魔法の竹槍
過去でも未来でもない『今』、地図に載っていた国。その国は二度目の鎖国を行った。
それはその国と外国との分断を意味し、必然的に戦争への一途を辿って行った。
あらゆる物事が戦争へ向けられ、それは教育も例外では無かった。全ての不条理が正しく、下界は鬼畜だと教えられ、正しいか間違いか分別をする前には、もうそういう空気に成っていた。
この空気下ではお国の為と万歳三唱するしかなかった。
戦時下の影響は、国民から物資をことごとく取り上げていった。
『欲しがりません、勝つまでは――』を合言葉に、鉄や食べ物が不足し、嗜好品、糖類などにも制限が掛けられる様に成った。
さらに鎖国が追い打ちをかけ、他国との貿易を遮断した影響からか、国内での外国製品などの生産、使用、飲食の一切を禁止した。
しかし、それにもっとも反発したのが、女学生達だった。彼女達は『ギブミー・チョコレート』と声を上げ、積極的に海外文化を取り入れ様とした。
そして何よりチョコレートを取り戻そうとしていた。ただでさえ甘味の乏しい『今』、貴重な糖類、外国への憧れは彼女達を振るい上がらせた。
女学生達の間では、チョコレートは金以上の価値を持ち、チョコレートはそれ程のものだった。
糖類は貴重だった。国産外国産問わず規制され、中々手に入れる事が出来るものではなかった。
しかし、一部の特権階級や貴族には特例が許されていた。暗黙の取り決めだが『糖類憐みの令』と呼ばれ、糖類を自由に手に入れられ、それらで売買が行われていた。
そんな事一般庶民が許す筈はないと思われたが、そのおこぼれ、横流し品が庶民の元へも流れており、不満はあれ、それを口に出すものは居なかった。
それが唯一の摂取方法なのだから。
彼女達女学生の他にも、隠れて海外文化を真似る者、行う者は後を絶たず、その憧れは誰にも止められなかった。
しかし、規制されたそれらの行動は処罰の対象であり、憲兵による取り締まりは『非国民狩り』と呼ばれ、多くの逮捕者が裁かれた。
――人々は鎖国の意味も、戦争の理由も解らず、唯々敵と称した的に竹槍を突き立てた。
鎖国での閉塞に、戦争教育で教え込まれた理想と『今』の現実に、その自然と化した空気に疑問を持ちながら――。
「社長様、将軍様、仏様。バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」
万歳三唱で締められた月に一度の合同竹槍訓練は、それは、それは大変有意義なものだった。
案山子に巻かれた藁に向かい、親の仇の如く叫び竹槍を突き刺す。
「おーえす!おーえす!おーえす!」
これでもかと突き立てた竹槍に殺意さえ覚えた。
鬼畜、外道、ど畜生。憲兵からは、昨日書き溜めて来たのか?という程の罵詈雑言。聞いているこっちまでおかしくなる。
まるで踏み絵だ、やらなきゃ非国民にされてしまう。しかし、やればやる程惨めになる。お前の仮想敵は丸裸なのか?機関銃で蜂の巣になるのが落ちだ。馬鹿らしい。
それ以前だ。問題はそんな事ではない。そんな事はここに居る全員が気付いている。
こんな事無駄だと思っても、あの憲兵に逆らうどころか、私は何を一生懸命竹槍を振るっているのか。
唯一言、『NO』と言えたら…。私は弱い人間なのだろうか――。
思えば、私は今何をしているのだろうか。女学校を蹴って入った職業訓練校。今じゃ戦争の所為で学徒動員の日々。目標だった『全国建築技術技能大会』は中止になり、兵器を作る毎日。
もんぺ姿も板について、目の前のスカート姿の女学生を羨ましく思う今である。
月に一度の合同訓練は、女学校との合同で行われる。嫌でも月に一度は彼女達に会わなくてはならなく、セーラー服にスカート姿はより一層私を惨めにさせた。
「かぐや、そろそろ時間よ」
それでも訓練が終わったその後、私達にはもう一つやる事があった。憲兵や教員が帰り、彼らには内緒にしている乙女の秘め事。
訓練などどうでもよく、本番はこれから。
私達職業訓練女学生と、彼女達女学女子との争い。
私『宮本かぐや』と彼女『西條舞子』の一騎打ち。いや、もう一人の私と、もう一人の彼女との戦い。
『魔法の竹槍』での戦い――。