11 捜索
翌日。
朝焼けに眩しさを感じながら、四人は捜索を開始した。
まずは目撃情報のあった箇所を順に巡り、注意を払いながらゴブリンとオークを探す。
どこも同じ景色に見える森の中、僅かな手掛かりも見逃せない。
緑豊かな森の中は空気が澄んでいて気持ちがいい。
涼しさもあって、体力があるうちはハイキング気分が味わえた。
しかし、それも長くは続かない。
茂みのせいで視界が悪く、森を歩き慣れない俺には先導するエコウに付いていくのがやっと。
とても景色を楽しむシチュエーションになかった。
気分を取り直して気で周囲を探りながら歩くも、なかなか確信が得られずに時間だけが過ぎていく。
痕跡を追いながらようやくターゲットを発見したのは、昼休憩を取ってしばらくしてからだった。
「ゴブリンが十匹──残りは群れでいたのか」
総数二十匹という話なら、昨日半分倒しているのでこれで全部になる。
ゴブリンたちは開けた場所で、所在なさげにたむろしていた。
「キングがいるわね。族長の危惧していた通りだけど、どうする?」
一匹だけ他のゴブリンより一回り大きい個体がいる。
それ以外は大した特徴もなく、強さもそれほど感じない。
「今回は俺が先陣を切る。倒しきれなかったやつはカカとニニで頼む」
エコウは戦闘に参加せず、作戦はこちらに一任されている。
新調した道着のデビュー戦。
なりきり度の成果を見せる時だ。
「はああぁっ…!」
二人が頷くのを確認し、全身の気を両手に集める。
力を溜めきると、それを全力で同時に放つ。
「!?」
エネルギーの光で異変に気付いたゴブリンたちは訳も分からず混乱に陥る。
十匹ものゴブリンを一撃で捉える範囲攻撃ではないが、群れの直前でエネルギー波を上空へと捻じ曲げ、天から雨のように飛散させた。
「ぎゃっ!」と光の矢を浴びたゴブリンたちは次々と全身を焼かれる。
拡散エネルギー波。
威力はまだまだだが、道着のおかげで使えるようになった。
しかし、「まだよ!」とニニが声を上げる。
土煙が舞う中、よく見れば二匹のゴブリンが健在。
一匹はエネルギー波を逃れ、もう一匹は辛うじて耐え抜いていた。
スピードの無さと威力の低さが仇となったか……!
「キングは私が!」
言うと同時に、
「水流の矢!」
ニニは飛び掛かり、カカは魔法を放った。
細長く鋭利な水の矢が、無傷のゴブリンの胸を貫く。
避けようのない無数の矢は容赦なく、致命傷を与えた。
あとはキングを残すのみ。
だが──
「くっ!」
皮膚は焼け焦げ、死に体に思えたキングは最後の力を振り絞り、石槍でニニの右脇腹を捉えた。
苦痛に顔を歪め、その場に膝をつくニニ。
その光景に俺とカカがすぐさまフォローに入ろうとしたところ──先に動いたのは、エコウであった。
「裂傷の竜巻!」
局所的に発生した旋風が、キングを足元から覆う。
透明な刃は激しく踊り狂い、風の檻に閉じ込められたキングをなます切りにした。
「危なかったわね」
ゴブリンたちを全滅させ、エコウの率直な感想が漏れる。
言うだけあってエルフ得意の風魔法は、一目でその凄さを実感させるものであった。
その上で考えさせられる。
エコウの言う通りこれだけの力があれば、わざわざ嫌悪する人間の手を借りる必要はなさそう、だと。
そして、今回の依頼が人間との交流の足掛かりという族長の意向に嘘はないということになる。
となると、パーティーメンバーとなったエコウの信頼を勝ち取り、心の交流を図るのが完璧な依頼達成と言えるかもしれない。
「……まさか、人間嫌いのアナタが私を助けるなんてね。もう好きになってくれたのかしら?」
笑顔を苦痛で歪めながら、皮肉を言うニニ。
いろんな意味で痛々しい。
それに対し、「逆だよニニ」とカカが口を開いた。
「初めからアテにされていない。信用されていたら、あの上級魔法は間に合わないよ。あらかじめ準備してこその発動時間だった」
同じ魔法使いだからこそわかる、冷静な分析。
この世界の魔法には呪文の詠唱という概念はない。
魔法は威力や難度によって、発動までに掛かる時間が決定する。
ここらへんのことは、他のマンガやゲームでもよくある仕様。
「助力はすると言ったはず。それにただ見ているだけではエルフの沽券に関わるからな」
言いつつ、エコウはニニに近寄り回復魔法を掛ける。
「なるほど。品位と力を示した、といったところか」
回復魔法もカカより高度なものを使えるらしく、その小さい体からは想像出来ないほど、強大な魔法使いのようだ。
そのエコウから、力だけで信頼を勝ち取るのは並大抵ではない。
「何でもいいわ……ありがとう」
「礼が言えるとは殊勝だな」
「……私を何だと思っているのよ。素直な女の子に対して失礼しちゃう」
「それは悪かったな。次からは素直に助けを求めてくれていいぞ」
「そうするわ。もうそんな場面はこないけど」
バチバチのやり取りに、割り込む隙間なし。
それでも、二人の相性は悪くないように思えてしまう。
「他のエルフもエコウくらい魔法が使えるの?」
「ああ、皆ゴブリンやオーク程度なら問題ない」
「なるほど。ジェネラルだけが問題なわけだ」
「面倒という意味ではな。人間に頼るのは反対だが、同族を傷付けず、里に被害が出る前に片付ける──という族長の判断は正しい」
カカへの回答はエルフとしての矜持を感じる。
「何にせよ、私たちはこんなもんじゃないから。もっと信じて頼ってくれていいわよ」
「この状況でよく言える」
「じゃあ約束するわ。ジェネラルは一撃で倒す。──ダイスケが」
本人に断りなく、勝手な約束を交わすニニ。
これは期待の表れ。
厚い信頼と受け取ろう。
「ふふ、もしそれが出来たら、少しは信じよう」
全員から熱い視線を感じる。
その言葉を引き出せたのなら、言うことは一つ。
「任せろ」
捜索二日目。
結局、昨日はそれ以上成果を上げることは出来ず、オークの討伐は持ち越しとなった。
今日はより捜索の範囲を広げ、里から離れた箇所へと分け入る。
そんな中、なるべく歩きやすい地形を選びながら、エコウは先頭を飛んでくれた。
そのちょっとした気遣いが嬉しかったりする。
本人は人間嫌いを自称しているが、決して分かり合えない訳ではないように思う。
お互い心があるのだから、決して。
俺はそういう展開のマンガが好きなのだ。
嫌になるほど森は広大で、エコウがいなければ間違いなく遭難コース。
古代樹が目印になりそうなものだが、実は同じような大きさの古代樹が何箇所にも自生していて、かえって迷わせる要素となっていた。
これなら人間はおろか、オークもそう簡単にはエルフの里を捜し出すことは出来まい。
俺たちは地道に痕跡を見つけ、追跡する。
何日掛かるかわからないが、それが一番の近道に思う。
カカとニニも普段森での依頼が多いので、根を上げることもない。
士気が下がらず、捜索が続けられる。
すると、そう時間も経たずしてオークらしき食事の形跡を発見。
真新しい獣道を追う。
結果、日の高いうちに二匹のオークを発見する事が出来た。
薮から突き抜けたシルエット。
二メートル以上はある長身にパワー系であることを感じさせる肥えた肉体。
猪のような牙が目を引く、豚のような顔はいかにも獰猛そうだ。
「二匹だけ……だったら私とカカにやらせて。ダイスケ頼りじゃ強くなれないわ」
昨日の失態を受けて、実力不足を痛感したか。
よりアグレッシブな姿勢のニニ。
ゴブリンよりは歯応えがありそう見た目に、若干心配ではあるが──
「そうだね。中級ランク以上じゃないと討伐依頼はないからいい経験になる」
カカも怖気付く様子はない。
ここは本人たちのやる気を買うことにする。
オークの武器は剣と棍棒。
知能はあっても製作する技術はないから拾ったか、倒した冒険者から奪ったのだろう。
素手の方が強そうではあるが、リーチの長さは厄介そうだ。
ニニは如何にして、懐に入るか。
逆にカカは如何に間合いを保つかだ。
奮闘を期待しつつ、いざとなれば……。
昨日の二の舞にはなるまい。
「岩石の飛礫!」
カカは強化魔法をニニに付与すると、土魔法で火蓋を切る。
木々の間を抜け、生成した無数の岩石がオークの巨漢を襲った。
いくつかが命中し、二匹の体勢を崩す。
そのタイミングに合わせ、ニニが斬りかかる。
分厚い皮膚と脂肪に守られた上半身は斬撃の効果が薄い。
それでも持ち前の気迫で、少しずつダメージを与えていく。
カカは土魔法で頭部を集中攻撃し、敵を寄せ付けない。
ゴブリンみたいに瞬殺とはいかないが、勝てない相手ではなさそうだ。
そう思ったのも束の間──
「助けてください!」
予想外の声が上がった。
声の主はエルフ。
だが、エコウではなく、里からの使いの者であった。
「どうした?」
「里の近くにオークの群れを確認しました。至急里へお戻りください!」
「なに!?」
応対したエコウは一瞬目を見開いたが、すぐさま表情を戻し、こちらにアイコンタクトを送ってくる。
俺は即座に頷くと、
「二人とも!あとはオラがやる!その場から離れろ!」
戦闘中の二人に警告した。
緊急事態だ。
全力で片付けよう。
「波っ!」
二人の返答を待たず、エネルギー波でカカの相手を滅殺。
続けて、瞬間加速から残りのオークの前へと躍り出る。
そこから──
「やぁっ!」
延髄蹴りで、首から上を吹っ飛ばした。
顔を失ったオークは、その場に崩れ落ちる。
「!?」
「修行はここまでだ。急ごう」
唖然とする兄妹。
加減しないとこうなるのか……。
自分でも驚きだが、今はごちゃごちゃ考えている時間はない。
嫌な予感がする。
勘が外れるよう祈りつつ、全員で一斉に駆け出した。




