1:革命と出会い
「レーナッ、私たちは逃げるからなッ! せめてお前は、カラダでも使って革命軍を食い止めろ!」
「……はい、お父様」
燃える王城の中、父王は秘密の脱出路から一目散に逃げていった。
彼に続いて駆け出していく義母や義姉の姿を、私は静かに見送った。
――あざみのごとく棘あれば、という。
気弱な私は、家族にどれだけ冷遇されても恨むことが出来なかった。
所詮、私は妾腹の子だ。
平民のメイドだった母を、父王が戯れに孕ませた命だ。
その母親も私を生んでからすぐに失踪してしまった。
ゆえに私に味方はいない。
このセレスティア王国の姫君といっても、平民の血が混ざった穢れた子として扱われ、家族はもちろん大臣たちからも見下されていた。
十二歳になる頃にはメイド服を着せられ、『アンタに姫君の価値はない』と義姉に言われて侍女の仕事をさせられた。
以降四年間は、使用人のみなさまと共に家族の命令に従う日々だ。
でも、そんな人生も今日で終わる。
「あぁ、革命軍のみなさまは……私なんかで満足していただけるでしょうか……」
今、このセレスティア王国は終わりを迎えようとしている。
父の圧制に苦しんだ民衆が立ち上がり、『氷の魔将』と謳われる反逆者の下、ついに革命に乗り出したのだ。
革命軍は強かった。
各地の領主を抹殺すると、そのまま城へと一気に突撃。
衛兵たちをものともせずに蹴散らして、父王らを玉座の間に追い詰めたのである。
「邪悪なる王族はここかーッ!」
「一族全員皆殺しにしてくれるッ!」
「この世からいなくなれー!」
そうしてついに、閉ざされていた扉が破られた。
流れこんでくる痩せ細った民衆たち。
彼らは殺意を振りまきながら、農具を手にして現れた。
――そんな人々を前に、私はメイド服の端をつまんで一礼した。
「ようこそおいでくださいました。私はセレスティア王国が第二王女、レーナ・フォン・セレスティアでございます。
どうか私の命を以て、みなさまに償いをさせてください」
そう言い放つと人々が困惑した。
私のことを訝しげに見ながら「王女だと、メイドではないのか……?」「王族がなぜそんな恰好を!?」「だがあの容姿、ただの平民には思えない」と呟きだす。
しかし戸惑うのも一瞬だった。
私の瞳が王家の証である紫色なことに気付くと、彼らは怒気を爆発させた。
そして一斉に駆け出してくると、私の肢体に手を伸ばす――。
「お前たち王族のせいでッ、うちの家族は餓死したぞォー!」
「償えぇッ! 苦しめぇ!」
「死んで詫びろー!」
怒号と共に引き裂かれていくメイド服。
ビリィイイイイーーーッという音が荒れた王城に響き渡る。
無数の腕が私を床に引き倒し、下着すらも容赦なく破り捨てていく。
だけど私は、一切抵抗しなかった。
……たとえ私が妾の子だろうが、血税による豪遊など一度もしたことのない身であろうが、それでも私は『王族』だからだ。
この私には、民衆の怒りを受け止める責任がある。
あぁ、大丈夫。辛くて苦しいのは慣れっこだ。
気弱で生きる気力すら薄い私だけど、地味な茶髪と恰好から『メイド姫』と揶揄されるような私だけど、そんな自分が苦しむことでたくさんの人々が救われるというのなら――この責務だけは、投げ出したくはなかった。
「……本当にごめんなさい。どうか私に憎悪を吐き出し、胸の痛みを少しでも和らげてください……」
「ッ、邪悪な王族がいまさら殊勝なことを言うなァッ!」
革命軍の一人にぶたれる。
口の中を切ってしまったのか、唇の端から一滴の血が流れた。
そうして、あぁ、私を打った黒髪の青年に太ももを無理やり押し広げられ、ついに花を散らす時がきた――その瞬間、
「鎮まるがいい。たとえ相手が王女だろうが、醜い真似は決してするなと命じただろうが」
覇気に溢れた冷たい声が、王の居室に谺した。
その瞬間に固まる人々。彼らは顔に恐れさえも滲ませながら声のしたほうを見る。
唯一、私を穢そうとしてた黒髪の青年だけはこちらを睨んだままだったが、やがて恨めしそうに舌打ちをすると、民衆に続いて手を止めた。
「一体、なにが……」
思わず呆然としてしまう。
もはや私には、人々に嬲られて壊される末路しかないと思っていたのに。
「さぁ、退くがいいお前たち。手を汚すのは私の責務だ。王女の介錯は、私が務めよう」
そうして民衆が退いたことで、私は『彼』と出会うことになる。
――輝くような金色の髪に、白く冷たい氷の美貌。瞳の色は透き通るような青色で、片目は黒い眼帯によって覆われている。
その妖艶さすらも感じる容姿……ああ、間違いない。
彼こそ貴族たちの間で『氷の魔将』と謳われていた革命家、ラインハルト・エーレンブルクに違いない……!
乱れた着衣を恥じらう余裕すらもないまま、私は冷酷非道とされる敵将と目を合わせた。
だが、その瞬間――、
「っ、おまえ、は……!」
なぜか瞳を見開くと、ラインハルトは早足でこちらに駆け寄ってきた。
そして私の手を引くと、
「あぁ――ずっとずっと、キミに会いたかった……!」
……えっ?
なぜか私は『氷の魔将』に、熱い抱擁をされるのだった――!
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