13:月明かりの下で
――思えば、最初に出会った時からマリア様には妙な安心感を覚えた気がする。
彼女が私を『元から革命軍の協力者だった』と庇ってくれた理由も謎のままだ。
……でもそれが……マリア様が、私の『家族』だったとしたら……、
「あ、あの、マリア様……もしかしてアナタは、私の――」
勇気を出して尋ねようとした、その時。
「言わないで、レーナちゃん」
マリア様は私に抱きつき、縋るような声でそう言ってきた。
お湯の中で感じる彼女の柔らかさ。マリア様の白く瑞々しい身体は、なぜか怯えるように震えていた。
「マリア様……?」
「違う、違うのよレーナちゃん……! 私は、アナタのお母さんなんかじゃない……!」
涙がぽたりと浴槽に落ちる。
彼女は瞳を潤ませながら、私のことをじっと見つめた。
「これは……そう、知人から聞いた話よ。アナタのお母さんはとっても酷い人でね、レーナちゃんを産んでからすぐに王城を抜け出したらしいの。……生まれたばかりのアナタを、邪悪な王族たちの下に残してね」
「ッ――!」
あぁ、なるほど……。懺悔するようなその声色に、私は全てを理解する。
――この人は悔やみ続けているのだ。かつて自分が娘を置き去りにしてしまったことで、城の中で冷遇を受けさせてしまったことを。
「本当にごめんなさい……。でもあの時、アナタのお母さんには余裕なんてなかったの。母親としての愛情すらもなかった。
――だってあの国王は、結婚したばかりの私を無理やり攫い、歯向かった主人を……殺したのだから……!」
「なっ、そんな……!」
あまりにも酷すぎる……!
父王が平民だった母を強引に手籠めにしたという話は知っているが、まさかそこまでの外道を働いているなんて思わなかった。
「そう、だったんですか。だからアナタは、ずっと葬儀用のドレスを……?」
「えぇ。主人への愛と、国王への憎しみを忘れないためにね。――城から逃げた後の私は、王族に復讐するために死力を尽くしたわ。十年以上かけて人を集め、国民の不信を煽り、そして四年前にはカリスマ性に溢れたラインハルト様をリーダーに迎え、ついに革命を決行した……!」
怒気を滲ませるマリア様。
聖母のごとき雰囲気は鳴りを潜め、憎しみに染まった鬼女の顏が露わとなる。
……だけど私は怯まなかった。
ラインハルト様という愛する人に出会ったのだからわかる。
恋人の命を奪われたのなら、復讐心に狂ってしまっても何らおかしくはないだろう。
私は静かに彼女の言葉を聞き続ける。
「国王はもちろん、妃も八つ裂きにして殺そうと思ってた。第一王女も踏みつけにしながら嬲り殺そうと思ってた。そしてレーナ……国王の血を引くアナタのことも、最初は殺そうと思っていたのだけど……」
――ふと、彼女の怒気がわずかに揺らぐ。
私のことを伏し目がちに見つめ、そっと肩に手を置いた。
「……民衆からの陵辱を死んだ目で受け入れようとするアナタを見て、殺意なんて吹き飛んでしまったわ……。
なんて哀れな子に育てられてしまったんだろうと思った。あの日アナタを王城に置いていってしまった後悔が、胸の中で溢れ出した……っ!」
マリア様の瞳から再び涙が流れ出す。
肩に触れた手が震え、後悔の念が痛いほどに伝わってくる。
「ごめんなさい……ごめんなさいね、レーナ……! 私にはお母さんと呼ばれるような資格はない……!」
月明かりの下、大粒の涙を零し続けるマリア様。
――私はそんな彼女の背中を、あやすように優しく撫でた。
「っ、レーナ……?」
「ねぇマリア様。私の名前は、アナタがつけてくれたんですよね?」
その一言に「えっ……」と呟くマリア様。
瞳を見開き、なぜそれを知っているのかと私を見つめる。
「……子供の頃、父に……あの国王に聞いたことがあるんですよ。どうして私にレーナという名前を付けたのかって。
するとあの人は忌々しそうに言いました。『それはワシが付けたのではない。あの忌々しき貴様の母――マグダレナのヤツが、お腹の子供の名前だけは自由にさせてほしいと願って付けたものだ』って」
思えばそれは、母の精いっぱいの抵抗であり、私に対する気遣いだったのだろう。
義姉のシルフィーナなどと違い、レーナはとてもありきたりで優雅さに乏しい名前だ。
とても王女につけるような名前ではない。
――だからこそ、母は名付けてくれたんだと思う。
悪しき王族にはとても相応しくないような、平民としても生きていける名前を……!
「ありがとうございます、お母さん。私を産み落とす瞬間まで、ずっと迷い続けてくれたんですよね? 私のことも連れて逃げるべきかって」
「っ、うぅ……レーナ……でも、わたし、結局アナタを王家に残して……!」
「いいんですよ、大丈夫です。たしかに色々と大変なことはありましたけど、おかげでラインハルト様と出会うことが出来たんですから。それに今はこうして、親子水入らずでお風呂に入れているんですから」
――だから大丈夫ですよ、お母さん。私はとっても幸せです。
そう伝えると、母は一層泣き震え、私のことを強く抱き締め続けるのだった――。
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王国騎士団を追放された俺、前世のゲーム知識で『漆黒の英雄』に成り上がる ~自国が滅んだがそんなの知らん。俺は剣と魔法とロボの世界で無双する~