全然そんなことはなかった。
それというのもオークたちから里を守った謝礼として、古代樹の樹液を味わえたおかげに他ならない。
ただ美味というだけでなく、疲労回復や滋養強壮効果のある特別性。
魔物たちがわざわざ遠方から訪れるのも頷ける。
街で購入するとなるとそれなりに値が張るそうなので、そういう意味ではこの依頼を受けたことは役得であった。
ただ、この依頼について終わってから冷静に振り返ると、気になる事が出てきた。
この依頼は上級冒険者として、俺を測るテストだったのでは──と。
まず、ジェネラルの討伐が最低限のラインであり、さらに悪党とはいえ“人間を殺せるか”どうか。
あの時は勧善懲悪の精神で衝動的に暗殺拳の使い手になって、やってしまった。
盗賊と相対した時とは明らかに違う、怒りと憎悪。
キャラを演じることで精神構造が変化したのか、殺人への抵抗感はなくなっている。
素の自分でも悪漢が相手であれば、或いは……。
もし、悪党たちを生捕りにしたところで、未遂であってもエルフたちは許さなかったであろう。
結果的にエルフたちの手を汚させずに済んだと、都合良く解釈しておく。
そしてこれからも上級ランクの仕事となれば、同族を手に掛けることもあるだろう。
それらのことを加味すれば、より重要度の高い仕事を任せられるかの試金石だったように思う。
思えば、俺の昇級がリークされ、流布されるのが早すぎる。
あれはギルドマスター自らがリークし、俺に注目が集まるよう工作したから。
そしてこの依頼に目を付け、エルフの里を狙う輩を炙り出し、始末させる裏の目的があったのではないか。
そうなると、俺の昇級自体も怪しくなる。
エルフからの依頼に備えての人員確保。
全てはギルマスであるギムルの手の平だったか……。
──だとすると、エルフが人間に依頼を出すのも“害となる人間を定期的に抹殺する為”と考えられる。
そうなると依頼の口実用に、わざと里まで魔物を呼び寄せている可能性も……。
急襲されないよう、あらかじめ周辺の魔物を淘汰する意味合いもありそうだが。
エルフの魔法力からすると、大抵の魔物は自分たちでも対処出来ると言っていた。
それが本当なら人間が討伐に失敗してもリスクはない。
今回のジェネラルにしても俺の到着が遅れていたらもしや……。
当然、そこまで大掛かりな事となるとギルドとエルフは繋がっていて、ギルドも何かしらの見返りがあるのだろう。
例えば、古代樹の樹液とか。
勘繰り出したらキリがない。
どうせ答え合わせは出来ないのだろうから、推測はここまでとしよう。
「依頼完遂のサインはしておいた。また同様の依頼を出した時は受諾してもらえることを期待する。言うまでもない事だが、里の場所については他言無用だ」
どうやら、族長から一定の信頼は得られたらしい。
裏の任務についての痕跡は消したが、どうやらエコウに一部始終を見られていたようなので、全て報告されての評価だろう。
「それと最後に、一つ頼みがある」
「頼み事……?」
俺たちは一斉に顔を曇らせた。
何事も終わり際の頼みとは、大抵ロクなことがない。
「しばしの間、エコウをパーティーメンバーとして帯同させてほしい」
「え?」
「エコウはエルフの戦士だ。人間から里を守るには人間を知る必要がある。人の世でしか学べぬこともあろう」
予想外の申し出に、俺たち三人は顔を見合わせた。
当初、エコウは人間を敵視していて、もっと取っ付き難い性格だと思っていた。
それがお堅い雰囲気はあれど、理性的で話せる存在であるとわかった。
それに戦力としても、高度な回復魔法を扱えるエコウがメンバーに加わるのは安心感に繋がる。
これからもっと強力な敵と戦いたいので、俺としては願ってもないことだった。
「その見返りとして『古代樹の枝』を授ける。加工すれば良質な武器や道具を作れよう」
俺にはその価値がわからなかったが、それにいち早く食い付いたのは意外にもカカであった。
「古代樹の枝とは大盤振る舞いですね。依頼報酬より遥かに価値がある。僕はそれで新しい杖を作ります!」
珍しく目を輝かせている。
物に釣られた訳ではないと思うが、いち早く賛成ということだ。
「私は報酬より一緒にやっていけるかが心配よ。人間嫌いだと苦労しそうだわ」
「安心しろ。“約束通り”、おまえたちは嫌いじゃなくなった。好きになるかはまた、これからだ」
「それは良かった。私はエコウのこと好きよ」
ニニとエコウ。
お互い、良い表情をしている。
ここはクールに去る場面だが、そうもいかない。
「これからよろしく、エコウ」
握手は交わせないが、精一杯の姿勢で温かく迎い入れる。
これからは何か握手に代わって、親愛を示す良い表現方法を探すとしよう。
エコウが仲間になり、俺の物語に新たな変化が加わる。
──となると、そろそろギフトの二作品目の枠も考えていい頃か。
また諸々思考を巡らせ、悩ましい時間を過ごすことになりそうだ。
第一部 完
これにて第一部は終わりとなります。
第二部は全編完成次第、順次更新していく予定ですのでよろしくお願いします。




