12 それぞれの戦い
「ゴブリンはともかく、オークも一撃とは……なんて危険な人間を招き入れてしまったことか……」
エコウは今更ながら後悔する。
心強さより畏怖の念の方が大きい。
決してそれをおくびにも出さないが。
たとえジェネラルが里を襲ったとしても、ダイスケたちに話した通り一族だけで対処は可能。
だが、もしダイスケが里に牙を剥けば……。
人間の怒りを買わぬよう祈らねばならないとは、何と屈辱的なことか。
いくら平静を装ったところで、拭いきれぬ憂い。
もし初めから悪意が画策されていたとしたら、これから起こるのは反転の未来。
一抹の不安を抱えつつ、里へと向かう。
途中、何かの気配を感じたとかで、突然ダイスケはパーティーを離脱。
あとから追いつくと、別行動を取った。
残ったメンバーは里へと急行するが、どうしてもダイスケの動きが気になった私は、一人その後を追うことに。
ここにきての単独行動とは、如何にも不審。
監視役としては見過ごせない。
ダイスケに気付かれぬよう注意しながら追跡を続けると、思わぬ光景を目の当たりにした。
「他の人間と待ち合わせ……?」
人数は四人。
装備の有無から、ダイスケと同じ冒険者と推察される。
「増援か?」
それなら事態の収集に都合が良い。
残りのオークは少なくとも八匹以上。
戦力が増えるに越した事はない。
しかし、そんな話は一切耳に入ってはいない。
その上、ダイスケの強さを考慮すれば、必要ない気もする。
そうなると──
「まさか……!」
答えはひとつ。
胸騒ぎを抑えつつ、会話に聞き耳を立てた。
「ここまでのお膳立て、ご苦労だったな」
パーティーリーダーらしき男が、労いの言葉を掛ける。
「お前の案内のおかげで、エルフの里は知れた。あとは予定通り魔物の襲撃のどさくさで、エルフ共を捕まえるだけだな」
「!」
何ということだ。
ギルドからの依頼を利用し仲間を潜ませ、私たちの誘拐を企てていたとは……。
予測の範疇ではあるが、なんと醜悪且つ、悪虐非道。
人間と信頼関係を築こうとした族長への裏切り。
エルフとして──いや、里を守る戦士として許すわけにはいかない!
私の全力を持ってその報いを受けさせる!
すぐさま自分の持つ最大魔法で急襲しようとした所、今まで無言を貫いていたダイスケが口を開いた。
「てめえらの血はなに色だーっ!」
「!!」
とんでもない声量の怒声が辺りに響き渡った。
周辺の鳥たちが、一斉に飛び去る。
その怒りに震えるダイスケの体は、微かにオーラのようなものを纏っていた。
「なに言ってやがる。お前は見過ごすだけで金が貰えるんだ。悪い話じゃないだろ?それとも何か、俺たちに逆らおうってのか?」
ダイスケの剣幕を意に介さず、冒険者パーティーが武器をギラつかせる。
仲間割れか?
「囀るな!無断で後をつけ、勝手に仲間ヅラしやがって。誰だてめえらは!」
「誰だっていいだろ。それがお互いのためってもんだ」
男たちはダイスケの形相に怯むことなく、かわしていく。
「そうか……わかった」
「わかってくれたか」
「てめえらのような外道がいるから、エルフたちと心を通わせられねぇのか。てめえらに今日を生きる資格はねぇ!」
人が違ったかのようなダイスケの激しい口調に私の身は竦んだ。
その猛烈な怒りが、離れたここまで伝わってくる。
仲間ではなく、利用されただけ……?
言葉だけでは判断がつかない。
何が真実かは、その人間の行動によってのみ見極められる。
やがて、私の問いに答えるよう、局面が動き出した。
怒りを収める為か、ダイスケは大きな深呼吸を一つ。
指を鳴らしながら、話していた男に迫った。
それが決裂の合図とばかりに、対する男が抜き身の剣を振りかぶった次の瞬間──
「あたたたたーっ!」
拳による高速乱打。
ダイスケは目で追えぬ物凄い速さで、鉄拳を繰り出した。
人間技とは思えぬ拳の速力。
あまりの速度と威力に男の体が、地面から浮いている。
「おぅわったぁ!!」
「ぶべらっ!」
男は吹き飛び、後方の樹木に激突。
全身は潰れ、見るも無惨な肉塊と化した。
「野郎っ!」
その惨状に怯むことなく、残りの三人は同時にダイスケへと斬り掛かる。
三人それぞれの斬撃が届く直前──
『!』
消えた。
剣先は空を斬り、その場の誰もがダイスケの姿を見失う。
いや、目の前で対峙していない私だけが、一瞬で三人の背後に回るのを視認出来た。
「こっちだ」
男達が振り向くと同時に、両手の親指を真ん中の男のこめかみに深々と突き刺した。
その異様な光景に男たちは流石にたじろぐ。
ダイスケはその一瞬を見逃さない。
岩をも砕いてしまいそうな重い手刀で脳天を叩き割り、もう一人を絶命させた。
「ひぃ!」
残された一人は武器を捨て、無様に逃げ出す。
その背中に容赦なく、拳法の奥義とかいう熱線を直撃させ、存在を消滅させた。
「……」
人間は、ダイスケ一人が残った。
黙々と死体を熱線で滅却するダイスケ。
その無の表情からは、何も感じられない。
二日間しか観察していないが、まるで別人かのような残虐性。
これがダイスケの本性だとすると、身の毛立つ。
──と同時に、人間の高潔さに打ち震えた。
エルフの誘拐が死罪という取り決めがあるにも関わらず、後を絶たないのは盟約が守られていないからだと考えていた。
それが、眼前で否定されたのだ。
何より、それが法に準じてのことではなく、人の感情による裁きであることに。
倫理的な事はともかく、嘘偽りではない真に迫る激情を肌で感じ、胸が熱くなった。
後始末を終えても、ダイスケはその場から動かない。
全身から震えを感じる。
顔は見えない。
一刻を争う事態なのに、私も動けずにいる。
辺りは静寂に包まれた。
ダイスケとエコウが離脱してからしばらく。
エルフの里に戻った頃には、最悪な事にオークたちが襲来していた。
寝泊まりしていた小屋は破壊され、古代樹の周りは荒らされている。
「まさか、倒したオークたちは僕たちを引き付けておく為の囮だった……?」
カカはオークの知能を侮っていたことに後悔した。
自慢の嗅覚でいち早く里を見つけ、僕たちが里から離れるのを待っていたか。
考え過ぎかもしれないけど、どうしてもあの存在がそう思考させる。
オークジェネラル。
ゴブリンキングに続き、ギルマスの予想通り出現した。
巨漢のオークより、何もかも一回り大きいあいつは当然知能も高い。
ジェネラルが群れを率いているとなると、雑食のオークが里を狙う理由も明確となる。
『古代樹の樹液』
古代樹には特別上質な樹液が湧く為、様々な種族や野生生物がそれを好物としていた。
その中で特に鼻の効く魔物は遠方から現れ、古代樹を乱暴に傷つける。
過去幾度も魔物が侵攻してきたと、エコウが語っていた。
他にも同じような古代樹がある中で、ここを狙うのは樹液に違いがあるのだろうか?
エルフは風魔法、回復魔法の他に精霊魔法も使うみたいだが果たして……。
同じ魔法使いとして、エルフの使う魔法には関心がある。
エコウの使った上級魔法は相当の魔力を必要とするので、あの小さな体のどこにそれほどの魔法力を秘めているのか。
解明すれば、僕の魔法力を高めるキッカケになるかもしれない。
関心という意味では、ダイスケの奥義も同様。
魔法とは別種の『気』という概念はどの書物にも書かれていない。
武芸を極めた結果らしいが……僕は疑っている。
本当は上級魔法使いで、何らかの理由で正体を隠匿しているのではないか。
あの身体能力は特別な強化魔法。
奥義は独自開発した光魔法で説明がつく。
僕としてはその方が、今後の魔法の研鑽に繋がるのだが。
魔法は創造の世界。
間近で見て構成する魔力を解明すれば、直接教えを乞わずとも自分の糧へとすることは出来る。
魔法への探究心は誰にも負けないつもりだ。
古代樹の周りを取り囲むオークたち。
幸い、エルフたちの住居は上方にある為、今のところ大した損害はなさそうだ。
それでも、古代樹を傷つけさせないよう二種類の精霊魔法がオークたちの動きを止めていた。
一種は樹木に精霊を宿し、その枝や根に伸縮性と柔軟性を持たせ自在に操る。
もう一種は森に生息している『グリーンドッグ』に精霊を降ろし、加護で身体能力を強化して使役していた。
どちらも戦闘力は心許ないが、拘束力や牽制に長けている。
それを複数体使役することで、発動に時間の掛かる強力な風魔法を補助していた。
この分ならダイスケがいなくても、何とかなるだろう。
ジェネラルを除いては。
ニニは真っ先にジェネラルをターゲットにした。
上位種相手でも、戦い方は普通のオークと同じ。
棍棒を掻い潜り、如何に懐に入り込めるか。
一撃でも食らえば致命傷になる強敵。
先程のオーク戦では最後まで実力を示すことが叶わなかった。
今度はその鬱憤をジェネラルにぶつける。
もう情けない姿は見せられない。
それはここにはいないエコウにではなく、自分自身に。
誰の手も借りず、いけるとこまで!
今の私は血が滾っていた。
またも見せつけられたダイスケの強さに感化されて。
正直、最初拳法使いと聞いて、軽く見ていた。
素手で魔物とどう戦うのかと。
それが、オークどころかサラマンダーまで倒すとは……。
負けん気の強さを昔から指摘される私でも、対抗心を燃やせる相手ではない。
格が違う。
その強さはまさに異次元。
ショックを通り越して、逆に火がつくほど。
自分も限界を超えて強くなってやる、という気にさせられる。
ダイスケが戻って来るまでに、ジェネラルを倒す。
高みを目指す者として、その強さに憧れを抱いても、その力に頼りたくはない。
私がこれからもっと成長するために!




