6話
「やり残した事なら、あるわ」
「え、ならソレをしましょー」
本来は美春としたかった事。それをレンタル彼女相手にする理由は、これも私が理想のデートをしたって思いたいから。
これだけは絶対に譲りたくないもの。
強い思いを抱きつつ、私はバッグの中から黒い箱を取り出した。大きさは掌よりも少しだけ大きい。けれど、重くはない箱。
「えと、これは?」
首を傾げる小春に私は、箱を開けながら告げた。
「ペアリングよ。同じものを身に付けるのに憧れてるの。貰ってくれる?」
シルバーを基調とした中心にピンク色のラインが引かれたリング。
この時の為に買っておいた特別なもの。こんな時に渡すだなんて、小春が言うように私はロマンチストなのかも知れないわ。
「え、えと。そ、それはぁ、そのぉ」
と、そんな事よりも。
小春はスゴく困った様子を見せた。当たり前よね、レンタル彼女のキャストはお客のプレゼントを受け取ってはいけない。
そう言う規約があるから。知った上で私は渡した。
「貰ってくれるだけで良いの、ダメかしら?」
「え、あ……それは、ですねぇ。んー……」
それでも小春は困っているわ。
そうよね。規約で禁止されているもの。どんな理由を立てたってダメなモノはダメ。
他のキャストでも同じ事をしたけれど結果は誰も受け取ってはくれなかったわ。
「ワガママが過ぎたわね。無かったことにしてちょうだい」
「い、いえ。こちらこそゴメンなさい」
小春が謝る事は無いわ。無理な事をしようとした私が悪いんだもの。
でも、渡したかったわ。ペアリングって、精神的な繋がりが出来る気がするから。
「えと。他にやりたい事はありますか?」
随分気まずそうに聞いてきたわね。それもそうよね、私が気まずくさせたんだもの。
「そうね。特に無いわ」
申し訳なさを感じつつ、私は率直に答えた。
プレゼントを渡せなかった時点でやりたい事なんか無くなってしまったわ。
後は時間終了までお話をするか、早々に切り上げて、この仮初のデートを終わらせるかの二択。
どちらにしましょう。と、心の中で考えていた時。小春が微笑して話してきた。
「でしたら、私から良いですか?」
「小春から? 良いわよ?」
驚いた、向こうから何かをしてくるなんて初めて。
興味深くて、つい受け入れてしまったけれど。小春は一体何をするつもり?
気になりすぎて、私は小春の動向に注目していると、彼女はただじっと私を見たまま黙ってしまった。
「えと。小春?」
「……」
「あの、どうして黙っているのかしら?」
何故かしら、ほんの少しだけ小春を包む空気が……と言うより、私を見る目が変わった?
何処か薄くらい感情を宿った、静かな目になった。
「どうして、か」
「ねぇ、ちょっと止めてよ。急に黙るなんて怖いわ」
そして。丁寧な口調から、突然丁寧さが抜けおちた。
あまりの小春の変化に困惑気味の私を押し倒す様に近づき……小春は私を凝視しながら告げた。
「黙りたくもなるよ。私の大好きな人が最低な事をしてるんだから」
「……え?」
な、なに、なんなの。小春は何を言っているの? 全く理解が出来ない。と言うか、口調が変わってない……?
「あぁ、まだ解らないんだ。もう、私の事なんかどうでも良くなった? あの時私を振ったのは本心だったの?」
「えと、ゴメンなさい。私、小春の言っていることが解らな……」
「私は小春じゃない。なんで分からないの? 出会った瞬間に分かってよ」
ピリつく空気感、小春は一言ピシャリと言い放つと、一度冷静になり私を真っ直ぐとみつめた。その瞳は恐ろしく冷たい目で静かな怒りを感じさせ、私を少しだけ身震いさせる。
「私は月島 美春。雪美の事が今でも大好きな……貴女の親友よ」
「ッッ!?」
その刹那、私の心と体は氷の様に固まり。今ある現実を疑った。
と、この瞬間。レンタル彼女の時間が終わりを告げ。
私と……美春との時間が始まった。