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Planarier〜プラナリアー〜  作者: 橘湊
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第5話「Disappointer」

■美郷家

・美郷賢二…小学校4年生。美郷家長男

・美郷雪奈…高校2年生。美郷家長女

・美郷百合…美郷家の母親。今はシングルマザー。

・美郷賢雄…百合の父親、賢二と雪奈の祖父。事件に遭い死亡。

——最悪、ホント最悪。


雪奈の転校先の学校に登校中、期待値が引っ越し前の半分にまで落ち込んでいた。


雪奈にとって今回の選択は苦渋の決断だった。元々いた高校ではカーストの上位に位置し、多少クラス内で目立つ行動を取ろうが、髪を染めようは、制服をアレンジしようがいじめられることはなかった。クラスメイトだけではない。先生も温厚なおじさん先生なら、宿題は遅れてもセーフ、時々飴をあげたりして餌付けしたこともあって評価も悪くない。本当にストレスフリーの生活だった。


しかし”あの事件”が起こった。


事件後数日が経ち、落ち着きを取り戻し始めたとき、引っ越しの旨を母親から聞かされたが、雪奈はこの快適なハイスクールライフを手放すまいと残るつもりでいた。ただ”あの事件”がまた起きるかもしれない、行き先が東京で引越し先の街の名前はシオンタウンという横文字の街らしく恐怖からの逃亡と引越し先の期待という2つの動機が重なり、引っ越しを許容してしまった。


しかしいざ越してみるとたった1日でその期待は半分へし折られてしまった。


街は都会の一等地どころか東京都ですらない上に、家も新築感はゼロ、しかも真っ黒の外観でいかにも怪しい上に森の中という立地だ。


しかも昨日、この期待がへし折らている中、さらに追い討ちをかけることがあった。


街の住民だ。近所は車の中で見ている限りだと怖い印象しかない。そもそも人通りは少ない上に明らかに社会に馴染めない匂いがするような人々ばかりだ。


そんな中昨日、引っ越し片付け作業の途中で母親が家族3人を召集し、挨拶まわりに行くと言い出した。


確か東京の人は——正確には東京ではないが、引っ越しの挨拶とか面倒がられるため、しない方が良いということを雪奈は聞いた。しかし母親はこういう社交辞令をしないと気が済まない性格なので言っても無駄だと思い、面倒だがついていくことにした。弟の賢二も珍しく、口数少なくついてきたのをよく覚えている。


そして手土産を持って挨拶まわりをスタートさせたが、結果は”全員無理”だ。怪しい雰囲気の街のイメージ通り、と言うよりイメージしていたよりも酷いかもしれない。


家は予想外にも森の中だっため、お隣さんなど存在しないのだが、取り敢えず近くということで森を出てすぐにある5軒の家を回った。


1軒目、出てきたのは老婆だった。杖をつき、重そうな腰をなんとか動かして玄関にゆっくり出てくる。どこか不機嫌そうに眉をひそめた表情をしており、(しゅうとめ)であった際には喧嘩すること間違いなし、というオーラを醸し出してる。


母親が挨拶して手土産を渡し、一礼。雪奈も倣って会釈したが、いきなり「挨拶もできないのかい!」とブチ切れ出した。どうやら弟の賢二はなぜかボーッとしており、そのことに対していきなり怒声だったのだ。


「どういう教育しているんだい!」と最終的に怒りの矛先は母親に変わり、謝りはしたものの手遅れ。そのまま怒って中に入ってしまった。


2軒目、出てきたのは雪奈と同い年くらいの少年。間違いなくクラスの陰キャラに属している典型で、髪は男にしては長くボサッとしていて不潔感が漂う。眼鏡をかけ、洋服は意味の全く理解できない英語とブランドのロゴが洋服を埋めるくらい大きくデザインされており、部屋着だとしてもダサい。クラスメイトだったら雪奈は絶対に話さないタイプだ。


少年は一言も話さず会釈だけし、手土産を受け取って中に入っていった。


3軒目、出てきたのは先ほどの少年より数段レベルアップした不潔感漂わせる20代後半くらいの男。ジャージを着て、口のまわりには何やらスナック菓子の破片らしきものがついており、髭も数日剃っていないことがわかる程に伸びている。そしてなんと言ってもデブだ。控えめに言ってデブ。軽く体重は100kgを超えているだろう。恐らくニートだろう。


まさに”生理的に受け付けない”の典型であるその男は手土産を渡すと「サンキュー」とそのまま片手で雑に受け取って中に入っていった。


4軒目、出てきたのは大男だった。恐らく年齢は30代後半〜40代前半ってところで身長だけでなく体格含めシルエットとして大きく圧倒される見た目。


「うせろ!」


挨拶をし、手土産を渡そうとしたが途中で遮られ、家の中に入り「二度と来るな!」というメッセージなのか勢いよくドアを閉めた。


5軒目、なぜかこの家だけ、3階まである家だった。


雪奈はここだけ他の家と違い、清潔感漂う感じの良いどこかの社長が住んでいるのかと期待したが、もはやこの流れで逆転は不可能だった。


出てきたのは30代前半くらいのやけに目をギョロギョロとさせた男。この男もさっきのデブと同じくらい不潔感が漂い、髪はボッサボサ、洋服はダメージの負ったものを着て、爪をカリカリ噛みながらこちらを見つめている。


そして恐る恐る挨拶をして手土産を渡すと男は「いいのか⁉︎」と驚いた顔で目をギョロっとさせると、なんとその場で手土産を乱雑に開け、中のお菓子をムシャムシャ食べ出した。


家族3人唖然とし、雪奈は何かグロテスクな、昆虫のバラバラになった死骸でも見ているかのような気分だった。目を背けてなんとかその場を記憶に刻み込まないようにした。


男はとそのまま喜びを一切隠さず、3歳児のように手土産を貪り食いながら中に入っていった。


家や街、近所のステータスは最悪。雪奈の引っ越しに対する期待は来て1日でほぼ消え去った。


残る期待はもう学校しかない。ここでかつてのようにカーストの上位に組み込めれば希望はある。きれいなガラス張りの目立つ校舎で日々過ごし、休日は渋谷や原宿で友達と遊んだりデートをしたりする。引っ越し前に抱いていたこのイメージはまだ叶えられるはず。


途中参加というのは既にコミュニティが出来上がっている中に入るわけだから当然リスクがある。だから最初は目立たないようにピアスは外し、髪は黒染めし直し、スカートももちろん規定通りの長さにしてある。


ただこの希望も学校に行くに連れて雪奈の中でフェードアウトしていった。


まず転校先の高校は異様に遠い、最寄りの駅からやたら坂を登っていく。そしてやっとの思いで着いたその高校は山間部に位置していた。到着した高校の校舎は白い塗料で全身覆われ所々築年数からか黒くくすんでいる。正直転校前の高校となんら変わらない。そして土地だけは広大でグラウンドは国体や甲子園進出高が羨むほどにやたら広い。


校舎内の壁は所々剥がれたり落書きがなされたりしており、トイレもタイルが敷き詰められた寒々とした常に臭うタイプのもの。まさに田舎の校舎そのものだった。


雪奈の期待関数は反比例グラフのように0に限りなく近づいていく中、担任と挨拶をかわして初めてのホームルームが始まる。雪奈が廊下で待機している間、クラス内では「転校生」というキーワードが先生の口から出た瞬間、雪奈とは相反するようにクラス内の期待関数は指数関数的に伸びていくのが廊下から理解できた。そして雪奈が教室に入ると男子を中心に関数の傾きは増していく。


雪奈は前の学校でカースト上位にいただけあってルックスは良い方だった。足はスラっとしていて、髪も何度か染めた経験があるにしては、サラッとしている。胸も前の学校の男子から噂されているのを何度か聞いたことがあるレベルだ。


「美郷雪奈です。よろしくお願い致します」


テンプレートの挨拶をし、クラス中で目立ちたがりの男子の拍手とそれ以外の感情のない拍手が混ざり合う。拍手中、何人かの男子たちがこそこそ話ているのは気がついていたが、雪奈はそれ以上に大きな発見をした。


新居の近くに住んでいた陰キャラ、彼が窓際の席で外をボーッと見つめている。拍手はしないどころかこちらに見向きもせず、明らかに”オーラ”というか”覇気”のようなものはゼロで、力の抜けた様子。昨日の挨拶から察するに彼はクラスに馴染めていないタイプだろうと推察した。そして同時に近所であることをクラスには知られない方が良いと雪奈の中のセンサーが反応した場面でもあった。


雪奈は転校生の特権でクラスの一番後ろという特等席をゲットし、暫くはこの特等席からクラスの様子、特にあの陰キャラは注意深く観察することにした。


このクラスでうまく立ち回るために彼のポジション把握は急務であり、女子にさえも煙たがられているのであれば、自分の家を詐称することもやぶさかではない。


そして最初に抱いた彼への印象は的中した。


昼休みになり、一通りクラスを見ていたが、あの陰キャラはなんと静かどころか今日誰ともこのクラスで話しておらず完全に「ぼっち」であった。授業は真面目に受け、休み時間はトイレに行くくらいであとは次の授業の準備をするガチ勢ぶり。今は一人でしっぽりと昼食をとっている。


またクラスの様子もなんとなく把握できた。女子は相当健全だ。通常クラスという閉ざされた空間にいるとクラス内で優劣をつけやすくそこからカースト制度が勝手に形成されていくものだ。しかしこのクラスはなかなかに仲がよく、誰が上下というのを1日外側から観察するだけでは確認できなかった。もしかすると自分の知らない面倒な派閥のようなものがあるのかもしれないが、そこは今後クラスの人に探り探り関わりながら確認していく方が良い。


一方で男子は分かりやすい。ある程度クラスを牛耳って自由にしている人とその中間でうまく振る舞うもの、あのご近所さんを中心とした陰キャラにうまく別れていた。


中でもトップにいるのが、流川玲(17)という男子とその取り巻きたち。流川だけ休み時間に私に話しかけてきた唯一の男子だった。シャツを出し、髪をワックスで固めたいかにも高校デビューして間もない感がダダ漏れ、所々強い口調と得意げな表情で雪奈の苦手なタイプ。流川は自己紹介をし「元々どこに住んでいたのだ」とか、「なんで転校してきたのだ」とか質問責めの会話だった。転校の理由は流石に”あの事件”について語ることはできないため親の事情と抽象的に伝えた。






そんなクラス内でのポジションをどのように築き上げていくか作戦を立てていると、雪奈の苦手男子に認定された流川とその取り巻きがクラスに戻ってきた。炭酸飲料を何故か片手でシェイクしながら——。


「流川それ下ネタ?」


「ちげーよ」


正直、雪奈は彼らのやり取りに興味がなかったが目を切ることができなかった。炭酸飲料をシェイクする不可解な行動、そして流川の目線はあの雪奈の近所に住む陰キャラへ完全に照準が合わされていたからだ。そしてその時、雪奈は明らかに何か不穏な空気を感じとった。違和感にしては少々大袈裟過ぎるような、だが今の状況からこの不穏さを説明しきることはできないもどかしさ——まるで近くに気持ち悪い虫がいるのにどこにいるのか分からず何も手が打てないような——そんな感覚。


流川はまっすぐ陰キャラの方へ近づいて行き、炭酸飲料を開けた。


プシュッという破裂音ともに当然中身が飛び出してくる。


「うわー!」


すると明らかな三文芝居で驚き、ペットボトルの口を反射的に自分にかかるのを回避して陰キャラに向けた。


炭酸飲料は溢れ、陰キャラにかかる。教室の空気は当然凍った。不穏な空気の正体を雪奈は理解した。なんとなくクラス全員がこの事態を予測していたのだ。皆何も話さず、見てみぬ振りをしてただ炭酸飲料が溢れて陰キャラの弁当を浸す音と取り巻きたちがクスクス笑っている声だけが聞こえる。


「あ! ごめーん守岡くん」


——守岡っていうのか。


初めて陰キャラの名前を知る。


「ごめんね。悪気はなくてさ」


「…」


沈黙のあと、守岡という名の陰キャラは静かに立ち上がり、弁当を持って出ていった。


——虐められている。自分の近所に住む守岡という陰キャラは虐められている。元々関わる気はなかったが、必要以上に注意しよう。


そう感じ、目をつけられないように虐めの現場から目を背けて昼食に集中した。しかしこの虐めは決して他人事ではない——そう自分事と捉えたのはこの後の流川たちの会話だった。


「また帰りなんか仕掛けようぜ」


「待ち伏せする?」


「呪いの町行って?」


「いや、近づき過ぎるとまたハメられるぞ」


——呪いの町。


昼食中、虐めの現場から聞こえた単語に雪奈は畏怖し、同時に順風満帆のハイスクールライフは完全に終息を迎えたと悟った。

最新話更新中↓

(作者)橘湊アカウント:@tachibana3710

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