2話
普段なら休みの日でも、着飾るなんて事は絶対にしない。でも今日は特別。人に会うんだから、しっかりしないといけないもの。
「うん。これで良いわ」
鏡を見て、自身の姿を確認した後。私はアパートから出ていった。
向かう先は、ここから少しだけ歩いた先にある駅。待ち合わせの時間には、まだ余裕があるけれど自然と早足になっていた。
「待つのは嫌だけど、待たせるのはもっと嫌だもの」
実を言うと、さっきの電話の相手はレンタル彼女のお店。それも女性専用のね。
読んで字の如く、彼女をレンタル出来るサービスね。女性専用だから必然的にお客は女の人ばかり。
聞いた話によると、インスタ映え代行や。一緒に誕生日を祝ってもらう為にレンタルするみたいね。
確かに、1人で誕生日を祝うのは寂しいものね。あったら良いサービスだと思う。でもね、私はその為にレンタルしたんじゃないの。
私はね。今日一日だけ、本当に私と付き合っている女としてデートをして貰う為にレンタルをしたのよ。
なんでそんな事をするか、理由は簡単。
あの娘と付き合えなかった悲しみを埋める為にデートをするの。
今日会う初対面の人を何年も付き合っている人と見立てて、高いレストランで食事をしたりキレイな景色を見る。
……そんな事したって虚しいだけ。私も何度もソレは思ったわ。でもね、やらないと可笑しくなりそうなの。
私はね。どうしても過去あの娘と付き合えなかった悲しみを埋めたいのよ。
本来ならあの娘と出来ていた筈のデートを、仮初のデートをしたって記憶で拭いたい。そうすれば忘れられると思うから……。
まぁ、今まで何回もやってきて、一度だって忘れた事はないんだけど。
だって、あの娘と比べると全てに置いて美しさに欠ける。
あの娘が持っていたクールさも、あの娘独特の黒いロングヘアーも無いし。あの娘と話していた様に話せないもの。
当然よね、所詮は仮にデートをしている相手。本気で付き合ってるわけじゃない。それに、あの過去の時と同じく……絶対に告白なんて出来ない。
キャストへの告白はNG、って規約もあるけれど。精神的な意味でも出来ないのよ。心の何処かでソレを拒んでる。
それでも告白をしたい理由は、多分ソレすらも埋めたいのかも知れないわ。
『やっと告白出来たよ。私はあの時とは違うわ』
なんて思いたいんじゃないかしら?
「だとしたら、私は虚しい女よね」
あの娘以外の女に言えたって意味が無いのに。結局私はあの娘の事が忘れられないのね。
何度も思うけれど、好きになっちゃいけないのよ、私にはそんな資格は無い。こんな事を思っていても好きと思い続けてる。
「今日こそ、きっと虚しさは埋められる筈よ」
でも、それも今日で終わりにしたい。こんな事はレンタル彼女を頼んだ時に毎回思っているけれど……終わらせる気でいるの。
そう思い悩んでいる内に、私は待ち合わせの駅についた。やっぱり待ち合わせ時間にはまだ早い。だから、近くのベンチに腰掛けた。
時間なんて適当にしていれば直ぐに過ぎるわ。そう思い、スマホを覗き込んだ時……。
「あの。もしかして……南野 雪美さん、ですか?」
透き通る様な落ち着いた声音、細い瞳に美しい黒く短い髪。クールな雰囲気がステキな女性が目の前に現れた。
驚いた。今までレンタルしたどの女の子よりもキレイじゃない。
「は、はい。そうだけど……」
「あ、そうですか。私は《レンタルサービス一時》の小春です。今日はよろしくお願いします」
小春と名乗る髪が風で靡き、私の心まで靡いてしまった。気を抜けば本気で恋をしてしまいそう。
「そう、貴女が……」
見ているだけでドキドキすると言うか、緊張すると言うか……。
…って、見とれていないで私も自己紹介しないと。
「こちらこそよろしく。分かってると思うけど、貴女は一日私の……」
「はい、存じてます。今日だけ彼女になればいいんですよね?」
「えぇ、分かっているなら良いわ」
偉く話がスムーズに進んで良かった。小春の言った通り、小春は今日一日だけ私の彼女。
虚しさを埋めるだなんて役割を任して申し訳ないけれど。今日だけ、よろしく頼むわね。小春さん。
「じゃぁ、早速行きましょう。先ずはショッピングなんてどうかしら?」
「良いですね、お付き合いしますよ……って、彼女なら。少し馴れ馴れしい方が良いですか?」
「……そう、ね。そうして貰える?」
軽い会話を少しした後、さっそく私と小春は動き出した。初っ端から小春は彼女らしさを出して来たわ。
「じゃ、雪美って呼びますね。彼女らしく呼び捨てでいきまーす」
「構わないわ。私も小春って呼ぶわ」
「はーい」
彼女らしさが出ていて、ステキよ。そのまま私を癒して頂戴ね。その代わり、貴女を退屈なんてさせないから。
レンタルデートまでの制限時間は夜の9時まで、時間はたっぷりある。忘れられない思い出を作りましょうか。