9:その花びらにくちづけを
「んッ、ちゅっ、ぷはぁっ――ッ、離してくださいっ!」
突然の接吻に驚きつつも、私はどうにか彼のことを押し退けた。
素直に引き下がるラインハルト様。しかし、彼の青い瞳は力強く私を見つめたままだ。
「すまないレーナ。だが俺は本気だ。それに血統を問題にするなら、色街で生まれた俺はどうなる?」
「えっ……?」
色街って、貞操を金銭で売買する場所という、あの……?
驚く私に、彼は静かに言葉を続ける。
「……物心ついた時には娼館の小間使いをさせられていた。母親はそれなりの娼婦だったらしく、生まれたばかりの俺のことを娼館に売り払ったらしい。
――『瞳が私によく似て綺麗。男娼にしたらきっと稼げるようになりますわ』と売り文句を添えてな」
っ、そんな……酷い。
じゃあ彼と出会った日、青い瞳を褒めてしまったことは、とても失礼だったということ……?
申し訳なさが胸に込み上げてくる。
しかしラインハルト様は「気に病むな」と言い、私の頭をそっと撫でた。
「たしかにレーナと出会うまで、この瞳は嫌悪感の対象だった。客に綺麗だと言われるたびに虫唾が走ったものだ。
だけど……なんというか、キミの見る目は違ったんだよ。俺の視線を独占したいと願う客たちとは違い、キミは俺の瞳を通して『自由な空』を思い描いていた」
「っ――」
たしかに、そうだったかもしれない。
あの頃の私は一番心が辛い時期だった。
冷たい王城に生まれてしまったことを嘆き、いつか自由になりたいと心の底で願い続けていた。
諦めてしまえばラクになるのに、十二歳だった頃の私には、それが出来ずにいた。
「……申し訳ありません、ラインハルト様。私はアナタの瞳を見ながら、本当は外の世界を夢に見ていただけだったんです……」
「こらこら、謝らないでくれ。俺はむしろ嬉しかったさ。……生まれた頃から汚いモノばかりを見つめてきた俺の目に、キミは輝きを見出してくれた。
これはもう、色街なんかで燻ぶっている場合じゃないと思ったさ。散々嬲ってくれた妃に復讐するためにも、そして何よりキミのために、『自由』に暴れ回ってやろうと思った!」
少年のように笑うラインハルト様。
彼はベッドにドスンッと倒れ、「色街で磨いた演技力が役に立ったな~。クールぶってたら『氷の魔将』と呼ばれていたり」と楽しそうに語る。
「そうして本気で好き勝手した結果、元男娼の国王様になってしまったというわけだ。いい暴れっぷりだっただろう?」
「ふっ、ふふ……ええ、暴れ回って国家転覆するような人はなかなかいませんよ」
「だろうー?」
彼の無邪気な微笑みに、思わずこちらも笑ってしまう。
……ああ、気付いた時には鬱屈とした気分は吹き飛んでいた。
自由に暴れて玉座を手にしたこの人の前では、悪しき血の問題なんてどうでもよく思えてきてしまう。
ラインハルト様は身体を起こすと、私の肩にそっと手を置いた。
「細かいことなんて気にするな。どうせ俺の出自だってそのうち国中に広まるはずだ、それによって俺を軽蔑する国民も出てくることだろう。キミが王族に生まれてしまったことと同じく、こればっかりはどうにもならない」
「……そうですね」
「ならば、一生燻ぶっていたらよかったのか? 親の悪評を気にかけ続け、こそこそ日陰で生きていくのが正解と?
馬鹿を言え。クソみたいな家族によって生き様までも支配されて堪るか。人は誰だって、自由に生きていいはずなんだッ!」
「っ……!」
ああ――彼の言葉を聞いて、気付けば私は泣きそうになっていた。
その目を見れば嫌でもわかる。
この人は私の血なんて一切気にせず、『レーナ』という一人の人間として愛してくれているのだ。
――『氷の魔将』の温もりに、心が溶けていくのを感じる。
「だからレーナ。キミも自由に生きてくれ、キミの想いを聞かせてくれ。レーナは俺のことを、どう思っているんだ?」
真摯な瞳で問うラインハルト様。
……その答えはもう決まっていた。
私は彼の手を握り、勇気を出して口を開く――!
「わ、私もっ、アナタのことが……大好きですっ!」
「ッ――!」
……そして、気付けば私は彼に抱き締められていた。
全身に伝わる熱い体温。
彼の胸から感じる鼓動。
背中に回された腕の力強さ。
その全てが、“お前のことを愛している”と雄弁に伝えてくる。
だから私は迷いなく――彼へと、自分のすべてを委ねた。
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