唯唯
女学生達の間で、『姫』や『お嬢』の憶測が多く飛び交っていたある日、既に夫人は事件前の人気を取り戻しており、それは竹槍訓練数日前の事だった。
ある噂が流された――。
『外国人が極秘裏に竹槍訓練を見学に来ると――』
それは私と舞子が流した噂であり、勿論嘘である。
よく考えなくとも、そんな事がある訳が無い――唯、嘘と分かっていても無視できない様な、気になってしまう様な、そんな注目を集める噂が欲しかった。
案の定というか、女学生達の間で噂は持切りと成った。
それがどれだけ信憑性が無くとも海外への憧れが、嘘だと薄々気が付いていても興味が湧いてしまっていた。
それもその筈、私を含め、本物の外国人を見た事の無い者ばかりなのだ。
鎖国以前から外国人など居らず、写真等のそれを知る手段も滅多に無く、私も外国人はぼや~と、そんなものだろうとしか想像出来なかった。
唯一見せてもらった外国人の写真は、私のその印象そのもので、唯々憧れるばかりだった。
それは夫人も同じだろう。彼女は外国人を、噂を無視できない――。
そして噂にはこう付け加えられた。
『憲兵には内緒で――』
この噂で竹槍訓練が大事に成らぬ様、中止に成らぬ様。
――私達は、夫人を竹槍訓練へ来させたかった。唯それだけだった。
夫人を竹槍訓練に引きずり出し、憲兵にしごかれそれをほくそ笑む――初めはそう考えたが、チョコレートの苦みが私を踏み止まらせ、夫人には唯来るだけで良い、唯それだけで良い、そう思った。
唯知って欲しかった。竹槍訓練を、その虚しさを――。




