12話
『雪美の事が世界中の誰よりも大好き。私と付き合って』
初めてその言葉が言われたのは、人気の無い学校の中庭……。長い時を経て一言一句変わらない愛の告白をこの場でされた。
「……」
あの時と違って周りには誰もいない。でも……だからと言って、すんなりと告白に応える勇気が持てるほど私の心は強くない。
美春……気付いてる。根本的な私の心の問題は何も解決していないのよ?
(いいえ、違う。そういう問題じゃなくて。これは私が勇気を出さなければいけない事よ)
あの時出せなかった勇気を出すこと。尚且つ、言えなかった事を言う事。なにより私自身を許す事。
許して、美春と付き合う。私がしなきゃいけないのはソレだけ。
「み、美春」
随分と重たい口だった気がする。愛する人の名を言うのだけでも噛みそうになった。大きな緊張が押し寄せる。
心臓の鼓動が煩い。静かにして、私の心を乱さないでよ。
(言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ)
そう心に決めているのに、言えない。唇が震えて言葉に出来ない。どうして? なぜ言えないの?
また、あの時と同じ事を繰り返すつもり? ダメよ、そんなのイヤ。言って……私は美春と付き合いたい!!
私の心は既に、美春と付き合う事を決めているのよ。
(調子の良い女だって言われても良い。言えるだけで付き合えるんだから、簡単な事でしょう?)
告白の返事をすれば良いだけなのに、手に汗を握るくらい……動揺してる。
そんな私を見る美春は、ただ黙っているだけ。じっと、私の答えを待っている。
「わ、私。わたし……ッッ」
罪悪感を拭いされ、もし仮に……だなんて仮初の想いに馳せていた自分から抜け出すの。目の前に、私が求めていたモノがあるんだから。
「す……ッッ、ぅッッ。ぁ、ぅ……」
……どうして? なんで言えないのよ。
本当に自分の弱さが憎い、幸せが目の前に見えているのに。自ら歩み寄る事が出来ないだなんて。
美春はずっと待ってくれてる、ただ待って私の答えをいつまでも。だったらその気持ちに応えないと。
ここでまた逃げたら、私はきっと……この世からいなくなる選択をするかも知れない。言わなきゃ、言わなきゃ……言わなきゃ!!
必死すぎる想いが、私の心に僅かな光が射し込んだ。スっと背中を押された様な感覚を得た後。私は……。
「す、き……。私も、大好き」
酷く掠れた声、かつ消え入りそうな程小さな声で長い年月を経て、漸く美春の告白に応える事が出来た。
その刹那、なんとも言えない感覚が私を包み込んだ。爽やかな風というか、優しい光が射した……そんな時の優しくて尊い感覚。
(いえ……た。やっと言えたわ)
謎に身体が震えてしまう。身体と心が喜んでいる? もしかしたら快感すら感じているのかも知れない。
「嬉しい、やっと雪美の本心が聞けた」
「ご、ごめんなさい。何年も待たせてしまったわね」
「良いの。そんなのどうでも良くなるくらい、幸せだから」
そんな私を褒めるように、美春は微笑んでくれる。美春、貴女は優しすぎるわよ。もっと怒ってくれないと、私は美春の優しにすがって甘えてしまうわ。
「それに雪美が私を本気で振るわけ無いって知ってるもん。私が好きな人だから、ね」
「なんなのよ、その根拠の無い自信は。こんな時に笑わせないでよ」
「じゃぁ笑ってみせて。何年も雪美の笑ってる所を見ていないから、見たいわ」
なんて強い愛、正直重たく感じてしまうけど。気弱で臆病な私にとって、その愛は私の心を癒してくれる。
「ふふふ、あはは。何よそれ。改まってお願いする事じゃないじゃない」
「そう言って、笑ってくれる雪美が大好き」
痛い程に傷付いた心が癒えていく、この感覚も尊くて、心地いい。あぁぁ……私は本当に美春の事が好きなんだわ。
そうでなきゃ久しぶりに笑ったりしないし、何よりこんな気持ちになっていない。
乱れた気持ちが美春への大好きな想いに変化した時。私と美春の間に流れていた雰囲気がガラリと変わった。
さっきまでのやり取りが嘘だったのかと思う程、私は幸せを感じたわ。
「雪美。ずっと出来なかったこと、わたしとしよ?」
「して、くれるの?」
また美春の優しさを感じた。思わず聞いちゃったけれど、愚問ね。美春は絶対に断ったりしないのは分かり切った事じゃない。
「うん。仮初な事はもうしちゃダメ。今は私がいるんだから」
「えぇ、絶対にしない。約束するわ、だって全部美春がいれば叶う事だもの」
やっぱり、思った通りの事を美春は言ってくれた。でも、その言葉の中に……私のして来た事への怒りもちゃんと感じる。
雪美、分かっているわよ。貴女は私の事を好きだけど……許してはいないってこと。だから、これは絶対に破れない、いいえ……破る訳にはいかない約束。
私の生涯をかけて守るって、約束するわ。
「そ、嬉しい。じゃぁ、早速……して貰おうかな」
「え?」
私が強い決意を秘めていた時。
美春は、ス……っと左手を私の前に差し出してきた。
な、なに? この行為の意味する事が私には分からな……ッッ!!
「もしかして。あ、アレを……?」
「ん。直ぐ察してくれて嬉しい」
「でも。アレは」
「……そうね。あのリングは私の為に買ったモノじゃないものよね」
咄嗟に察する事が出来た。
美春は、あの時渡そうとしたアレを欲しがっているんだわ。でも、アレは……私がプレゼントを渡す雰囲気を味わいたいが為に買った物。
だから、今渡すのは何かが違う気がするのだけど。
「お揃いの物を付けたい気持ちは私にもあるの。だから、私にちょうだい?」
「み、美春……」
「でも、今度一緒に買いに行こ」
約束。澄んだ目で呟いた美春は、じっと私の"あのプレゼント"を待った。貴女がそう言うのなら、私は構わない。
「分かったわ。約束ね、絶対に守るわ」
この言葉を言い終わった後、私はカバンから黒い箱を取り出した。それはペアリングが入った箱。
カパリっとゆっくりと開けた後、1つのリングを手に取った。
「指、間違ったりしないでよ?」
「ッッ。わ、分かっているわよ」
その時、遠回しにリングをはめて欲しい指を伝えてくれた。
言われるまでも無い、左手の薬指……はめる指はそこしか有り得ない。
「は、はい。これでいい?」
ゆっくりと奥まではめた後、恥じらいでいっぱいになった。だって、まるで婚約したみたいになったんだもの。
こんな事なら、美春の事を思ってもっと真剣に選べば良かった。
「ン、良いよ。じゃぁ、次は私の番」
「え」
「私もはめてあげる」
私が何かを言う前に、サッと残りのリングを取った後私の手を取り……優しくはめてくれた。
「これで、私と雪美はお揃いの指輪を付けたのね」
「あ、改めて言わないで。恥ずかしいわ」
「でも、コレ……したかったんでしょう?」
「そ、そうだけど」
月の光で薄く輝くリングがやけに美しく見える。美春が言ってくれた言葉が私の耳に何度も木霊した後……美春は自身の唇に指を指す。
その仕草で、私は何をされるのか分かった。
それも、させてくれるのね。嬉しい、もう出来ないと思っていたの。出来ると分かったら、餌を前にした子猫の様に反射的に美春の傍に来ていた。
「このリングは最後の仮初にしましょう」
「ん。約束するわ」
「今から、真実の事しかしない。そういう意味を込めたキスにしましょう」
「えぇ」
美春も私の身体を優しく抱き寄せた後、クイッと私の顎をあげ、キスをした。
「ン……ぁ」
「だめ、離れちゃいや」
「ぅ、ぁ……ッッ」
深いキスじゃなく、唇をただ合わせただけのキス。そんなキスなのに、全身に甘い電流が流れてきてる。
心地良い、美春……離れないわよ。私ももっとしたいもの。今までの分を取り戻すくらいにしなきゃ物足りないわ。
数秒……いいえ、数十秒のキスだけど。私と美春にとっては永遠にも思えた。
約束もそうだけど、その中に愛情も当然含まれているこのキスは真実。仮初なんかじゃない……私が望んだ、大切なキスなのよ。
(離さない、離すわけがないわ。)
もし仮に好きと言えたなら。
いいえ今は違う、好きと言えたから幸せになれたの。この幸せは絶対に無くしたりはしないわ。永遠に。
完結まで読んでいただきありがとうございました。




