第2話 噛ませ犬と初戦闘
息も絶え絶えのイルマが用意してくれた簡単な野営セットの入ったリュックを二人で背負い、ダンジョンを出る。外は、明るくなってきていて森の木々の葉を透かして、陽射しが入り込んでいる。
結局、一夜はここで過ごしてしまっていたようだ。寝ずにいた目に陽射しは眩しくて、目を細める。
「いい天気だね!」
「…そうね。」
イルマに教えてもらった道を探してみる。けもの道とはいっていたけれど、本当に分かり辛い。30分程辺りを探して、ようやく道とも言えないようなものを見つけた。
「お姉ちゃんお姉ちゃん。進んでるけど、中々街に出ないね。」
「そうね。でも少しずつ森も開けてきたわ。」
歩き続けて、小一時間。ようやく、森を抜けた。
そこは、何もないとりあえず固めてあるだけのような道があって周りは野畑のようだ。異世界感は特に無いわね。
「なんにもないね。」
「そうね…。」
そういえばどちらに歩くべきか聞くのを忘れていた。私が周りを見渡しても畑と遠くの山々しか見えないので、分からない。
「ベルサ。何か見えるかしら。」
「ん~っとねぇ…。」
ベルサが目を細めて、遠くを見る。きょろきょろとした後、彼女は私の立っている側を指差した。
「あっちに、お城が見えるね!」
ほう、と私もベルサの指の先を見るが何も見えない。この子の視界は今どんな感じなのかしら。
「私には見えないけれど、まぁならこっちね。」
お城とは違う方向を指差す。あの城はイルマの言っていた勇者召喚をしているお城だろう。ならば、あの国から離れるのが当然。さっさと国境を越えてしまった方が良い。
「ちょっとだけ、お城見たかったなぁ。」
「本気で言ってるの?」
ゆっくりと歩いているとベルサがそんなことを言い出した。殺されてもおかしくない…いや、それよりも酷い生き地獄になるかもしれないのに。
「だってね、今のお姉ちゃんと私だったら捕まらずにお城壊せそうじゃない?」
「馬鹿なのかしら。」
「えぇ~?」
「自分たちの実力も分からずに取り返しのつかない事になるのは私は嫌よ。もっと思慮深い人間になりなさい。」
「はーい。」
素直に返事をしたベルサに一つ頷き返して、進んでいった。
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「そこの姉さんたち!よかったらうちの串焼き食ってかないかい?」
「いやいや、うちの焼きりんご食ってきな?」
街に入ると、色んな人に話しかけられる。商魂逞しい街の人たちは、私たちに何も臆さず話しかけてくる。そんなところを見る限り、この街は観光客などのよそ者もおおいのではないだろうか。
「お姉ちゃん、あとであの串焼き食べに行こう…。」
じゅるりとよだれを垂らしかねない様子でベルサが言った。確かにスパイスの香りが食欲を刺激してきていて、お腹が鳴りそうだ。
だが、まずは目的がある。イルマに言われたのだ。
『とりあえず、冒険者ギルドに行って冒険者登録をしておくといい。最低限の身分証明にはなるからな。』
確かにこちらでは、後ろ盾も身分も何もない私たちにとっては今一番必要なものだろう。それもあって私たちは冒険者ギルドに向かっているのだった。
「あ、お姉ちゃん。多分こっちの方が早いよ。」
「そうなの?」
ベルサが立ち止まって指差した路地裏に歩いていく。人が多かったので小柄な私たちには少ししんどかったので、丁度良かった。
人気がなくなり、喧噪から離れたここで少し息を吐いた。
「人多いねぇ。」
「えぇ、かなり栄えてるみたいね。」
路地裏は少し暗くてじめっとした嫌な感じがする。大通りは栄えているが、路地裏の建物の陰には痩せた体の子供がいる。恐らく、この栄えている街にもスラムがどこかに存在しているのだろう。
「貧富の差はやっぱりあるものね。」
「そーだね…。」
この貧富の差はどこの国にもあるものだろう。けれど、この街はそれにしても平和だなと思う。
「国境の街にしては平和ね。」
明るい方を見る。商人の客引きの声や、街の人の穏やかな日常の会話が聞こえてくる。
「兵士さんもいないしねぇ。」
勇者召喚をしている国が傍にあるのに平和なのは、領主が優秀だからだろうか。元々王という立場である私たちには良い見本の一つになるかも…。少しこの世界を知るためにもゆっくり見ていってもいいと思う。
兎にも角にも、冒険者ギルドへ行かねば始まらない。私たちの話も始まらない。
「ベルサ、そろそろ行きましょうか。」
「はーい!」
大通りの先、少し小高い丘の上に見える建物に向かう。扉の上には剣と盾のマークがあり、分かりやすく冒険者ギルドを表している。
「大きいねー!」
ベルサが上の看板を見上げながら言った。確かに建物として隣にあるものと比べてもかなり大きい。それだけ冒険者の数が多いのだろうか。
木製の扉を押して中に入る。中は酒場になっていて、冒険者と思しき人たちが騒いでいる。私たち二人が扉を開けた時、一瞬彼らは静かになった。だが、目線を逸らしてまた騒ぎ出す。
ベルサを後ろに中に入ると、好奇の目や疑念のこもった目が無遠慮に体に突き刺さる。嫌な感じだ。後ろをちらと見るとベルサは何も気にしていないみたいだ。まぁ、私も気にする事では無いなと思い、前を向く。
「こんにちは。」
「え、はい!こんにちは!」
受付らしき場所で小さくなって座っている女性に話しかけてみた。彼女はびっくりして飛び跳ねた。ちょっと小動物みたいで可愛らしい。
「私たち、冒険者登録をしにきたんだけれど。」
「え!」
何でそんなに飛び跳ねて驚くのかしら。今時、冒険者登録をする人間は少ないとか?
「ほ、本当に冒険者登録ですか?冷やかしじゃなくて?」
「えぇ…。何かおかしいかしら。」
「いや、そのぉ…。」
「なんだァ?お前らみてェなやつが冒険者だってェ?」
突然降ってきたその声の方を見ると、厳つい男がこちらをにやにやとしながら見ていた。大きな大剣を背に背負っているその男は足音を鳴らしながらこちらに近づいてくる。
「明らかに仕立てのいい服を着て、綺麗な言葉で話してる、細ェ手足で重たいものなんか持ったことのなさそうな、貴族サマみてェなお前らが?」
歯を見せて笑ったその男がギルド全体に響きそうな声で言う。
「笑わせンじゃねェよ!」
彼が一人大きく笑うと、周りにいる男たちも笑い出す。下卑た笑いが心地悪くてひっそりと眉を顰めた。
「お前らみたいのが冒険者としてやっていけるわけねェだろォ?俺が潰してやるよ!」
「え!だめです、ラズトさん!」
「受付嬢ごときが口挟んでンじゃねェよ。」
「ひっ…。」
周りが湧きたつ中、震えながらも男に噛みついた受付の子は怒鳴り声に怯え座り込んでしまった。可哀想に。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。これさ、定番のあれかな?」
「?……あぁ、そう言うことね。」
「噛ませ犬ってやつだよ!」
「そういえば、それも定番ね。」
ベルサがとても楽しそうにきゃいきゃいと騒いでいて気付かなかったが、男…ラズトと言ったか…がぴきぴきと青筋を立てている。
「噛ませ犬だァ?クソガキどもが舐めた口利いてんじゃねェぞ!」
「あら、短気ね。噛ませ犬らしいわ。」
「ねぇこれ倒していいのかな!」
「そうね、やりましょうか。」
ラズトも大剣に手を掛けたのを見て、私たち二人も魔力を練る…練るで正しいのか分からないけれど。
「ま、待ってくださーい!!」
先程の受付の子が制止の声を上げた。止まる義理はないので、無視していると別の声がした。
「やめないか、ラズト。」
「うるせェなァ!ギルマスが何の用だよ!」
「ほえ~ギルドマスターさん?」
声の方を向くと、受付嬢の後ろに長身の女性が立っている。長い黒髪をさっと手で掻き上げた彼女は鋭い目を男に向けている。
「やるなら、修練所を貸してやる。」
「え!?ギルドマスター、わ、私は止めて欲しいって…。」
「オリーブ、心配するな。これでいいのだよ。」
何だかいい介入のような気がする。こういう展開のライトノベルを私は読んだことがある。
「可愛い小さい女の子が頑張るのは見甲斐がある。」
何だか少し寒気がした。
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「突然口を挟んですまなかったな。私は、この冒険者ギルドを任されているギルドマスター、シャンタ・コプス。よろしく頼む。」
「ユスタ・カステルモールよ。」
「私はベルサ!」
軽く挨拶を済ませたところで、シャンタが切り出した。
「さて、お前たち二人は武器は持たんのか?」
修練所とやらに連れてこられた私たちは椅子に座らされ、ジュースを渡されていた。あ、このジュースおいしい。
「そもそも私たち、魔法もよく分かってないのよ。」
「だから、戦い方も分かんない!」
「それでいてその啖呵だったのか。」
表情筋は動かないまま、ベルサの頭を彼女は撫でている。私は撫でられかけたが避けた。すごく悲しそうな顔された。
「まぁ、なんだ使えそうなら武器はいくつかあるから使うといい。ラズトはパワー押しの男だが君たち二人なら勝てる。」
「疑問に思っていたのだけれど。」
「なんだ?」
ほんの少し口角を上げて優しい目をする彼女に何だか寒気がする。
「何故、私たちなら勝てると?貴女は口を出したあの時からそれが分かっていたでしょう?」
そう問うと、彼女は眉間に皺を寄せて片眉を上げた。
「“スキル”を知らないのか?」
「“スキル”?」
「あぁ、生まれたときから持っている能力の事だ。一人一つは必ずあって、教会で見てもらうんだ。」
「教会…?」
「ヒューカリ教という宗教がある。そこの聖職者は全員光魔法が使えて、スキルも調べられるんだ。…ただ、生まれ持ったスキルと属性しか分からない。」
「へー楽しそうだね!私たちも後で行ってみようよ、お姉ちゃん!」
ベルサは足をぱたぱたさせながら、ジュースを飲んでいる。なんというか警戒心の欠片もないその姿は如何なものかという感じだが、ベルサの意見には賛成だ。
「で、だ。何故、私が君らが勝つと思ったか、だが…。」
彼女は一息吸い込んで、口を開く。
「私のスキルは、“確率論”。考えた事象に対して最も高い確率の未来が見えるというスキルだ。これは、そんなにレアなスキルでも無いんだが使いこなすのが少々厄介でな。」
「へぇ…。面白いのね。」
何というか、自分たちの世界の理論だとかそういうものも存在するならこちらにはこちらの偉人達がいるのだろうか。それについて知っていくのも旅の目的の一つにしても私たちらしいかもしれない。
「私のスキルは君らの勝利を90%の確率で後押ししている。いや、正直1%でもあったなら私は君たちの味方だ。」
「その心は!!」
「可愛い女の子の味方です。」
「やっぱり、ロリコンじゃない。」
「ね、アンリみたい!」
…あれよりはましだと思うわ。
「と、とにかく結果は勝利のはずだ、経過は分からんが。」
「それってさー、大怪我してなんとか勝つみたいな可能性もあるよね。」
「む、それはそうだな…。」
「なら、駄目じゃない。」
彼女の能力に関して少し期待を寄せていたが、条件付けがしっかり出来てないのなら正直信用は出来ない。それに頼ってはいけないわね。
「とりあえず、出来そうなことは彼に試しましょうか。」
「魔法の応用ってこと?楽しそうだね!」
形だけでもと、作戦らしきものを相談していると申し訳なさそうにしながら、一応武器庫に案内するとシャンタが言ってくれたためついていくことにした。
「ここが武器庫だ。奥に行くほど扱いづらいものが入っているからまあ手前のものがおすすめだな。」
「おぉ~!!すごーい!!」
重たそうな大きい扉を開く。シャンタの忠告は意味が無かったようでベルサは走って奥の方へと行ってしまった。
「ベルサ、……貴女馬鹿なの?」
「え~、かっこいいじゃん!」
声を掛けたときにはもう遅かった。奥から私たちの身丈の二倍はありそうな大槌を持ったベルサが出てきた。
「それ、かなり重いんだぞ…。」
流石のシャンタも引いている。
「パワー系ロリもありだな…。」
前言撤回。彼女の前ではロリはロリらしい。というか今更だが私たちはロリなのだろうか?ロリータコンプレックスは12歳~15歳の女の子が対象のはず…。うーん。
「お姉ちゃん、それについて深く考えちゃダメだよ。」
「そうね、…さりげなく心の声を読むのはやめなさい。」
ぶつぶつにやにやしているシャンタは捨て置き、私も一応小型のナイフを何本か拝借した。外套の中に掛けておく。ここから出すのはやはりロマンよね。ちなみにベルサが持っていた大槌も持ってみようかと貸してもらったけれど持てなかった…ちくせう。
とまぁ、ギルドマスターからの支援も受け、武器を手にした私たちは修練所でラズトと相対していた。
「おいおいそんな身に合わねェモン持ってて大丈夫かァ?舐めてンじゃねェぞ。」
ベルサが持つ大槌は今引きずっているような形で置かれている。それを見たラズトは舌なめずりして笑っている。何人かいる観客もにやにやと笑ったりしている。
「大丈夫だよー!私は強いからね!」
「こら、ベルサ。噛ませ犬っぽくても強いかもしれないのよ、舐めちゃだめだわ。」
「ガキが。」
ぶわっと風が吹いて私とベルサの左右対称な髪が揺れた。威圧感が体を震わせる。
「あら、スキルってやつかしら。」
「威圧だけ?面白くないね。」
むう、と口をとがらせたベルサがつまらないと言わんばかりに大槌を構えた。
私も手元に水の玉を浮かばせる。圧縮してビー玉程度の大きさにした。
「初めッ」
シャンタが鋭く声を上げた。
そういえば、ちゃんとした戦闘って初めてかしら?