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第05/17話 勝負内容の決定

「怪我の功名、ってやつかな」武幡は、ぼそり、と呟いた。

 武幡は今、丸椅子に腰かけ、作業場の北東の隅にある机についていた。柔代も、別の丸椅子に座り、同じ机についている。机の上は、大部分は綺麗だったが、南東の隅には、ガムテープだのペンチだのといったさまざまな道具が、乱暴に片付けられたように密集していた。彼らの前には、金の入ったアタッシェケースが置かれていた。

「怪我の功名……ですか?」彼女はわずかに首を傾げた。

「ああ」武幡は頷いた。「小留戸の罠にかかった時は、もはやこれまで、と思ったが……思いがけず、一等の【ザウバークーゲル・メダル】を手に入れる機会が巡ってきた」くく、と軽く笑った。「彼に、感謝したいくらいだよ。やつが、ベレッタを脅迫してくれなければ、こんなチャンス、やってはこなかった」

「なるほど」柔代は、こくり、と頷いた。「たしかに、そういう考え方もできますね。……しかし、いったい、何の勝負をすることになるのでしょうか?」

「さあな……」武幡は腕を組むと、うーむ、と唸った。「……まあ、腕相撲とか力比べとか、そういう、肉体を駆使するような競技は、避けたいわな。どう考えたって、おれより、小留戸のほうが有利だろう、ムキムキだし。だが、向こうも当然、そういった戦いのほうが、自分にとってアドバンテージがある、ってことは、承知しているだろうし……うーん……。

 ……あ、そうだ」視線を柔代に向けた。「小留戸について、何か、情報はないか? おれも、知っておいたほうがいいと思うんだ」

 彼女は、作業場の南西の隅に目を遣った。武幡も、そちらのほうを見る。

 小留戸たちは、机を取り囲むようにして、丸椅子に腰かけていた。小留戸が、部下に対して、何やら話をしているようだ。思わず息を止め、盗み聞きができないものか、と、聴覚を集中させたが、当然ながらあちらのほうも、それを警戒しているらしく、小さな声で、ひそひそと喋っていた。

 柔代が、視線をこちらに向けてきたので、武幡も、彼女に目を遣った。「申し訳ありません」言ったとおり、申し訳なさそうな表情をしている。「彼については、大した情報を持っておりません。わたしが知っていることといえは、小留戸襄箆という姓名と、南部グループ親衛隊の小隊長という役職、あと、何かしらの【プライズ】を持っている、ということだけで……どんな内容の能力を有しているのかも、わかりません」

「そうか……」思わず、軽く俯いた。

「あ、でも、一つだけ、小留戸について、知っていることがあります」柔代がそう言ったので、武幡は顔を上げた。「彼は、とても射撃が上手いんだそうです。特に、拳銃を用いての射撃の腕は、ピカイチで……南部グループの親衛隊がときおり開催している大会でも、何度か、優勝経験があるとか」

「ふうん……」武幡は、わずかに顔を歪めた。「それなら、拳銃を使うような勝負は、避けたいなあ」

 その後も、武幡と柔代は、話を続けていった。なんとかして戦う内容をこちらの有利なものにできないか、こういう競技に対してはこういう作戦をとろう、などといったことを、打ち合わせる。

「武幡くん!」

 そんな、小留戸の大声が響いた。武幡は、それの聞こえてきたほうに視線を遣った。

 彼が、作業場の中央付近にある机の向こう側に立っていた。部下たちも、周りに引き連れている。

「勝負内容について、話をしようじゃないか。来てくれ」

 ちら、と、壁に掛かっている時計に視線を遣った。なるほど、すでに午後三時を回っている。

「……わかったよ」

 武幡は頷くと、立ち上がった。すたすたすた、と、彼らのいる机に向かって、歩いていく。後ろから、柔代もついてきた。

 そう長い時間をかけずして、二人は目的地に到着した。「勝負内容だけど」と、小留戸が、さっそく本題に入る。「これは、ぼくたちに決めさせてもらおう」

「何だって?!」武幡は大声を上げた。「納得いかないぞ! あんたたちが決めるだなんて……お互いにアイデアを出して、どちらを採用するかは、くじか何かで決めたらどうだ?」

「おおっと、やっぱり、勘違いしていたみたいだね」小留戸は、右手の拳を前方に差し出し、そこから人差し指を立てると、ちっちっ、と言って、左右に振った。「武幡くんが、ベレッタくんの提案に飛びついたのは、必然だけれど、ぼくが、彼女の提案を受け入れたのは、必然じゃない、譲歩さ。

 本当なら、申し出を無視して、さっさときみを捕まえたっていい。ベレッタくんは、南部グループに拉致して、拷問するなり、心理系の【プライズ】を行使するなりして、【ザウバークーゲル・メダル】の在処を突き止める。彼女は、何かしら手を打ってはいるだろうが、しょせん、一個人の対策だ。ぼくたち、組織の責めに、耐え抜けるは限らない。

 だいいち、こちらとしては、なんとしてでも【ザウバークーゲル・メダル】を取り返したいんだ。ひとたび、ベレッタくんから隠し場所を強引に聞き出そう、という方針に決まれば、彼女が情報を吐くまで、何年だって、やり続けるよ」

 武幡は、軽く辺りを見回した。しかし、作業場内に、ベレッタの姿はなかった。

「でも、それは、確実な方法じゃない。ちゃんと、正しい情報を吐いてくれるとは限らないし、その前に、正しい情報を吐けないような状態に陥るかもしれない。そういうリスクがあるから、彼女の、『【ザウバークーゲル・メダル】を賭けて勝負をする』という提案に、乗ったまでだ。

 ま、そんなに心配しなくても、大丈夫さ。さすがに、一方的にぼくに有利な戦い、ってわけじゃない。いや、むしろ、運さえよければ、あっさり、きみが白星を上げてしまうかもしれない」

「運、だって?」武幡は怪訝な声を上げた。「運の介在する余地があるのか、その勝負には?」

「そうだ」小留戸は首を縦に振った。「なにせ、ぼくが提案するのは、スポーツでもゲームでもなく──ギャンブルだからね」

「ギャンブル……」武幡は復唱すると、頷いた。「なるほど……たしかに、そういう、運の要素がある勝負のほうが、いいかもしれないな。

 で、どんな内容なんだ?」かすかに顔を顰めた。「……あんまり、複雑なのは、やめてほしいんだがな。役を覚える必要のあるポーカーとか、いろいろな決まり事がある麻雀とか……」

「大丈夫」小留戸は腰に両手を当て、軽く胸を張った。「ぼくの提案するのは、オリジナルのギャンブルだし、とても単純だから。名前をつけるとしたら……そうだね、『実包くじ引き』ってところかな」

「くじ引き……?」

「そう。要するに、くじ引き。ね、これなら、単純だろう?」

「たしかに、そうだが……」武幡は数秒間、視線を宙に彷徨わせた。「実包、ってのが、気になるな。詳しいルールを聴かせてくれ」

「もちろんさ。そろそろ──」

 小留戸がそこまで言ったところで、がちゃり、という、出入り口の扉を開ける音がした。そちらに、視線を遣る。

 ベレッタが、作業場に入ってきた。後ろには十枯がいて、背中にアサルトライフルの銃口を突きつけられている。

 彼女は両手で、ほぼ立方体の、小さな箱を持っていた。上面には、円い穴が開いている。それの縁に、先端を中心に向けた、三角形の黒い布が、所狭しと取りつけられていて、内部が外から見えないようになっていた。

「お、来たね」

 ベレッタは、すたすた、と、武幡たちのいる机の所にまで歩いてくると、その上に、箱を、こと、と置いた。

「これは、この店がくじ引き系のキャンペーンを行う時に使われている物でね。ルールは、こうだ。まず、実包を六発、この中に入れる。そのうち一つは本物で、残り五つは偽物、一階の売り場に陳列されているダミーカートだ。

 プレイヤーは、箱から一つ、実包を取り出す。取り出したら、それを拳銃に装填して、銃口を相手に向け、トリガーを引く。

 実包が偽物なら、当然、弾は出ない。その場合は、相手のターンになる。

 実包が本物なら、当然、弾が出る。相手に当たれば、怪我を負わせられるし、致命傷を与えられれば、殺害することもできるだろう。

 発砲に成功した時点で、そのラウンドは終了。もし、相手が生きていて、ギャンブルの続行を希望したなら、次のラウンドの開始だ。箱に残った、偽物の実包をすべて取り出し、また、あらためて、六発の実包を入れ、代わり番こに引いていく。

 どうだい、単純きわまりないじゃないか」

 武幡は腕を組んで、視線を斜め下に向けたまま、沈黙していた。しかし、しばらくすると、「そうだな」と言って、顔を上げた。「たしかに、ただのくじ引きだ」

(勝負に拳銃を使う、ということは、射撃の名手である小留戸にとって、いちじるしく有利である、ということだ。しかし、こちらは、彼の言うとおり、不満を述べられる立場じゃない……それに、やつが選んだのが外れなら、いくら射撃が上手かったところで、意味がない。小留戸が当たりを引く前に、おれが当たりを引いてしまえば、勝てる)

「よし」武幡は首を縦に振った。「いいだろう。戦いの内容は、『実包くじ引き』で、OKだ」

「それはよかった」小留戸は満足げな笑みを浮かべた。「本当なら、勝負は、ぼくの得意な『スキューア・バックギャモン』にでもしようか、と思ったんだけどね。でも、きみがルールを知っているかわからなかったし、いちいち、それを確認するのも、知らなかった場合、やり方を教えるのも、面倒だと思って。それで、こういう、単純明快なギャンブルを提案したわけだよ。

 言うまでもないことかもしれないけれど、さっき述べたのは、『実包くじ引き』の、大まかな概要だ。実際はもっと、細かいルールを考えてある。

 武幡くんも承諾してくれたことだし、今から、それを説明していこうか」

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