5:凶作の兆し
――革命の日から一週間が経った。
セレスティア王国はエーレンブルク王国に名を変えることとなり、国王となったラインハルト様は日夜仕事に励まれている。
当然だけど、悪い王族を追い出したらそれで解決ってわけじゃないですからね……。
ラインハルト様もそのへんはちゃんと理解しており、奪い取った王都の豪邸にて今日も書類と格闘していた。
そんな彼の机の隅に、私はコトリと紅茶を置いた。
「あぁ、ありがとうレーナ。……しかし本当によかったのか?」
「よかった、とは?」
「いや、その恰好がだ……」
そう言って私の纏ったメイド服を見るラインハルト様。
彼は頬を気まずげに掻いた。
「……捕縛していた城の使用人たちから話は聞いた。キミは王族でありながら、国王たちから使用人の仕事を押し付けられていたとか」
「えぇ、大臣たちからは『メイド姫』などと揶揄されていましたね」
「ああ。それなのにまたメイドをやるなど言い出したりして、辛くはないのか? 希望があるなら他の仕事も用意できるが……」
あぁなるほど……彼は私が使用人の仕事を嫌々やっていたんじゃないかと思っているわけですか。
その心遣いに胸がほんのりと温かくなる。
だけど私は、静かに首を横に振った。
「大丈夫ですよ。むしろ私、メイドの仕事を気に入っていたくらいですから。たまに家族からイジワルをされることはありましたけど、お掃除をすると気分がすっきりしますし、使用人の方たちは私に良くしてくださいましたから。
……それに今は、『ありがとう』と言ってくれるご主人様に仕えることが出来てますし」
「レーナ……」
ラインハルト様に見つめられ、わずかに頬が熱くなってしまう。
そう、今では私はメイドの仕事を押し付けてきた家族に感謝しているくらいだ。
お料理からお洗濯まで様々なスキルを身に付けることができたおかげで、この人の役に立てている。
それがとても嬉しかった。
「……本当にすごいですよ、ラインハルト様は。わずか四年で革命軍を作り上げ、政権を奪い取っちゃったんですから。私みたいなダメ女がそんなお人に尽くせるなんて、とても光栄なことです」
「何を言ってるんだレーナ。俺がこうして革命を起こすことが出来たのは、あの日キミが救ってくれたからだろうが。それに、キミの紅茶はとても美味いッ! 家事も料理も完璧だ! ダメ女では断じてないッ!」
「ふぁっ!?」
こっ、ここまで真っ直ぐに褒められたのは初めてかもしれない……!
これまではどんなことをしたって義母や義姉から貶されたのに、彼はいつだって私のことを褒めてくれる。
紅茶を出したら『おいしい』と飲んで、料理を出したら『うまい』と食べて、お着替えを用意したら『ありがとう』と微笑んでくれる。
……そんな何気ない心遣いに、思わず涙が零れそうになってしまう。
「もう……ラインハルト様ってば。アナタは本当に温かい人……なにが『氷の魔将』ですか」
「フッ、ここまで自然体でいるのはキミの前くらいだ。部下たちの前ではちゃんとキリッとしているぞ?」
「ふふっ、キリッとって……」
冗談っぽく言うラインハルト様に、思わず私は笑ってしまった。
笑顔なんて、王城にいた時はほとんど浮かべられなかったのに。
でもラインハルト様と生活を共にするようになってからは、ふとしたことで彼は私を笑わせてくれる。
それがとても……胸が痛くなるほどに、幸せだった。
と、そんな時。「仲がいいわね~」という声と共に、葬式用のドレスを纏った女性が部屋に入ってきた。
「あっ、マリア様!」
「ごきげんよう、レーナちゃん。国王ラインハルト様も元気そうで何よりだわ」
「うぐっ、その呼び方はまだ慣れないからやめてくれ……!」
表情を歪めるラインハルト様に、マリア様は上品な微笑みを浮かべる。
彼女こそ革命軍の情報担当であり、各地に連絡網を作り上げたり、民衆たちを扇動して革命を成功に導いた影のリーダーである。
私はこの人に憧れを感じていた。その大人びた雰囲気はもちろん、なぜか彼女の側にいると心が落ち着くのだ。
「それでマリア様、今日は一体どうしたんですか?」
「えぇ。まず国王たちの行方は未だにわからないっていう報告と、あとは悪い知らせを一つね……」
悪い知らせ……?
その一言に私とラインハルト様は表情を強張らせる。
そしてマリア様は「落ち着いて聞いてね」と前置きし、
「各地で農産物の不作が続いているそうよ。このまま冬を迎えれば、大量の餓死者が出るかもしれないわ……」
深刻な顔で、彼女はそう言い放つのだった――。
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