第2話「Duplicater」
■美郷家
・美郷賢二…小学校4年生。美郷家長男
・美郷雪奈…高校2年生。美郷家長女
・美郷百合…美郷家の母親。今はシングルマザー。
・美郷賢雄…百合の父親、賢二と雪奈の祖父。事件に遭い死亡。
——この長さからして地下室だ。
賢二が偶然見つけた長い階段は一歩踏み出すと天井にある微かな光が自分のいる場所から徐々に奥に向かって自動で灯されていった。電気が進めと言っているのだ。そしてその行き先は壁に突き当たるとそのまま左に曲がって続いてるのがわかる。
スマホのライトを消したが未だに治らない緊張の中で賢二はゆっくり下り始めた。やがて上から見えていた角に辿り着く。そして曲がった先を見ると階段はさらにそのまま下りに伸び、しかもまた同じくらい降りた先は同様に突き当たり、そして左に曲がって続いている。
賢二はその時理解した。この階段は自分たちの居室と壁の間にあり、その周囲をぐるっと回るようにできているのだと。だから部屋の窓は一部外に出っ張るように空間があったのに外からの形は立方体に見えたのだろう。あの窓の下の空間にこの階段があるのだ。しかもこの家は外から内装が予想できない故にこの階段があることによって生まれている広さのギャップに気付かない。
距離の長い螺旋階段を降りるように賢二は5分ほどかけて下り、明らかに1階を過ぎた頃1つの扉が姿を現した。それは森の中にある古い家からは想像のつかないような、真っ白な扉。研究施設や病院で見るような、除菌が徹底的に施された最新の綺麗な感じのする扉だ。
「——!」
扉に触れるとタッチ式で自動で開いた。そして世界観は一気に変化する。
扉の奥の部屋は白を基調とした部屋で、入ると全体が眩しいほどの白いライトが自動で灯される。急に古びた怪しい家のホラーな世界観からSFの世界観へと様変わりしたのだ。中には入り口から正面の壁際に大きなモニターがある。全体を見渡すと大体学校の教室と同じ程度の広さ、そして入り口から入って左方向には大きい病院にある検査機のようなものがある。ベッドに寝て、何やら筒状のトンネルのような場所にベットがスライドして何かを検査する時の機械——MRIの検査機にそっくりのもの。そして更にベッドの奥には黒い電話BOXのようなものがある。
賢二は迷いなくモニターへ進んだ。
この光景からモニター画面が全てを司っていることが定石なのは小4の賢二でもすぐわかった。よくあるSF映画におけるコントロールルームなる部分がこのモニターだ。
モニターに触れると、画面が光る。
[プラナリアーへようこそ]——[開始]or[終了]。
どうやらタッチ式のようだ。賢二は迷いなくタップ。
[開始]——[スキャン]or[出力]
——-どういう意味だ?
賢二は意味を理解できなかったが、[開始]と同じ左側を押せば何か始まるだろうと安直に決心した。
[スキャン]———[スキャン後にすぐ出力]or[スキャンのみ]
[スキャン]と[出力]がわからなかったのだ。この選択も当然意味不明。さっきと同じ理由で左をタップする。
[オリジナルはスキャン用ベッドに横になってください]
するとこの画面表示と共に何やら大きな機械の起動音のようなものが流れ始める。
[スキャンまで10、9]
そしてモニターではカウントダウンが始まる。
——ベッド⁉︎
何が何だか分からず取り敢えず周辺を見渡すとMRI検査機型のベッドがあるのを視認。しかもどうやら起動音はあそこが音源らしい。
——-あれか?
[スキャンまで8、7]
機械のカウントダウン音が一定のリズムで鳴る。そしてその音に触発され慌ててベッドに向かった。この手のカウントダウン内にミッションを達成できなかった時、起こりうることは予想がつく。もしかしたらこの家ごと吹っ飛ぶかもしれない。
賢二は最悪の事態としてここが爆発してしまう恐怖に晒され、ベッドに急いで駆け寄って横になった。横になると丁度見上げた天井にもモニターが付いていることに気づく。
[スキャンまで4、3]
——ミッション成功だ。
これから重大な何かが始まるにも関わらず、賢二は爆発を防ぐミッション成功になぜか安堵していた。
[スキャンまで2、1]——[スキャン開始]
ベッドが移動し、壁側にある筒状の穴に入っていく。
病院の検査機で見たことはあるが、実際にやるのは初めてだ。賢二はテーマパークのアトラクション開始時のような緊張が生まれ、ジェットコースターの頂上と同レベルにまで一瞬で高まった。
「——⁉︎」
するとベッドが向かう先の筒状の部分——自分の頭が向かっている先には青いレーザー光線が流れていることに気付く。仰向けに寝ていたため理解できたが筒状の上部が光源となりそこから下部全域に渡って降り注いでいた。
賢二はすぐに起き上がろうと反射的に反応したが、とき既に遅し。既に自分のおでこの部分が青いレーザーに接触した。
このまま脳が焼き切られる——そんな被害妄想を膨らませてたものの実際は”無”だった。レーザーを浴びているという感覚など微塵も感じないほどの”無”。どうやらこの光線が戦闘力53万の奴の指から出た光線ではないらしい。
ベッドがさらにスライドし、レーザー光線は、顔、胸部、腹部と下半身に向かって進んでいく。
そして足元まで完全に行きレーザーが浴びせ終わったところでベッドのスライドがストップした。と同時に今度は賢二の頭が何かにはめ込まれていることの気が付く。まるでそのその空間に自分の頭が吸い込まれるようにすっぽりとハマっている。
——今度はなんだ。
正体不明のものが自分の頭を覆っている。賢二はそんな気持ち悪さに必死に耐えながらもじっと耐え忍ぶ。
「…」
クラスの友達にギャグを仕掛けた後とは比べものにならないほどの”間”、そこから生ずる緊張が走る。
そしてこの無の時間を掻き消したその音は聴覚検査のどんな音よりもはっきり聞こえる「ピー」という音だった。ベッドが元の位置に向かって移動し、完全に戻ったときには賢二の頭上に[スキャン完了]の文字があった。
——これだけ?
賢二は大きなため息と共に気持ちが萎えた。祖父は医療機器をなぜかここに置いていた、たったそれだけ。
そんな矢先、大きな風船の空気が抜けるような音がなった。音の方向は左手。慌てて起き上がってその方向を向くと電話ボックスのようなももの中が煙に覆われている。
——まずい!
賢二はすぐに起き上がって部屋を出た。階段を爆走で駆け上がる。入ってきた時の恐怖が嘘のようになるほど、とにかく上を目指した。自分は何かやってしまったのか。もちろん悪意は一ミリもなかったが、それでもトラブルとしか思えない煙が吹き出ていた。
煙から連想されるものは一つしかない。
「みずみずみずみず…」
賢二はぶつぶつ唱えながら、入り口の真っ暗な天井裏部屋にへ到着。そのまま梯子を降りて、自分の部屋を出て階段を駆け下りる。上がって下がってという今までに経験のないルートだ。
リビングに到着すると母の百合が一通りダンボール開け、荷物整理の最中だった。
「賢二! どうしたの?」
「なんか水がたくさん入るものない?」
「水? 何に使うのよ?」
「え? いやちょっと使いたいの!」
「うーん、確かこの辺に…」
「息子の慌てっぷりがなぜ伝わらないんだ」とばかりにゆったりとした手つきで百合は近くの段ボールを探し始めた。賢二は正反対にそこら中の段ボールを次々と乱雑に漁っていく。
しかしどの段ボールも一向に見つかる気配がなく、賢二の脳裏には秘密の部屋の炎がより一層強くなっている姿が目に浮かんだ。そんな時ようやく手に取ったのは小さな洗面台で使用するうがい用のコップ。
明らかにこれでは消化できないのはわかっていたが、自分が往復して少量の水をかけ続け、時間をかせでいる間に母親にさらなる容器を探してもらう作戦に決めた。
洗面台に行き、水を貯める。緊張からこぼす量が食事の時の比ではない。
「そんな小さいので良いの?」
「いいからママはもっと大きいの探しておいて」
賢二はそのまま溜まった少量の水を片手に再び階段を駆け上がる。
———やばい やばい やばい 。
階段を上り切り、自分の部屋に入り梯子を登り、今度は地下への階段を駆け下りる。こぼさないようにゆっくり、しかし早く。
部屋に着く手前で既に煙が溢れ出しているのが見え、水を持っていない方の手で口を抑える。
恐らく全国の小学生で避難訓練が実戦を経験をするのはほんの数名だろう。賢二はその数名に今日入ったのだ。部屋に到着する頃にはもう汗だく。ここまで上り下りしたのだから当然だが賢二は火による暑さだと慌てすぎたせいか、勘違いをしていた。
———とにかくあの電話BOXのようなやつだ。あそこから火が出ているのは間違いない。
賢二は部屋に入って左手のレーザー光線を放つ筒を備えているベッドの奥を目指す。小さな手で必死に口を抑え、目を細めながら微かな視覚情報だけで進んでいく。目の良い賢二だったが視力は今は本当に目の前しか確認できない。
と、その瞬間だった。
一瞬奥から何かと鉢合わせし、ぶつかった。驚きもあって瞬きしてしまった為何にぶつかったのかわからない。
そしてそんまま後ろに転んで尻餅をつき、せっかく運んできた少量の水は自分の顔にかかるおまけ付き。賢二は痛みでしばらくじっとしていようと思ったが何にぶつかったのか、そして火事という2つの恐怖からすぐに目を開けた。
そして目を開けた瞬間、ぶつかったものの正体を知る。
それはスキャンをしたベッドでも壁でも電話BOXでもなかった。
自分がぶつかった正体——-それは自分自身だった。
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(作者)橘湊アカウント:@tachibana3710