第4話「Concealer」
■美郷家
・美郷賢二…小学校4年生。美郷家長男
・美郷雪奈…高校2年生。美郷家長女
・美郷百合…美郷家の母親。今はシングルマザー。
・美郷賢雄…百合の父親、賢二と雪奈の祖父。事件に遭い死亡。
——バレる。もう手遅れか…。
賢二は最後の最後にマークを外してしまった詰めの甘さを思い知りながらも慌ててディフェンスに戻った。
「ちょっとママ!」
なんとか梯子から引きづり下ろそうと、いわゆる”ガチギレ”を装った表情に強いトーンで母親に呼びかけ、洋服を引っ張る。しかしマイペースな母親は全く下りる様子を見せない。
「全然先が見えないわね」
母はそのままポケットからスマホを取り出す素振りを見せた。
——まずいまずいまずい。
焦燥感がより一層賢二の口調を強める。
「ママ! 見ないでって言ったでしょ!」
「いい加減にしなさい!」
「——!」
「どんなところだけか見るだけよ。家のことはちゃんと把握しておかなくちゃいけないの! 分かったら先にお姉ちゃんのお手伝い行ってなさい」
——終わった。
思いもよらない強めの口調に母親もプッツンきてしまったようだ。こうなるともう何を言っても通用しない。
「あら?」
「——?」
「スマホ1階に忘れてきたみたい」
母親は梯子を下りた。そして一息ついて、
「もういいわ。ただの天井裏の物置でしょ。ほら、お姉ちゃんの手伝い行くわよ」
こうして母親に背中を押されて賢二も部屋を出た。
母親と一緒に階段を下っている途中、念押しに「天井裏は入らないで」と言おうと思ったがここまで引っ張ると逆に怪しさが増す為、別の作戦を立てることにした。姉の荷物運びを手伝いながら、リビングに置いてあった引越し前の駅で買ったお土産の話題を振ったのだ。それは隣人の挨拶回りのために買った手土産であり、——そもそも隣人など存在しない立地だが、母親は見事に食いついた。そしてそのまま家族3人で森を出た先の近所に挨拶回りに行くことになった。
挨拶回りが終わると、賢二は急いで部屋に戻る。正直挨拶回りは覚えていない。常にもう1人の自分と今後どのように生活していくかで頭がいっぱいだったからだ。それもあって、挨拶を忘れていたせいか住人の1人に怒られてしまったような気がする。
しかしそんなことは気にせず賢二は急いで梯子を登り、スマホライトで天井裏部屋を照らして周囲を見渡す。
「おーい!…いる?」
念の為小声で呼びかけるが聞こえていないのか応答がない。
「おーい!」
もう少し声量をあげたがやはり返事はない。
「いないの?」
「ここだよ」
「——!」
ようやく応答があったと思ったらそれは天井裏からではなく、部屋にあるクローゼットからだった。扉を開け、まるでどこかのタンクトップに蝶ネクタイをつけた、おかっぱ頭の芸人のように顔だけこちらに覗かせている。
「なんでそこにいるのさ」
「だって上汚いし、暗くて…怖いし」
賢二はあまり弱音を見せないタイプだった為、「怖い」という発言には少々驚いたが、話している相手はもう1人の自分。言葉にせずとも見抜かれているという諦めもあって正直に弱音を吐いたのだろうと予想した。
その後2人は話し合うことにした。部屋の扉を閉め、念の為家族の誰かが急に入ってきても手が打てるように、段ボールで扉を塞いだ。こうすれば急に開けられても段ボールが引っかかりすぐには開けられず、その間に隠れることが可能だ。
2人はベッドにあぐらをかいてお互いに向き合った。こうして見ると本当に不思議でたまらなかい。鏡で自分を見るのとは訳が違う。意外とホクロが気になることや目つきが鋭いことなど、客観的に自分自身を見るということを今の賢二は世界中の誰よりもできているかもしれない。
「僕をどうするの?」
——そういえば僕ってこんな声だったのか。
コピーの尋ねに対して、賢二はそんなことを思ってしまった。自分の声が自分ではない何かから聞こえてくる体験はビデオ依頼であり、直接聞くのは当然初めて。そして意外と自分の声は弱々しい少年ボイスであることを知った。
「まずは打ち明けるか考えないとだね」
「誰に?」
「ママたちに言うか、それとも世界中の人たちに言うか…」
賢二はもう1人の自分なんて存在を世界中にバラしたら大騒ぎになると分かっていながらも、隠し続けることに比べたらそっちの方が楽なのではないかとも思った。しかし数秒間を開けて、
「いや、やっぱダメか」
と自分の回答に自分で否定した。
間違いなく、世間にバラせば大変なことになるからだ。それに祖父がこんな場所に隠していたのも気になるポイントだ。
だが、それでも自分が2人になってどう生活していけば良いのか。ずっと家に隠して住むと提案してもそんなつまらない人生提案を目の前の自分はのんでくれないだろう。しかし出ていけと言うのは可哀想だ。
「調べよう」
「——?」
咄嗟のコピーからの提案だった。
「君が何を考えているかはわかる。僕と一緒に住み続けることはできないし、だからと言って追い出すのも気が引けるとか考えているんでしょう?」
——なんで? なんでバレた?
ギクッとしたことが顔に出る。
「そりゃ僕は君だからね。自分がオリジナルの立場だったらって考えたときに出てくる悩みが今の君の悩みだよ」
——そうか。目の前の僕は僕に似た存在ではなく、僕そのものなのだった。
賢二は改めて目の前の自分がコピーされた自分同様の存在なのだと気付いた。
「だから調べよう。あのマシンのこと。あの事件のこと。爺ちゃんのこと。その先にもしかしたら、より良い答えが見つかるかもしれない」
少々自己防衛の意思もあったのかもしれないが、コピーの提案は的を得ている。どっちにしろコピーが言ったことを調べていかなくてはいけない。それならここで一緒に暮らしながら調査を進める方が早く答えにたどり着くだろう。
「そうだね。上手く隠れながらあの機械について調査しよう」
賢二はもう1人の自分の存在を秘密にしてここで一緒に暮らすことを決めた。しかし未だに不安そうなコピーの表情は崩れず追い討ちをかけるように尋ねてきた。
「あのさ…質問なんだけど…」
「——?」
「学校とかはどうするの?」
「え?」
賢二にとって悪魔のような質問が問いかけられた。しかもこれはもう質問ではなくお願いに近い。しかし念の為自分が今考えていることと違うことをコピーが思っているかもしれないと感じ念の為聞き返した。
「どうするのって?」
「いや…ほらちゃんと行く日を分けないと2人で行くわけにはいかないし…」
賢二は相手にしていることが自分なのだと改めて思い知らされた。最初の質問は質問ではなく、自分はコピーとしての存在だが普通にオリジナルの美郷賢二と変わらない生活をしたい、というお願いだ。賢二はさすがにそれはオリジナルの自分だけのものだと思っていたが、コピーされた存在も一人の人間。もしかするとこの世のルール上、人間と認めてはいけないのかもしれないが、生まれたバックグラウンドを除けば身体も心も人間だ。
しかし、片方しか行けないとなったら旅行はどうするのか、運動会はどうするのか、遠足はどうするのか、家でお留守番なんてまっぴら御免だ。
ただこの場においてはもう1人の自分のお願いにどうしても良心が勝ってしまった。
「うん、なら交代制にしよう」
2人は毎日交代制で日々を過ごすことに決めた。1人は通常通り朝起きて、学校に行って、授業を受けて、クラスメイトと仲良くなる。もう片方は部屋に隠れて、機械の調査を進めるなりする。そして家にいる方は、携帯や秘密の部屋の入り口となるネックレスを持つことを約束した。
そしてその夜、2人はインフラ整備に入った。1人が活動している間、もう片方が生活をする拠点。そして2人の秘密基地—-天井裏部屋だ。
整備は難航。秘密基地を作るという名目でまずは雑巾掛けをし、延長コードを繋ぎまくって電気を通し、布団も一旦は使えそうなクッションなどを重ねて簡易的に作った。
一通り終わった頃には今日2度目の疲労困憊が訪れた。なんせインフラ整備といってもコピーには存在がバレないように天井裏で手伝ってもらっているのみ。ほとんどは賢二自身が手配し、天井裏まで運ぶという作業を行った。
その夜、賢二はもう1人の自分と梯子で別れた。明日の担当はまずはオリジナルの方がやることに決め、その代わりに携帯とネックレスをコピーに渡した。ベッドに入ると引っ越しから色んなことがあり過ぎてすぐに睡魔が襲った。
しかし賢二はそれでも遠足に行く前のような高揚感と強い決意を憶えていた。祖父が成し遂げた世紀の大発明。世界中の誰もしらない自分自身の強力な協力者。そして明日からその発明や発明者である祖父のことを調べる。加えて絶対に”あの事件”の真相も暴く。
世界中で自分だけが知っているという優越感と事件の真相を暴くという強い信念のもと心の中で一言唱える。
——ミッション開始。
賢二は今までにないほどに深い眠りについた。
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(作者)橘湊アカウント:@tachibana3710