後編-1
分けました。
[大切な息子を傷付けた馬鹿共を絶対に許さない]
その日から連日仕事場に泊まり込み、資料の作成をしていた。
もちろん奴等を追い詰める為の物。
弁護士である自分の立場を利用して使える人脈を全て動員している。
昼は本来の仕事があるので夜間しか時間が取れないのだ。
「母さんお疲れ様」
「ありがとう父さん」
主人が自宅から夜食を持って事務所にやって来た。
お腹が空いていたので早速頂こう。
弁当箱を開けるとぎっしり詰まったおかず、そしてお握り、私の大好物ばかり。
「おいしい...」
優しい味付けに思わず顔が綻んでしまう。
間違いない、この弁当を作ったのは、
「陽ちゃんね」
「そうだよ、友里と楓も」
仲良くお弁当を作る子供達の姿が目に浮かぶ。
この幸せを壊そうとするあいつらに怒りが...
「落ち着いて」
「...ごめんなさい」
怒りに震える私に主人は温かいお茶を淹れてくれた。
一口啜ると不思議な程心が落ち着く。
「懐かしいね」
「ん?」
「母さんによくお茶を淹れたな」
「そうね」
そう、司法試験の勉強していた時、恋人だった主人は私にお茶やコーヒーを用意してくれたんだ。
「ねえ」
「なんだい?」
「昔みたいに名前で呼んで」
「え?」
主人は少し驚いた顔で私を見た。
私達は再婚する時、お互いを『お父さん』と『お母さん』って呼び会う事を決めた。
早く家族になるために絶対必要だった、私が陽平君のお母さんに、主人は友里のお父さんになる為に。
「...佳澄」
「陽一さん...」
照れ臭くて笑ってしまう。
もう40歳の私と主人、馴れ合う歳でもないが嬉しい。
「ありがとう佳澄」
「なにが?」
「俺と陽平の為に、また迷惑を掛けた」
隣に座った主人は私に頭を下げた。
「そんな事ないよ、陽一さん頭を上げて」
「しかし」
「助けられたのは私も同じなんだから」
私も助けて貰った。
主人があの女と離婚したから私は貴方と再婚出来た。
そうじゃなきゃあいつに捨てられた私は友里と2人で寂しく生きていただろう。
陽平君や楓にも会えないまま。
「資料は大分進んだみたいだね」
主人はテーブルに重ねられた書類を見た。
「昔の資料を整理してるの、来週には呼び出せるわ」
主人は書類に手を伸ばす。
それは12年前の資料、あの女と離婚した時の調停記録。
「...忘れたいが覚えているもんだな」
絞るように呟く主人、辛い記憶は消せる物じゃない。
「でも、そのお陰で私達は再会出来たのよ」
「そうだな」
主人の少し表情が和らぐ。
私は主人と再会したあの時を思い出していた。
12年前あの女の浮気を教えたのは陽平君。
『父さんが居ない時に母さんが変な男を家に引き入れている』
まだ5歳だった息子の言葉、これであの女の浮気が分かったそうだ。
主人は興信所に依頼をしてあの女を追い詰めた。
あの女は離婚届けを叩きつけ実家に逃げた。
嫌がる陽平君を無理やり連れて、そのくせ放置して帰って来ない。
恋人と逃げたのだ、厄介な離婚調停から。
女の実家に放置された陽平君は親戚達に散々虐められたと聞いた。
『疫病神』『ウジ虫のガキ』『死神...』
とても5歳の子供に投げつける言葉とは思えない。
(あの女の両親は罵らなかったが無視していた)
離婚調停の場に陽平君を引きずり出したのもあの女。
養育費目当てで親権を主張するあの女に主人も陽平君の親権を主張した。
『慰謝料はいらない息子を返してくれ!』
悲痛な叫びに女は突然言い放った。
『あんたの息子と思っているの?
本当馬鹿ね、5年間楽しませて貰ったわ。
他人の貴方は父親を名乗る資格なんか無いのよ!』
どう考えても常軌を逸した言葉だと思う。
親権は母親に決まる事が多いのに、この時既に薬物中毒だったんだろう。
その話は私の業界でも知れ渡った。
浮気した奥さんが托卵を調停の場で夫に叫んだと。
名前は分からなかった、しかし胸騒ぎから調べてみた。
資料から元恋人の名前を見つけた時の衝撃は今も忘れない。
気づけば私は連絡をしていた。
6年振りに会った彼は酷く憔悴していた。
『何とか親権を取りたいんだ、血縁なんか関係無い。
陽平は俺の子だ』
呻く彼に私は協力を申し出た。
最初は再婚なんか考えなかった、昔に戻れるなんて思って無かったのだ。
私も離婚していたし、何より友里が居たし。
血縁の無い父親が連れ子を虐待する、そんな事象を何度も見てきた。
しかし彼の陽平君に対する愛情は本物。
主人の生活が心配な私は何度も足を運ぶ、友里も陽平君と主人に懐いた。
『この人とやり直そう』
私は主人と再婚を決めた。