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10 古代樹の森

出発は毎度、日の出と共に。


オーダーメイドしたオレンジの道着に袖を通す。

新しい自分になったかのような新鮮な感覚に包まれ、いつも以上に気持ちが昂った。

これでどのくらいの力が発揮出来るのか、楽しみでならない。

ちなみにカカとニニはまた衣装チェンジしたことに苦笑いを浮かべていたが、「マント姿よりはお似合いだ」と感想を頂けた。



目的の古代樹の森までは馬車と徒歩合わせて、片道三日掛かる。

森にはエルフの集落があるというが、馬車での直通の往来はなし。

その為、馬車で一泊、徒歩で一泊掛け、古代樹の森へと辿り着いた。


ここからエルフの集落までの道のりはギルドから渡された地図を参照する。

一部交流はあるが、一般的には知られていない秘境にあるという。

入り口から不穏な気配を感じながら獣道を進む。

先頭の俺が道を切り開き、真ん中のカカが地図を読んで、しんがりのニニが辺りを警戒する。


古代樹の森という名の通り、あちこちに年季の入った背の高い大木が見受けられる。

地図が無ければ確実に遭難するほど、広く深い。

森はエルフが管理していて、通常脅威となる魔物はおらず、平穏そのもの。

動植物の宝庫らしく、今も鳥や虫の声が時折聞こえる。


しかし、定期的に何処からか凶暴な魔物が現れ、エルフたちを脅かすという。

エルフの里の秘匿性もあって、上級冒険者のみの依頼となっており、今回は他の適任者が出払っていた為、新参の俺にお鉢が回ってきたようだ。


侵入した魔物の現在地が不明の為、いつ接敵してもおかしくはない。

集落に到着する前にターゲットと遭遇戦になる可能性も十分にありうる。

案の定、気を探りながら進んでいくと、前方に何かの気配が──


「あれは……ゴブリンか?」

鬱蒼とした森の奥に人とは明らかに違う小柄で浅黒い肌を持つ人型の魔物。

野生味溢れる顔つきはいかにも凶暴そうだ。

三匹纏まっていて、手には原始的な槍や斧のような武器を所持。

幸い、こちらにはまだ気付いていない。


「先手を取るわ。まずはここからカカが魔法で仕留めていく。抜けてくる奴は私たちが」

そう言うや否や、ニニは剣を抜き、カカは杖を構えた。

このパーティーでの本格的な戦闘は初となる。



「水の刃!」

カカは得意の水属性と土属性の混合魔法でゴブリンたちの虚を突く。

魔力を込めた砂と液体の混合物をいくつも空中に精製し、一つ一つをチップソーのような形状に変化させる。

それを高速で発射し、研磨剤のような細かな粒子の混ぜられ液体は切れ味抜群の刃と化す。


「ゲェェェ!」

茂みを切り裂きながら、複数の水刃はゴブリンたちに命中。

うち一匹の首を切り裂いた。

そんな状況にも関わらず、致命傷に至らなかった残りの二匹は逃げることなく、こちらへ向かってくる。


「まだまだっ!」

カカは連続して同じ魔法を放ち、さらにもう一匹を仕留める。


「残りは私が!」

迫る最後の一匹へ、ニニが飛び出した。

サラマンダー戦では出番がなかったので、実戦に飢えていたのかもしれない。


「やあっ!」

見事気合いの入った一撃で、危なげなく短躯のゴブリンを討ち取った。

珍しく俺の出番はなし。


「やるなー」

さすが魔物溢れる日常で生まれ育った兄妹。

狼狽えることなく、俺より余程覚悟が決まっている。

初めて魔物と戦闘している二人を見学したが、駆け出しとは思えぬ戦闘力と精神力を兼ね備えていた。


そんな調子で、同じような遭遇戦を繰り返しながら、何とか地図の示す目的地へと到着した。



暗き森の奥深く。

遠目からでもわかるほど、圧倒的な存在感を放つ巨木が生えていた。

まるで高層マンションのようなスケールの幹に天を突く高さは間近で見上げると圧巻の一言。

その巨木を中心に辺りは整地され、生活圏であることが察せられた。


「これが古代樹か……」

カカとニニも足を止め、スケールの大きさに感心させられる。

そこへ──


「合言葉は?」

どこからともなく、声が聞こえてきた。

それに対して、「古代樹に祈りを」と間髪入れずにニニが返す。

事前にギルドから聞かされていた通りのやり取り。


少しの間をおいて、


「ゼンタの冒険者の方々でしょうか?」

正解だったようで、会話が続行された。

一瞬、目の前の古代樹に意思があり、それが喋り出したのかと思ったが、それにしては声がキュート過ぎる。


「ええ、私は冒険者のニニ。ギルドから依頼を受けて来たわ」

いち早く声の主を見つけたニニが、宙に向けて答えた。

声の先には透き通った羽根を持つ小さな妖精が。

その様相は一見すると、我々と同じ人型の女性。


「これがエルフ……」

最初に思い浮かんだエルフとは少し違っていた。

耳の尖った人間サイズの種族かと思っていたが、それは『ハイエルフ』という別の種族。

この世界のエルフはピクシーのように羽根を生やした手乗りサイズの存在だった。


「承知しました。それでは族長の元にご案内致します」

体のサイズ的に声量は小さそうだが、風の補助魔法によって調整されている。

風属性の魔法を得意としているエルフは、羽根を連動させて自力で飛翔するのではなく、風魔法を使って自在に飛んでいるという知識を事前に得ていた。

それを証明するように、眼前でスイスイと宙を泳ぐように飛翔する姿は優雅且つ華麗でつい、目を奪われてしまう。


だが見惚れる暇もなく、その姿は古代樹の根元近くに建つ一軒の小屋へと消えた。

案内人のエルフに続いて中へ入ると、そこは十畳ほどの広さに祭壇のような物があるだけ。

ガランとしていて、ぱっと見では何の施設だかわからない。


祭壇があるということは、宗教的な儀式を行う場所だろうか。

案内人のエルフは祭壇の上に着地する。

そこにはフィギュアのように三人の妖精たちが並んでいた。



「ようこそ、冒険者たちよ。私がこのエルフの里を預かる族長の『ミーリア』だ」

護衛と思われる二人に挟まれた真ん中の女性が喋り出した。

長く美しい金色の髪とその気品ある佇まいは族長というよりまさに女王のそれ。


「お初にお目にかかります。私はパーティーリーダーのダイスケ。二人はカカとニニ。どうぞよろしくお願いします」

静粛な雰囲気に、思わず畏まってしまう。

仕事を思い出し、言葉遣いに気を付けなければ──と咄嗟に構えてしまった。


「では、早速依頼内容について説明しよう。この森にゴブリンとオークの群れが現れた。その討伐を頼む」

「数は?」

「ゴブリンは二十匹。オークは十匹ほど確認されている。特殊個体がいるやもしれぬこと、留意されたし」

「承知しました」

特殊個体というのは『ゴブリンキング』や『オークジェネラル』のような亜種のことらしい。

戦闘能力が段違いに高いらしく、注意するようギルドマスターからも事前に忠告されていた。


「討伐が終わるまで、この小屋を使うといい。それと一人、世話役を付ける。何かあればその者に相談されよ。森にも精通しているので、探索の役にも立とう」

族長ミーリアの脇に控えていた一人が名乗り出る。


「『エコウ』という。しばらく行動を共にさせてもらう」

金髪のショートカット。

凛々しい顔つきの美人はビシッと背筋を伸ばし、お堅い雰囲気を漂わせている。


「お心遣い感謝します。準備して、明日から行動させて頂きます」

「うむ。その働きに期待する」

世話役に任命したエコウを残し、ミーリアたちはこの場を去って行った。

今日から生活の拠点となる小屋に、新たなパーティーメンバーを加えて四人組となった討伐班。

さて、ここから本格的に討伐依頼の始まりとなる。



「まず最初に言っておく事がある。私は人間が嫌いだ。信用していない」


開口一番。

いきなりの先制パンチ。

美しい金の瞳に真っ向から見つめられ告げられたのは、エコウから俺たちへのはっきりとした不信感であった。


「わかっていたけど、随分はっきり言うのね。私は嫌いじゃないわよ。そういう素直な物言い」

「一応僕たち、ここに来るまでにゴブリン十匹をすでに倒してきたのだけれどね」

「それは重畳。しかし簡単に人間を信用するお人好しは、この里にはいないことも覚えておいた方がいい」

「……」

カカとニニはそれ以上、言葉を返すことはしなかった。

何故なら、これまでの人間とエルフの歴史を知っているから。


元々は森の中で他種族と関わりを持つ事なく、静かに暮らしていたエルフ族。

それをいつからか人間の手によって、愛玩用に誘拐さる事件が多発するようになった。

今でこそ謝罪と賠償、エルフの誘拐は死罪という重い刑罰を設けたことで一部表面的に交流が残っているものの、その遺恨が消えることはない。

──という話をここに来るまでの長い道のりで俺も聞かされていた。


「族長は人間との関わりが種族の繁栄に必要と考えているが、私は反対だ。今でも私たちを狙う輩が後を絶たないというのに何を考えているのだか……」

被害者の立場からすれば、エコウの主張は至極真っ当。

俺も下手な事は言えない。

言葉を選んで発言しなければ。


「では我々には協力出来ないと?」

「いや、個人的な感情はあれど、族長命令は絶対。私も外敵の討伐が第一であることに異論はない。おかしな真似さえしなければ、助力は惜しまないつもりだ」

族長が任命するだけあって、エコウは堅物だが実直な女性のようだ。


「それなら安心だ。これからよろしく頼む」

「ああ、こちらこそ」

握手はサイズ的に無理なので、言葉でちゃんと伝える。

人間を代表して接していると考えれば、余計な軋轢を生んではならない。


「人間が嫌いでも、私たちは好きになってもらうわよ。監視役も兼ねているのでしょうから、私たちの仕事振りよく見ていなさい」

「そうさせてもらおう。念のため忠告しておくが、下手な疑いを掛けられぬよう、無闇に里の中を彷徨かぬこと。すぐ近くに川があるので生活するのに小屋との往復だけで困ることはなかろう。くれぐれも古代樹に手を出したり、住民に接近することのないように」

「わかったわ」

気の強いニニはエコウの態度に火が付いたようだ。

骨のある相手だと、意外と気に入ったのかもしれない。


話も一段落し、川へ案内してもらおうと外へ出ると目の前には古代樹が。

エルフたちは古代樹を所々造成して、住処にしていた。

自然に調和した洗練された建築は一種のアートに思える。

おかげで、古代樹が神聖なものという以外にも自然とこの空間を守りたい気持ちが高まってきた。

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