前編
毎日更新予定、宜しくお願いします。
「映画、面白かったね」
「そうだな」
今日は日曜日。
『映画に行きませんか?』友里が誘って来たので朝から映画館が併設されているショッピングモールに来ていた。
嬉しそうに笑う友里、
『そんな映画行けないよ』って言ったけど始まって直ぐに涙が止まらなかった。
本当は行きたかったんだ。
でも女性人気が凄くて、男1人で観るのは恥ずかしく諦めていた。
原作のファンで、単行本は去年の発売日に購入した。
先日は文庫本まで購入して鞄にいつも入っている。
ここまでハマった本は今まで無かった、自分でも意外と思う。
よりによってテーマが[家族の絆]だなんて...
「なにか食べて帰る?奢るよ」
「いいの?」
「ああ」
連れ出してくれた友里にお礼を込め昼食を誘う。
こうして楽しい毎日を過ごせるのは友里のお母さんを始めとする家族のお陰。
特に義理の兄の為に、ありがとう友里。
「ん?」
レストラン街に向かっていると違和感に足が止まる。
誰かの視線、それは直ぐ分かった。
柱の陰から見つめる1人のお婆さんが居たからだ。
「兄さん知ってる人?」
「いや知らないな」
僕に聞くって事は友里の知らない人だな。
でも親戚や知り合いの中にあんな人は僕も知らないし、
「...陽平」
「え?」
前を通り過ぎようとした時お婆さんが言ったのは僕の名前だった。
やはり知り合いなのか?
「あの、どちら様ですか?」
名前まで言われては無視は出来ない、友里と近づいて尋ねた。
「私よ...」
涙を流すお婆さんの顔と聞き覚えのある声に頭を叩かれた衝撃を感じた。
こいつは老人なんかじゃない!見た目が70過ぎにしか見えなくて油断していた。
「あんたは...」
身体が固まって動けない!
あの悪夢が甦り...
「会いたかった陽平」
そいつは手を伸ばし、僕に近づいて来た。
「しまった!」
友里は僕の腕を掴み、そいつから離してくれる。
友里に引っ張られ、その場から駆け出す。
『どうして?いつまであいつは僕達父子を苦しめるのつもりなのか?』
「待って陽平、話を!」
後ろからあいつの叫び声が聞こえる。
周りからは悲愴な叫びに聞こえるんだろうが、僕には悪魔の声にしか聞こえない。
冬なのに全身から汗が止まらなかった。
「もう大丈夫よ」
「ありがとう」
友里の言葉にようやく我に返る。
いつの間にかショッピングモールを離れ、僕達は駅前に来ていた。
「帰ろう兄さん」
「うん」
友里は僕を見て微笑む。
きっと僕は怯えた顔をしているのだろう、震える右手を優しく握り直してくれた。
電車に乗り自宅へ、せっかくの1日が台無しになってしまった。
行き場の無い怒り、友里に対する申し訳なさで泣きそうだ。
「帰ったら母さんと対策を考えなきゃ」
友里は電車内で呟いた。
「対策?」
「偶然会ったにしては出来すぎよ、きっと兄さんを待ち伏せしてたのね」
前を見据えたまま友里は続けた。
「まさか?」
その言葉に握られた右手の力が入る。
「...ごめん」
結構な力で握ってしまった。
しかし友里は笑みを崩さないまま、左手を重ねてくれた。
「いいの、だって私達家族でしょ?」
その言葉は心に暖かな物を灯してくれた。
父さんと味わった地獄の日々から救ってくれた友里の家族。
かけがえの無い大切な人達は夢と勇気を父さんと僕にくれたんだ。
「そうだね」
ようやく笑う事が出来た。
そして僕達は自宅に。
玄関を開けると心配そうな母さん、そして妹の楓が走って来た。
「大丈夫だった!?」
「兄ちゃんしっかり!!」
「わ!?」
楓に抱きつかれ思わず尻餅を着いてしまった。
まだ10歳の楓だけれど、結構な力だ。
「え?どうして?」
「友里からメールを」
「そうなの?」
一体いつ?友里の両手は殆んど塞がっていた筈なのに。
「片手でも1分あれば充分です」
友里は僕を優しく起こしながら言うが、凄いよ。
「大丈夫だったか?」
「...父さん」
部屋の奥から父さんが顔を出す、その顔は怒りに震えていた。
「早く上がりなさい」
「うん」
家に上がりリビングへ、妹と友里は僕を両側から支えてくれる。
前に両親、対面に友里と楓が僕を挟む様に座った。
「あいつに会ったそうだな」
「うん」
あいつ、父さんの言葉に母さんと友里、楓から殺気が立ち上った。
「母さん、あいつはまだ仮出獄でしょ?
どうして兄さんの前に現れたの?」
友里が母さんに噛みつく、怒りが滲んだ表情はとても怖い。
「まさか保護司から無断でこっちに接近するとは思わなくて。
でも友里も警戒していたんでしょ?」
「それは...」
母さんと友里は悲しそうに話す。
どうやらあいつが刑務所を出た事を知っていたのか。
「母さん、友里も止めなさい。
起きてしまった事は仕方ない、あいつを直ぐに見て分かる筈無い、出所時の写真を見たが、あれは老婆だ。
誰がどう見ても陽平の母親とは思えないだろ」
「「父さん!!」」「あなた!」
「す、すまない陽平...」
「いいよ父さん」
思わず出た言葉だよね、義母さん、友里も楓も僕は大丈夫だから。
父さんは僕を引き取ってくれたんだ。
その愛情は本当だと信じてるから。
そうだよ、あれが僕の産みの母。
結婚前から父さんを騙し、僕を父さんの子供と5年間偽った女。
騙していた男と覚醒剤中毒になった女。
離婚裁判の時、僕が父さんの子供じゃない事を嘲け笑いながら言い放った女。
余罪で薬物を売り捌いていたのがバレ、懲役15年を受けた女...
目の前が真っ暗になって行った。