第1話 チュートリアルと元勇者?
私は、ユスタ・カステルモール。とある国の双子の王の姉の方。
紫色の髪にオレンジ色の目。左側に括った髪はお団子に結んでそのあと緩やかにカーブを描くサイドテールになっている。
そして、私と正反対なオレンジの髪、紫の目を持つこの子はベルサ・カステルモール。双子の妹である。髪のくくり方も綺麗に左右対称。
ショートブーツで歩くには向いてない道を進んでいく。小石を時々蹴飛ばしながら、どんどんと進んでいく。松明の明かりはずっと等間隔で、ごつごつとした岩肌にも変化はないので、ずっと同じところを歩いているような気持ちになってきた。
「ベルサ、ダンジョンだとするならばモンスターが出てきてもおかしくないと思うのだけれど。」
「何もいないね!」
「特に物音も気配も無いわね。」
「ううん、遠くのほうから音はするんだよ?」
「音?」
耳を澄ましてみるが特に何も聞こえてこない。
「聞こえないの?お姉ちゃんの耳は飾り?」
「ぶっとばすぞ。」
ベルサの手を振り払う。酷い、と呟く彼女に溜息を吐く。
「それで、その音はどこからなの。」
目の前には、分かれ道がある。天井も先ほどまでの道よりも高く、広くなっている今いる場所から扇状に四つの道がある。
「んっとね、こっちかな。」
右から二つ目の道をベルサが指差した。
「分かったわ。行くわよ。」
「はーい!」
進んで少し経っただろうか。また進んでいるのか分からない道を歩いていくと、広い空間…さっきとは違う人工的な部屋に出た。
白い石造りの壁と床。そこにある赤い跡と、獣臭い空気。
「わ、お姉ちゃん、これ血かな?」
「そうじゃないかしら。」
何らかの生物の血であることは確かだろう。けれど、かなり酸化しているようだし時間が経っているのならさして気にしなくてもいいだろう。
それよりも今は…
「ね、お姉ちゃん。あの扉なんだろうね。」
しゃがんで血を眺めていたベルサが顔を上げて、まっすぐ先を指差した。真っ黒な扉がそこにはあった。
白い部屋に異質な黒さ。嫌な感じがする。ベルサと一緒に近づいて、引いてみたり押してみたり、色々してみるが特に何も起きない。
「吹き飛ばしましょうか。」
「吹き飛ばそう!」
魔法が使えるというのなら、何かそういうことが出来るだろう。
左手を前に出して意識を集中する。ベルサが私と対称になるように隣に立ち、右手を前に出す。私の手元には水の玉。ベルサの手元には火の玉。
何も言わずとも、同じタイミングでそれが扉へと向かい炸裂する。激しい爆発音と共に、扉が飛んだ。がらん、という音を鳴らして扉は歪んで地面に落ちた。
「あら、簡単だったわね。」
「魔法って詠唱しなくてもこんな感じになるんだね!」
煙が晴れて、扉の向こうが見えた。
「げほ、ご、ほ…。」
「ありゃ~?」
中から、人が出てきた。黒い髪のその人は杖をつき、咳き込みながら私たちを見た。
「おいこら、クソガキ!いきなりぶっ飛ばしてんじゃねぇよ!」
「お姉ちゃん、あの人チュートリアルキャラかな?」
「そうね、大体ここで出てくるのはチュートリアルキャラよ。」
なんて言っていると、白い魔力の塊を飛ばされた。難なく避けると、それを仕掛けてきた彼が大きく舌打ちをした。
「んだよ、ちゃんとした“勇者”サマじゃねぇかよ。」
「私たち勇者なの?」
「あ?それも知らねぇってことは…。」
「それより貴方は誰なのかしら。」
訊ねると、男はどさりと音を立て座り込み、卑屈そうな笑みを浮かべた。
「俺は、勇者なりそこないってやつだよ。」
「誰よ。」
「ユウシャ=ナリソコナイさん!」
「違ぇわ!!!」
名前を聞いたのに格好つけてそんな風に言うのが悪いと思うわ。
「ナリソコナイさんは、どうしてここにいるの?」
「ッだから!…いや、もういい。俺が悪かった。俺はコウ=イルマ。この国に勇者召喚されて、やってきたトリップ者だ。」
「そう、じゃあ私たちもそれかしら。」
「ね~私たちも気付いたら森の中だったもんね!」
「だったら、お前らも失敗したタイプだろうな。」
「失敗?」
「あぁ、そうだ。まぁ、話は長くなる。同族なら話は別だ。中に入って話そうじゃないか。」
彼に招かれ、ドアの(あったはずの)その奥に入っていく。その先はワンルームの部屋になっていて、生活感がある。彼が真ん中にある机に座ったので、私たちもその正面に座った。
「お前たちは…」
「私はベルサ!」
「ユスタよ。」
「…ユスタとベルサはどこまで知ってる?」
どこまで、という問いに頭をひねる。私たちは何も知らない。二人で顔を見合わせて、いると彼が口を開く。
「ここは、“イニーウム”という国だ。異世界からの勇者を待つ国であり、勇者召喚を唯一出来る国でもある。」
「唯一なの?」
「あぁ、他には全く知らされていない秘術やら何やらで召喚している。」
「だが、まぁ失敗が多くてな、俺はこの通り。」
イルマが、左目にかかっていた前髪をどける。そこには右目とは違い、白くなった瞳があった。
「まぁ、今は魔法で維持してるが、片足も吹っ飛んだ。お前らが五体満足なのは奇跡だと思っときな。」
「ほえ~。」
「興味無さげだな。」
すっと髪を戻した彼は乾いた笑いを零した。机から横にはみ出している足をちらと見たが、違和感は見受けられない。先程、確かに杖をついているのを見たが、欠損しているようには見えなかったのに。魔法での維持とはどういう感じなのだろうとついつい魔法の方に興味が湧いてきた。
「この世界はな、異世界人=勇者なんだよ。この国は特にそれを徹底して言っていてだな。捕まったら、監禁ルートだ。」
「怖いね、お姉ちゃん。」
「そうね、ところで本当にこの人はチュートリアルキャラね。」
「うるせぇ!」
勢いよく言われたが、事実なのだから仕方がない。
「はぁ…ここはまぁ最初のダンジョンだったはずの場所だ。俺はここに隠れてダンジョンを維持して暮らしてる。見つかったら、あー…言うのも憚られる事になるからさ。」
「種馬?」
「そうそ、う…いや、言うなよ。」
即座に答えたベルサに呆れながらも、彼に問う。
「それで、私たちはどうすればいいのかしら。」
「知らんが。」
「は?」
「え?」
チュートリアルキャラならチュートリアルキャラらしく目標を出してくれないんですか?
「チュートリアルキャラじゃねぇから。そもそも、チュートリアルなら普通は王城スタートだろ。」
「えー!イルマはラノベあんまり読まない系男子だったの?」
「なろう系も今では多種多様になっているのよ。」
「いちいちメタいんだよお前らは…。」
でも今どき異世界転生も異世界召喚も沢山あるのだし、こんなこともあるものよね?
「魔王討伐?知識チート?」
「魔王討伐して、私たちが双子の魔王になるのはどうかしら。」
「…イイトオモウヨ。」
ベルサが少しぎこちなく答えた。
コウ=イルマは、頬杖をついてけだるそうな表情を見せた。
「勇者召喚はしてるが、魔王はいねぇぞ。」
「「え」」
「イニーウムの王はとり憑かれたように召喚をし続けているだけさ。別に倒すべき敵はいないし、まぁあえていうなら魔物、魔獣っていうのはいるけどな。」
魔王がいないなろう系って何すれば?知識チート?行政チート?
「まぁ、お前らの言う通りに俺が、チュートリアルキャラ、をやるとしたら…」
やけにチュートリアルキャラを強調されて言われた。当てつけかしら。
「極東に行くことをおすすめするぜ。」
考えていることを読まれたのか、少しばかり胡散臭そうな目で見られた。
「きょくとう?」
「あぁ、この国から地図上最も遠い場所だ。」
彼はどこからか地図を取り出して、机に広げる。古びた地図は羊皮紙に書かれているようで私たちのいた地球に比べると全体的に小さく見える。
「ここが今いる国な。」
イルマが指差したのは地図上で一番西側にある場所。「イニーウム」と書かれている。そして地図の対角にあるのが極東らしい。地球で言う東アジアのあたりというところだろうか。
「極東は、カントゥリスという名前の国だ。俺がここに来る前にいた場所と似ているんだが、まぁそれもあって元勇者みたいなやつらもそこそこの数いるらしい。」
「なら、そうね。そこに行ってみましょうか。」
「分かった!」
他にも似た境遇の人がいるなら、会って見てみるのも悪くは無いでしょう。目的がないよりはある方がいいものね。
「行くなら、こっちから真っ直ぐ進みな。」
彼が指差したのは、地図を真っ直ぐに進む道だった。それでは遠回りでは?
そういった旨を伝えると彼は溜息を吐く。
「この世界は文明がそもそも中途半端なんだよ。そのせいで、イニーウムからカントゥリスへの道筋はこっちの大陸側しか開拓されてない。反対の道筋はまだ未開拓だし、噂では鎖国状態の国だらけらしい。」
「そちらだと、危険ってことかしら?」
「危険どころじゃない。確実に死ぬ。」
ひゃ~と声を上げるベルサを横目に頭をひねる。とりあえず、ここは彼の言う言葉を信じたほうが良さそうだ。それに、遠回りではあるがその分様々な場所にいけるだろうし、それもいいかもしれない。
「仕方ないわ、ベルサ。東に進む感じで行きましょう。」
「分かった!」
「他に聞きたいことは?」
「そうね、魔法については?」
「おっと、かなり核心を突く質問だなぁ。」
剣と魔法の世界なら、まず知りたいのはそこじゃないかしら。ほら、ベルサもわくわくしながら聞き入っているし。
「簡単に説明するのが難しいが、まず魔法の根源から行こうか。」
話が長かったので、割愛すると。
①この世界の魔法は精霊由来。
②属性は、火・水・木・風・土。そして、魔力を持つものなら扱える無。人由来の属性が闇。信仰由来…又は神由来とされる光が存在している。ただ、失われた属性も存在するとか。
③魔力は常に周りにあり、場所により濃度は異なる。また、人それぞれ魔力を持てる量は決まっており、使う魔法により消費量も異なる。
④固有スキルは教会にて確認可能。その他の魔法スキル等は感覚でしか分からない。
⑤ステータスオープンは無し。
⑥魔法の詠唱はあった方が威力が強いらしい。
「話が長いわ。」
「仕方ないだろ…。」
「あのね、私火が使えたの。火属性以外にも使えたりするかな?」
「さあな、そこは才能次第だ。」
そっかぁと呟いたベルサは何やら考え込んでいるようだ。
「でも、これでこの世界を最低限は渡り合えるだろう。」
「そうなのね。なら、もうここに用は無いかしら。」
私は椅子から立ち上がり、ベルサを呼ぶ。彼は、眉を下げ困ったように笑った。
「お前らなら大丈夫だろうが、無理はせず気ままに頑張ればいいさ。」
「お姉ちゃん、私なんかできる気がする!!」
「え?」
彼の言葉を背中に受けながら、部屋を出る。
と、ベルサがそう笑顔でそう、言った。まだ馴染んでいない魔力が増幅するように感じた。
「“ファイヤーボール”!」
ベルサがそう詠唱したところで、途端にまるで太陽が傍に突然現れたかのような錯覚に襲われた。熱風と激しい光が視界を遮った。
彼女の手を離れたそれは先程までいた部屋に飛んでいき、少しの間の後…爆ぜた。
「すごくない!!!戦車よりも、C4爆弾よりも楽しくてすごいね、お姉ちゃん!」
「えぇ、そうね。でもそれのせいでイルマが吹き飛んだわよ、ベルサ。」
「飛んでねぇ!!」
生きてたのかと、少し驚いたけれど私たちの部下にも死なない子がいるし、一緒かしら。
そういえば、あの二人はどうしているのかしら。
「くしゅん…風邪ですかね…。」
「枢機卿殿。」
「うわっ。」
背後から突然出てきたアンリに驚いて、椅子から飛び上がる。
「何ですか。」
「ユスタ王とベルサ王はどちらに?」
「…知りませんが、そういえば今日は静かですね。」
珍しく、小遣いもせびりに来ない、爆弾を投げてきたりもしない平和な日だ。
「二人の、匂いが、しません。」
区切りながら、少しずつ顔を近付けてくる彼女に後退る。
「どこに、やった。」
「し、知らな…」
「うぎゃああああああああああああ!!」