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Planarier〜プラナリアー〜  作者: 橘湊
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第1話「Newcomer」

移動するタクシーの中、祖父の形見のネックレスを握りしめながら、美郷賢二は引っ越す新居に微かな希望を抱いていた。


先日、1人の人間が亡くなった。名前は美郷賢雄。賢二の祖父である。死因は自殺。ただ”あの状況”では仕方がない。少なくとも望んではいなかったはず。


祖父は寡黙な男だった。脳科学の研究を生業にし、1日中書斎に籠るのが日課。家族と顔を合わせるのは食事くらいだった。しかし孫である賢二にだけは違った。しょっちゅう自分の書斎に入れては知識を与えた。クローン、サイボーグ、人工知能、人体冷凍保存、パラレルワールド、タイムパラドックス、ブラックホール、ロボット工学、バタフライエフェクト…。この世界の都市伝説と言われる科学の分野から最近現実的になりつつある分野まで幅広く教えてくれた。


ちなみに賢二という名前も祖父が付けた。自分自身の名前から一文字取るなどなんとも親バカ、いや祖父バカとでもいうべき安直な付け方だ。


そんな祖父が死んで約1ヶ月、引越すことになった。”あんな事件”があったのだから当然と言えば当然だろう。引越し先はなんと祖父が所持していた東京の”シオンタウン”という街にある一戸建てだという。母親の百合もまさか東京に一戸建てを所持しているなど知らなかったことにはなんだが怪しさも感じたが大したことではない。


そこに何かヒントがあるはずなのだ。


”あの事件”を解決するヒントが恐らくこの先にあるはずなのだ。賢二は握っているネックレスに目をやった。新居と一緒でこれも祖父が残していったモノだ。改めて見ると不思議な形をしている。まるで人間の耳の端っこだけを切り取ったような、或いは丸まったタツノオトシゴとでも言うべきか。だがこのネックレスと新居。これだけが今賢二の中にある祖父と自分を繋ぐものだった。


タクシーが住宅街の中でも最も奥地でエンジンを止める。新居に着いたのだろう。


街は当初期待していた印象とは大きく違っていた。まずビルがたくさん並んだ場所でもない上に、聞けばどうやらここはもう東京を超えて山梨県らしい。街に入る道路の入り口は少し古いが門があり、「シオンタウン」という名称と花の紋章があったのを覚えている。実際の街は道路の脇に次々と家が並んでいるだけの印象で、住宅街の割に人通りはあまり多くない。いたとしても、タトゥーの身体中に入ったタンクトップの男や人や一人で壁に向かって叫んでいるお爺ちゃんなどあまり関わらない方が良さそうな人ばかり。そして街の端っこは深い森が壁になっている。一見自然あふれる落ち着いた住環境と言えるが、あの森は入るべきではないと誰もが直感で感じる。魔法映画に出てくる髭もじゃ大男の近くに存在する森と似ている。街に不気味さをプラスしている印象しかなかい。そんな街の一番奥、住宅街と深い森に挟まれた道路で車は止まった。


一番街の奥なんて普段の通学が大変そうだ。


賢二がそう感じた矢先に衝撃の一言が飛び出した。


「タクシーだとこの辺までしか行けないですね。この住所だとさらにこっちなのですが…」


「——⁉︎」


タクシー運転手からの言葉に家族3人、数秒絶句した。


そして冗談ですよね言わんばかりに母が切り出す。


「こっち? だってこっちは…」


「いえ、でもこっちですよね?」


運転手はカーナビ、そして自分のスマホでも調べて住所の位置を見せてくれたが間違っていない。「こっち」と言って指差した方向、それは住宅街ではなく森の方向だった。


確かに見ると乱雑に並ぶ木々の間に細い道が森に向かって伸びていることが確認できた。しかし細い道はほんの数メートル確認できる程度で外からではこれを道と認識しない方が自然なレベル。まさに獣道。


しかし賢二だけは冒険をするようなエキサイティングな気持ちもあってか「取り敢えず行ってみよう」と興味津々で真っ先に車を降りて荷物を取り出す。だがやはり姉と母の動きが鈍い。明らかに疑心に満ち溢れた表情だ。


「ねぇ、やっぱり引っ越し辞めない?」


姉の雪奈の口から心の声が溢れる。


「——いえ、まずは行って体験するのも大事よ」


姉とは対照的に百合は自分の本心と逆の言葉で自分と雪奈を諭す。


百合の中でもこの森を進むと聞いて迷いが出たのかもしれない。しかし自分自身が塾考を重ねて出した”引っ越し”という決断。この決断がバイアスをかけ、自分自身にも姉にも「この選択は間違っていない」と言い聞かせる言葉だった。


そしてこの母親の一言が賢二の中では徒競走のピストルの合図が脳内で鳴った用に、体を突き動かして森の中へと進んで行った。


道を微妙に阻んでいる草木を掻き分ける。肌にチクリと刺さるが気にせず前に進んでいくと細い道幅は広がり歩きやすくなった。しっかりと草木のない道ができており、遠足でハイキングをした時の道に似ている。


そして数百メートル進んだ先に新居と思しき建物が見えた。賢二の中の期待感は大きく膨らみ、次第に早歩きから小走りに、そしてダッシュにと変化し新居に到着した。


見ると外壁は全て漆黒のレンガで固められたかのようなデザインで形は見た限りだと立方体に近い。窓は2階と思われる位置に横に細長いものが見られる程度で中の様子は分からない。「暖かい住まいに温かい家族が住む家」なんていうありがちな戸建てのCMは絶対にできないような独特な外観、そして外からでは面積も間取りも築年数も想像がつかない。


近所の子供達から幽霊屋敷に認定されても仕方がないだろう。


賢二は周辺をグルっと歩いて見渡した。四方面どこから見ても真っ黒。しかもいずれにも2階に細長い窓がついており、玄関の扉がある意外は全くどの方面から見ても変わりはない。恐らく高さから2階建、その上に柵があることから屋上の存在は理解できる程度。


1周し終わるとようやく母と姉が到着した頃だった。期待感の薄さと、キャリーケースもあってだいぶ遅れての到着。


「何これ…」


予想通り姉は汚物でも見るかのような表情。逆に既に覚悟が決まっていた母の百合は顔色を変えずに進んで家の鍵を開ける。


賢二の知的好奇心は最高潮に達していた。まだ見たことのない家、祖父の所有していた家、何か秘密の眠った家。母が鍵をゆっくりと開けると同時に賢二は一目散に駆け出し、新居に突入していった。




内見を開始するとやはり家の古さが如実に現れていた。父方の祖父母の家と似た古い焦茶色の木材の匂い、和室に当然のように飾られている掛け軸、トイレや洗面室、キッチンにはどこか冷たさを感じるタイルが敷き詰められている。家の間取りとしては玄関入ってすぐ右手に階段があり、廊下を挟んで反対側にある和室、奥には洗面室、そして一番奥にリビングという造りだ。


階段を登ると折り返して廊下の右手に部屋が2つ。賢二の部屋はそのうちの手前側の一室に決まった。理由は特にない。2つとも広さは同じで強いていうなら窓の位置が違うくらいだ。


しかもこの窓も大して気にならない。そもそも賢二の手の届かない高さ——大人でも女性なら苦労するのではないかと言う位置にあるだけでなく、そこだけ外に出っ張るかのように、反対に中から見ると壁からそこだけ凹んでるかのように空間が一部あってその先に窓がある不思議な造りだ。景色を眺めることもなければ換気するのも一苦労といった感じのため、部屋の優劣など判断しよう気にもならなかった。そのため姉とも珍しく喧嘩にならずに部屋を決めることができた。




内見を終えると今度は引っ越し作業がスタート。業者が運んできた段ボールを開き、それぞれを新居の新しいポジションに配置する作業を賢二は担当した。当然、こんな場所の家に業者も迷っていた。わざわざ道路まで向かいに行き、まずは家を案内するところからだ。


——ここに爺ちゃんが隠した何かがあるはず。


引っ越し作業中、賢二はそんな確信を持って家の探索と掛け持ちをした。和室の古いダイヤル式の金庫、掛け軸の奥の壁、キッチンの床にある備蓄庫、念のため屋上も確認した。だが賢二の期待するものは見当たらなかった。


掛け持ち作業は思った以上に重労働。


「ふぅ…」


部屋に戻ってきて疲労困憊の体を来たばかりでまだカバーをつけていないベッドにダイブさせた。


そしてスマホを取り出し、記録をつける。移動中作ったSNSのアカウント、ここに毎日の記録を書き込んでいくことにしたのだ。SNSにしたのは後々フォロワーの人に相談したりアドバイスをもらえたりするかもしれないので便利だと感じてのことだ。


「——?」


すると見つけた。ベッドに仰向けに倒れ込んでたまたま発見した扉。焦げ茶色の天井の中に一部、銀色——光沢はなくなり限りなくグレーに近い色に縁取られた箇所があり、真ん中には何か取手のような部分がある。


賢二は知っていた。確かおもちゃが動き出すアニメか何かで見たことがある。あの取手に引っ掛ける何かがあるはずだ。見つけた瞬間、身体の疲労は1粒で体力を全回復する天界の豆を食べたかのようにゼロになり、一心不乱に辺りを探すとやはりあった。クローゼットの端、一見すると何に使うのかわからない金属の棒だが、先端が(いびつ)に曲がっていることから「これだ」と確信できた。


早速使用するとまだ小学4年生の賢二でもしっかりと(いびつ)な形と反対側ギリギリを持てば届く距離で、(いびつ)な部分を懸命に天井の取手に引っ掛ける。そしてわからなかったパズルのピースがハマった時のように先端が取手にハマって引っかかる。そしてその快感そのままに思いっきり引っ張った。


すると少々軋むような音とともに天井の扉は開き、その扉の裏側に固定されている梯子(はしご)が賢二の目の前に姿を現し、秘密の部屋の入り口が登場した


「わぉ〜」


賢二は小さく呟いた。屋根裏部屋。いや、この家は屋上があるから天井裏部屋だろうか。


賢二が憧れていたものの一つだ。将来的にこういう場所をを秘密基地にして、自分の勉強や大人になったら研究に没頭するのが夢だったが、今は別の目的が先行している。祖父のことに関する、”あの事件”のことに関するヒントがここにあるかもしれないということだ。


賢二は迷わず、梯子(はしご)に手をかける。そして上り始めると軋み音がリズム良く部屋に鳴り、天井裏部屋まであっという間に到着。しかし覗くまでには少々心の準備が必要だった。何があるかわからない。もしかしたらゾンビなどがいるかもしれない。子供じみた妄想だが、賢二の中ではやけに緊張感が高まっている。そして恐る恐る頭から少しずつ部屋を覗かせた。


しかし、何も確認できない。窓もなければ電気も確認できないため賢二の部屋から漏れる微量の光でほんの数センチ先が見えるのが限界。それ以降は闇、どこまで続いているのかもわからない闇だった。


急に怖くなり携帯のライトをつけて周囲を照らした。奥行きを確認していくと、ほぼ自分の部屋と対応している。しかし隣にある姉の部屋の方向にだけやたら奥行きがあるのがわかる。姉の部屋の天井裏まで続いているのだろう。


そしてその姉の部屋側に伸びている床から少し遠くにある奥の壁を照らすと、まるで謎解きイベントでもやっているかの如く第2のヒントが現れた。この梯子(はしご)と同様に銀色に縁取られた箇所が存在している。


緊張感に耐えながらも賢二は天井裏を突き進むことを決めた。部屋は狭く、身長140cmの賢二が立って天井ギリギリといったところだ。埃っぽい上に小さなゴミ粒が歩いている自分の足に引っ付いてくる心地悪い感覚と闘いながら銀色の枠に到着した。しかし今度は先ほどの梯子と違って取手がない。代わりに小さな穴——人間の指すら入らないほどの狭い穴が代わりにそこにあった。


賢二はその縁取られた箇所を押す、縁の部分に爪を引っ掛けるなどやってみたがビクともしない。次の謎は先ほどのようにはいかないみたいだ。


——落ち着け。落ち着け。


自分で言い聞かせながら目の前の問題について考えた。解く時はまず作成者の気持ちや狙いを読み解く。それがわかれば一瞬で解ける。祖父に言われた教え。クイズ番組などの推理クイズは大体これで解ける。


——なんでこの扉は引っ掛けるところがないのか…さっきと違う点は穴があること。なんで穴がある? さっきは物を使って開けた。同様の法則ならこれも物を使う? そもそもこれを作った人は?…爺ちゃん…爺ちゃん!


アニメならライトのマークが出るレベルで完全に閃いた。既に体の一部のようになっていて忘れかけていたが、重要なキーアイテムがあったではないか。賢二は自分の首からかけて服の内側に仕舞い込んでいたネックレスを取り出した。携帯のライトを照らしてその形を確認する。改めて見回すと閃きが確信に変わる。先端を自分に向けた時の形が縁にある穴と一致していたからだ。


賢二はネックレスの先を穴に差し込み、捻る。すると近年のオートロックマンションでは絶対に聞けない低く、重厚感のある開錠音が聞こえた。

そして鍵を取っ手代わりにして引っ張ると縁取られた部分だけ切り取ったかのように開き、壁の奥に突き進む権利を得た。


ただすぐそこはやはり壁。だが考えてみれば、その通りだ。この先をぶち破って進んだら外に出るはずなのだから。しかし扉のすぐ先は壁でも経路は入ってすぐ左側に伸びていることがわかった。


この時賢二は、昔家の2階に上がるのを恐れていた時のことを思い出した。毎回、特に2階に誰もいないとわかっている時ほど、”知らない誰か”や”この世に存在しない何か”がいるのではないかと思い、登るのを恐れていた。


しかしその当時恐怖と一緒に好奇心があったのも事実だ。お化けや宇宙人がいて仲良くなれるのではないか、今思うと恐怖を打ち消すように

自ら意識的に生み出した感情なのかもしれないが、現在はその感覚に近い。


賢二はそんな当時とは比べ物にならないほど緊張していたがそれでも今回は好奇心が勝利にした。


ゆっくり進み、左側に伸びた道の1歩手前で一度止まる。


「はぁ〜…ふぅ〜…」


体育の授業ではやったことないほどの大きな深呼吸をし、決心を固めた。


「——-はっ!」


超絶ダサく、コメントのしようもない掛け声と共に左側に伸びた道に向かって飛び出して携帯のライトを構える。


するとそこには地上から天井裏部屋までの高さを相殺するように階段が下に向かって伸びていた。

最新話更新中↓

(作者)橘湊アカウント:@tachibana3710

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