第3話「Doppelganger」
■美郷家
・美郷賢二…小学校4年生。美郷家長男
・美郷雪奈…高校2年生。美郷家長女
・美郷百合…美郷家の母親。今はシングルマザー。
・美郷賢雄…百合の父親、賢二と雪奈の祖父。事件に遭い死亡。
目を疑った。明らかに自分だ。
何度も瞬きしたが明らかに自分だった。もう1人の自分。自分と同じ見た目の生命体。髪型も顔の形もホクロの位置や着ている洋服まで一緒だ。一瞬鏡にぶつかって、映っている自分をもう1人の自分と勘違いしているという説も考えたが、明らかに自分同様後転して倒れている目の前の自分は自分と違う動きをしている。
賢二はもう火事のことなど一切忘れていた。
「僕…?」
ドッペルゲンガーが話しかけてきた。向こうも当然驚いたような表情だ。
「どういうこと?」
「いや、ベッドに寝転がってレーザー光線受けて、気付いたら変なボックスの中にいて…」
「え?」
どうやら見た目だけではなく、記憶まで一緒のようだ。ただ全てではない。レーザーを受けた後は普通にベッドが元の位置にスライドして戻り、[スキャン完了]の文字を見た記憶は今さっきだから疑いの余地がない。加えてボックスの中にいた記憶は自分にない。
「ボックス?」
「うん、あっちにあったやつ」
もう1人の自分は賢二が向かおうとしていた方を指さす。今は先が煙で見えない。ただどうやらあの電話ボックスの中に彼は気付いたらいたらしい。ただおかしな話だ。急にベッドに寝ていたらいきなり電話ボックスに瞬間移動したなんて。
賢二は今にも混乱しそうだった。ひよこが頭の周りをグルグル周り、訳も分からず自分を攻撃する可能性があるほどに。そして火事のことなど忘れているせいか一旦深呼吸をし、一連の流れを思い出した。
まず自分はモニターを操作し、ベッドに寝転がった。青いレーザー光線を全身に浴び、自分と同じ見た目、ほぼ同じ記憶の存在が目の前にいる。
結果だけ見ると自分が作られたということだろうか。と言うことはあの青い光線は自分のデータを取っていたのか。
そう考えると辻褄が合った。
「もしかして僕がもう1人作られたの?」
「…みたいだね」
コピーされた方の賢二もどうやら同じ答えに辿り着いたらしい。
だがそんなことあり得るだろうか。人間を複製する機械など聞いたことがない。祖父から教わったクローン技術だろうか。しかしクローンは細胞を取らないといけないことに加えて細胞が発達するまでに時間がかかる。こんなすぐには複製できないはずだ。
しかも記憶まで継承されている。
「こんなこと…」
コピーされた方の賢二も混乱しているのか心の声が漏れる。
すると賢二はイレギュラー過ぎる状況に陥ったことで本来まず懸念しなければいけない緊急課題を忘れていることを思い出した。
「——それより火事!」
「火事?」
「この煙!」
大慌てで伝えるもなぜかコピーは冷静にしている。
「いや、それは多分大丈夫。僕の入っていたボックスから煙出てたけど燃えてもいないし、死んでもいないし」
確かに煙はボックスから出ていた。しかも数秒前にボックスの中にいた張本人の証言から出た言葉は信憑性が高い。すると「この煙は火事ではなく、目の前にいる自分を生成する際に出たものなのではないか」という仮説が立ち、それを自分自身が既に手のマスクを外しているにも関わらず全く苦しみを感じないことが立証していると気付いた。
どうやらコピーの人間が出てきたときに出る煙であり人間に取って有害ではないらしい。
そんな火事の心配がなくなり安心した賢二は落ち着いて次の行動に移った。
「とにかく一旦ここを出よう」
コピーも了承して頷く。まだ混乱が収まっていない表情であり、まずは落ち着きたいという心境だったためだろう。
——しかしこんなことがあるのか。今現実として目の前に現れているからこそ、受け入れざる追えないが、自分が2人?そんなことニュースでも聞いたことない。いや、それとも双子が作られる原理はこれなのか?
賢二は目の前の状況証拠ではなく、自分の短い人生経験から論理的に今の状況を整理しようとしたが、不可能だった。コピーもどうやら自分同様まだこの状況が信じ切れていないことが受け取れるように、下を向き、放心状態一歩手前のような表情をしている。
2人は何を話して良いのかわからず無言で階段を登り続けた。そして入り口の天井裏部屋に到着。
「賢二! やかん見つかったけどこれ使う?」
——まずい!
周章狼狽。
天井裏部屋に到着した途端、再び”動揺”の沼に陥れる一言だった。
「ママだ! 隠れないと!」
コピーは何も言わずにこの指示を承諾した。自分自身が2人いるということ=なんとなくマズいことだという思いは共有できているらしい。
「なんでやかんなの?」
「火事だと思って…それよりこの部屋に隠れてて」
賢二はこの天井裏部屋に隠れるよう指示を出した。
「ずっとここにいるの?」
「後で連れ戻しにくるよ」
賢二は大慌てでこの部屋を隠そうと梯子を駆け下り、そのまま畳もうと手を掛けた。
「賢二!」
「——!」
だが手を掛けた瞬間、横を見ると既に部屋の入り口に母の百合が立っていた。
「やかん見つけたけど使う?」
「え?…いや、もう大丈夫。済んだから」
「あらそう…てかこんなところに梯子あったのね。屋根裏部屋かしら」
「ダメ!」
梯子に向かってきた母親を賢二はゴキブリを見つけた時の何百倍も早く反応し、必死で遮った。
「ここ僕の秘密基地。だから誰も入っちゃダメ」
「えー! ママも入れて欲しいな、賢二の秘密基地」
優しくおちょくるように話しかけてきた母親だったが、今の賢二は苛立ちしか感じることができなかった。
「ダメ。ここは僕以外出入り禁止」
秘密基地にしようと思っていたのは本当だし。実際に自分だけの部屋にしたいから嘘は言っていない。
「そう、じゃあ1回だけ見せて! 何があるのかだけ知っときたいから」
母は急に真顔になって半分命令とも取れるような指示を出し、追い討ちをかけてきた。
「ダメ!」
しかしそれでも賢二は遮る意向を変更しない。というよりできない。もう1人の自分がそこにいるのだ。絶対にバレてはいけない。明らかに母親は困った表情をしているがそんなことは関係ないほどに賢二を圧倒的な焦燥感が襲っていた。
「ねぇ、この段ボール運ぶの手伝って!」
——ナイス過ぎる!
聞こえたのは姉からのヘルプ要請。そしてこのヘルプ要請がアメコミ映画のクライマックスシーンで登場するヒーローくらいベストなタイミング。賢二の立場からするとヘルプ要請がヒーローになる矛盾した体験を肌で感じたわけだがこの場においては当然感謝の念しかなかった。
「行こう! お姉ちゃんが呼んでるし」
賢二は母をアテンドするようにその場を離れて廊下に向かった。
しかし歩いて約2秒後、嫌な音がした。木が軋み、何かを打つような音がリズムよく聞こえてくる。
賢二が振り返ると母は梯子を駆け上がり、天井裏部屋を覗いていた。
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(作者)橘湊アカウント:@tachibana3710