01 異世界
「ここが異世界か……」
眩しい陽射しが降り注ぐ大地。
周りを緑に囲まれた木陰で、俺は一人呟く。
見晴らしは良くないが、辺りに人影は見当たらない。
物音もなく静か。
動物の気配も感じられない。
「ふう」
とりあえず、差し当たって命の危険はなさそうだ。
突然異世界に転移させられたことに驚きはあれど、意外にもこの状況をすんなりと受け入れられている。
おそらく最近読んだマンガで同じような展開があったからか……。
転移させられた瞬間のことは覚えていないが、どうやらそれ以外の記憶はそのまま。
なら、まずはこの世界で生き抜くにあたって、可及的速やかに考えなければならないことがある。
じっくり思案する為、その場に腰を下ろすことにした。
『マンガに登場するキャラの力を使える。ただし、選択した三作品に限る』
それが異世界に転移させられた恩恵。
この『魔賀 大介』に授けられた“ギフト“であった。
誰がどのような目的で与えた能力かはわからない。
まさか、神様がいくつになっても大人になれない、俺への当て付けに選んだ力か?
疑問は尽きないが能力についての問いには、初めから知っていたかのように頭の中で自然と解決される。
内容によっては、はっきりしない事柄もあるようだが。
どうやらこのギフトはマンガのキャラの性能をコピー出来る能力。
圧倒的なパワーや魔法、作品特有の特殊技能が使えるというもの。
それも“三キャラクターではなく、三作品”も。
40歳になるただのマンガ好きのオッサンには夢のような贈り物だ。
ただ、これまで数百の作品数を読破してきた身からすると、膨大な選択肢の中から最適解を見つけ出すというのは大変難儀な作業だ。
この先の未来が、自分の選択次第で大きく変わることを考えると否応なく慎重にさせられる。
それでもレールの敷かれたスタートより苦悩は少ないだろう。
スライムや剣など、人外に転生したりするよりは……。
「早く誰かの力を使ってみたい!」
慎重さとは裏腹に、つい童心に帰ってしまう。
見知らぬ土地で一人。
不安はあるが、この異様な気持ちの高ぶりは抑えられるものではない。
『マンガで活躍する憧れのキャラクターたちの力を自分が使えるなら誰にする?』
過去、自宅やファミレスで友人たちと飽きることなく夢想していたバカ話が、今現実のものとなったのだ。
そのワクワクは他の感情を容易に凌駕する。
三作品も選べるのだ。
まずは何を置いても、力に秀でたキャラだろう。
強敵たちと激闘を繰り広げた主人公たちの力を自分のものとして使ってみたい!
この願望はバトルマンガを読んで育った大和男児なら、一度は夢見たはず。
斯く言う俺も、必殺技を真似していた少年時代から、突出した力への渇望は大人になった現在まで続いている。
では強キャラの出てくる作品から選ぶに当たって、実は加味しなければならない重要な要素があった。
それは、
『キャラへのなりきり度によって、そのキャラが持つ性能が発揮される』だ。
つまり服装や髪型、口癖やセリフ。
顔の形や体系など似ていれば似ているほど、そのキャラクターが持つ力が、再現出来るということだ。
端的に言ってしまえば、上等なコスプレイヤーこそが至高。
この条件は、そう簡単にデタラメな強さが手に入らないようにする為の制約みたいなものか。
ここがどのような世界かまだわからないが、髪型はまだしもキャラの衣装を揃えるのは、それなりにハードルが高いであろうことは想像に難くない。
街まで辿り着ければ、文明レベルによっては何とかなるかも知れない。
それでも見本となる原作が手元にないため記憶だけが頼りだと、どうしても再現度に限界があると思う。
それに加えて、今までの人生においてコスプレの経験がない俺には、クオリティアップの為の創意工夫に自信がない。
コスプレ描写のあるマンガを読んだことはあるが、残念ながら知識として蓄えられていないのが現状。
このなりきり度という要素は俺にとって、とても重い制約となる。
ちなみに現在の服装は青系のネルシャツに黒のジーパン。
持ち物は財布と携帯──という、特徴のない日本人モブキャラである。
この格好を流用するなら、近代が舞台の作品となろう。
制約のおかげで選択肢が狭まった感はあるが、次に考えるべきは──
『三キャラクターではなく、三作品』であること。
選択した作品に出てくるキャラなら誰でも、いつでも再現可能。
知識と演技力があれば主人公からラスボスまで、その時々自由に切り替えてキャラ変出来る。
単純に登場キャラが多い作品を基準に選んで、対応の幅を広げるというのもありだ。
ただ、衣装を揃えるには相応の資金が必要であり、量が増えれば拠点を構えるまで荷物にもなる。
そうなると最初に選ぶべき作品は様々なキャラがいるメリットより、絶対的な存在一人がいる作品に絞るのが現実的だろう。
そうなるとマンガにおける『最強ランキング』が参考になりそうだ。
ネットなどでもよく議論される話題ではあるが、まず挙げられるのは『ドラ○もん』だろう。
秘密道具という多彩な能力を持つ便利兵器たちは、どのような剛腕、能力をも凌駕する無敵感がある。
しかし、ここにもある制約が立ちはだかる。
『ギフトで作品を決定しても、キャラに縁のあるアイテムは貰えない』
『変身ベルト』や『聖衣』など、現在持ち合わせていないアイテムをギフトの選択時に貰えるわけではないのだ。
つまり、四次元ポケットが貰えないので、秘密道具も手に入らないという訳。
これまた厳しい仕様だ。
キャラの持つ固有のアイテム──刀や銃などの武器類が不所持となると、その使い手たちの能力は著しく低下する。
ただ、この世界で対象の武器を入手出来れば、ある程度の実力は発揮出来るかも。
特殊な形状の物だと、似た物を用意するだけでも苦労しそうだ。
例外として、自身の能力で道具等を生成することは可能。
能力バトル作品では、特異な能力を付与した道具を生み出して戦うキャラも多い。
武器使いになりたいなら、一考の余地があるな。




