エピローグ前編 兄さんがお父さんになった日 。
またまたお付き合いを。
「行ける?」
「うん」
会計を終えた兄さんが扉を開けた。
置かれていた荷物を手にした兄さんは優しく微笑んだ。
キャリーバッグの中はタオルや着替え入っている、そして小さなバッグにはオムツと尻拭きのコットンが。
私?
私は荷物を持っていない。
だって両手には大切な宝物を抱えているの。
二人の宝物、愛の結晶...
「よく寝てるね」
産婦人科を出て駐車場に、停めていた車の後部トランクへキャリーバッグを入れた兄さんが赤ちゃんを覗きこんだ。
「ええ、出る前におっぱいを上げましたから」
私達の赤ちゃん、可愛い女の子。
愛する人と結婚して子供に恵まれる、こんな幸せがあって良いのだろうか?
白いおくるみにくるまれた無邪気な寝顔、兄さんはポツリと呟いた。
「...父さんだよ」
なんて重い言葉、兄さんにとって、この世で血の繋がるただ一人の存在。(厳密には違うが)
血より愛情、私達家族は実証したけど血縁上の両親が他界している兄さんにとって唯一無二の存在がこの子なんだ。
「さあ乗って」
「ありがとう」
兄さんは後部座席のドアを開けると見慣れた車内に置かれた真新しいチャイルドシート。
赤ちゃんを起こさない様に細心の注意を払いながらソッと寝かせた。
「えーと、このベルトを...」
慣れない手付きで一生懸命の兄さん。
シートを買いに行った時、何度もダミー人形で練習したけど実際の赤ちゃんは勝手が違うね。
「これで良いのかな?」
不安そうに私を見た、確認して欲しいのかな?
「大丈夫、説明書の通りです」
「良かった」
ほっとした笑顔の兄さん。
器用に何でもこなすけど勝手が違う事は苦手。
それだけじゃない、不安なんだろう。
「安全運転宜しく、お父さん」
「友里...」
一瞬驚いた顔の兄さん、私も兄さんを卒業しないと。
「それじゃ行くよ、お母さん」
運転席に座った兄さ...お父さんはバックミラーを何度も調整する。
ちゃんと後方を映してる?
赤ちゃんを中心に映してない?
車はゆっくり病院の駐車場を出る。
これから一時間を掛けて実家に向かう、3ヶ月間は実家でお世話になる予定。
静かな車内。
私の座席には分厚いクッション。
赤ちゃんの寝息と心地よい振動に眠気が、だって出産以来殆んど寝てないんだもん。
いつしか私は夢を見ていた。
兄さんと初めてあった日から今までの夢を...
『こんにちは』
『...こんにちは』
23年前、5歳の私は母さんの膝に掴まりお互い挨拶をした。
2歳で両親が離婚して以来、母さんと二人だけの生活。
実の父親の記憶は殆んど無い、物心がつく前から家に帰らなくなったから。
初めてあった兄さんはおじさんの手を握り怯えた表情でお母さんと私を見た。
顔には酷い痣、よく見ると手や足にも。
『痛くない?』
気づけば私は兄さんの手を擦っていた。
初対面で母さんから私と同い年の子に会うとしか聞かされてなかったのに。
『...気持ち悪くないの?』
兄さんから返ってきた答えは意外な物だった。
(気持ち悪い?)
どうしてそんな答えが?
ひょっとして、この人が叩いたの?
思わず隣にいたおじさんを睨んだ。
『...ごめんな』
『え?』
おじさんは涙を堪え、兄さんを抱き締めた。
目の前の光景に唖然とする私、結局その日はこれで終わった。
『あのおじさんと子供、大丈夫かな?』
家に帰ってから母さんに聞いた。
疲れきったおじさん、そして儚げな子供は私の印象に強く残っていた。
『あの人の奥さんが居なくなってね、子供はお父さんと引き離されて大変な目にあったの』
言葉少なく母さんは教えてくれる、その目は怒っていた。
『またおじさんと子供に会ってもいい?』
『...友里ちゃん』
自然と出た言葉だった。
だってお母さんもおじさんを見る目が心配そうだったし。
『分かった、また会いましょ』
『うん!』
こうして私とお母さんはおじさんと子供に会うようになった。
その時は家族になるなんて考えてもみなかった。
これって運命だったのかしら?