エピローグ後編 僕の大切な家族。
「へへへ、幸せ...」
後部座席から聞こえる愛しい人の声。
バックミラーを覗くと幸せそうな友里と娘の寝顔が見えた。
「2人共どんな夢を見てるのかな」
そんな事を口にしながら僕は実感する。
『友里、僕が一番の幸せ者だよ』
複雑な出自の僕を受け入れてくれた僕の両親、そして友里。
「友里、君が居たから僕は孤独じゃなかったんだ」
友里は忘れているかもしれないけど、女の実家からやっと父さんに引き取ってもらってから1人眠るのが怖かった。
毎日父さんは怯える僕を抱き締め、眠るまで寄り添ってくれた。
そのお陰で僕は眠るのが怖く無くなった、そう思っていた...
父さんが結婚して1年が過ぎた頃、僕は夜中に夢を見た、忌まわしい女の実家での出来事。
夜中に叩き起こされ、叔母が僕の身体中を叩く。
『止めて!!』
僕がいくら叫んでも叔母は止めない。
血走った目で狂った様に叩き回される。
(どうして?お父さん助けて...)
絶望の中、うずくまり泣きじゃくる僕、そんな記憶。
『...兄さん、兄さん、大丈夫だよ』
優しい声に目を開けると、友里が微笑んでいた。
『友里...』
違う部屋にいた筈の友里が僕の部屋にいた。
『だ、大丈夫だよ』
心配掛けまいと友里に笑顔を...
『無理しないで』
『え?』
友里は僕を抱き締めてくれた、その暖かさは今も忘れない。
まだ6歳の友里、あの時から僕はきっと...
友里は年を追う毎に綺麗になった。
小学校の高学年になる頃には毎日の様にラブレターや告白を受ける様に。
僕はその頃にはすっかり友里に好意を抱いていた。
何度告白しようと思ったか知れない。
友里の気持ちは薄々気づいていたが出来なかった。
意気地無しだったからだけじゃない。
(少しはあったかな?)
家族の関係を壊すのが怖かった。
女に騙されていたのに、僕を引き取ってくれた大好きな父さん、分け隔てなく僕を息子として受け入れてくれたお母さん、兄ちゃんと慕ってくれる楓。
そんな僕が友里に告白したら、
(友里は受け入れてくれるか?)
(両親から怒られはしないか?)
(楓から気持ち悪がられるのでは?)
そんな考えから抜け出せず、踏み出せなかった。
僕にとって最大の転機になったのは17歳の時に起きたあの事件。
今思い出しても苦しくなるけど、あの悪夢があったから僕は前に進めた。
『私は兄さんが大好きです』
友里は真剣な表情で僕を見た。
(また友里に心配を掛けてしまった、大丈夫だよ僕は家族が、友里が大好きなんだから)
『ありがとう僕も大好きだよ』
笑顔でそう答えると友里は弾ける笑顔で部屋を出ていった。
しかし翌日、友里の元気が無い。
『楓、友里はどうしたの?』
妹に聞いてみた
『....さあ?』
一瞬考えて楓は答えた。
真相を知ったのは数年後の事。
そんな僕の背中を押してくれたのは父さんだった。
あれは大学4年、就職も決まった頃。
『陽平、友里をどうするつもりだ?』
『どうって?』
父さんに誘われ訪れた近所のバー。
酒を飲み交わしていると突然聞かれた。
『この先だ、このまま妹として、なんて許さんぞ』
少し酔った父さんは僕に迫る。
『だって友里は妹で...』
『建前は良い、お前は友里に何も言わないままのつもりか?』
『...父さん』
何も言えない僕を見て溜め息を吐いた。
『母さんも...いや母さんだけじゃない、楓も俺もだ』
『まさか?』
みんな待っている?
僕と友里の事を?
『本当だ、楓は早くしないとお前を襲うかもしれんぞ』
『へ?』
楓にそんな気持ちを持った事は全く無い。
それはあまりに突拍子も無い話。
『...冗談だ』
父さんはグラスのウィスキーを一息に呷る、その目が少し怖かった。
『分かった、友里に告白するよ』
意を決して父さんに宣言した。
『よし、言ったな!』
父さんは嬉しそうに笑う。
この日は散々飲み明かし、帰宅後は母さんと友里達に叱られた。
結婚式は家族だけで済ませた。
友人の多い友里だけど、義理とはいえ、やっぱり兄との結婚は世間体を気にした。
『良いの気にしないから!』
笑顔の友里、ウェディングドレスに負けない美しさで...
「おっと」
気がつくともう家の近くまで来ていた。
2人で住む家の近くにある実家、同居で構わないって言ったんだけど、
『楓の事も考えて』
そう母さんに言われた、まあ3日と空けず遊びに来てるけど。
「着いたよ」
車を実家の駐車場に入れ、エンジンを切り後ろを振り返る。
友里と赤ちゃんはまだ夢の世界。
「可愛い...」
天使と女神が仲良く並ぶ。
こんな幸せな光景が...
「お帰り!」
「わ!」
突然運転席の扉が開き楓が顔を出す。
「ど、どうしたの」
「どうしたのじゃないよ、みんな待ってるんだから!」
「そうなの?」
楓はフンっと鼻息荒く言った。
大学3年の楓、すっかり大人だな。
「え、着いたの?」
楓の声に友里も目を覚ました。
「姉さん涎」
楓が口元を指差した。
「え、嫌だ兄さん見た?」
「うん」
また兄さんに戻ったね。
まだまだ時間が掛かりそうだ。
「ただいま」
友里は赤ちゃんを胸に抱っこし、僕は荷物を抱える。
玄関を開けると父さんと母さんが満面の笑みで僕と友里...いや赤ちゃんを待っていた。
「いらっしゃい」
「陽平、友里も、いらっしゃい」
両親は赤ちゃんを覗きこんだ。
まだ名前は決まって無い、候補はあるけどね。
家族で決めるんだ、だって最初にあげるプレゼントだから。
「改めてお帰り...は変かな、兄ちゃんと姉さんの家はここじゃないし」
少し拗ねた様子の楓、仕方ないな。
「ここだよ。な、お母さん」
「ええ、お父さん」
友里には伝わったみたいだ。
「僕達の家はここなんだ、この家が、ここが家族の家なんだから」
「そうだな、お帰り」
「お帰りなさい」
おじいちゃんとおばあちゃんは最高の笑顔。
「「ただいま!」」
僕と友里も満面の笑みで返した。
ありがとうございました。