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「イッ君みーつけた」


 日が落ち始め、伸び始めた影が地面だけでなく家々の壁にまで届く頃、やっと隠れ続けた最後の一人が見つかった。初めは花ちゃんが鬼で始めたけど、私はいっつも最初のほうで見つかっちゃう。まだ耳は生えてこないけど、この銀色に近い髪は日の光を反射して目立つみたい。だったらって日陰に隠れても、今度は暗い中でもぼんやり光ってるから見つけやすいって言われるし、頭を布で隠しても近くを通る大人の人の怪訝な視線でばれちゃうし。

 そんなこんなで、今日の鬼ごっこの半分は私が鬼をつとめ、やっと全員見つけたところだった。

 イッ君が見つかった事で皆私の周りに集まってくる。美代おばちゃんの姪っ子の音々ちゃん、南の地区に住んでて八百屋の娘の花ちゃん。西の地区で猟師の息子の和君。そして、東の地区で万屋の息子のイッ君。

 皆、よくうちの離れで行われる会合にお父さんやお母さんに連れられて来て、自然と仲良くなった友達だ。

 一人での外出なんて許されなかったし、お父さんお母さんに連れられて外にいっても周りは大人だらけ。子供同士で遊びにいっても良いってお父さんに言って貰えたのだって一年前くらいだったと思う。お母さんはいまだに良い顔しなくて、遊びの前の訓練はいつも厳しくなる。前回は訓練が終わらなくて遊べなかったから、今日は大変すぎたけど頑張ったんだ。


「郁、どうしたんだよ。今日ずっとやる気ないみたいだけどさ。一度隠れたら動かないじゃん」


 今日のイッ君の様子をみて、和君が周りからみると少しきつく質問している。和君は言葉がちょっと乱暴だけど、今のだってイッ君を心配してのことだ。私と初対面の時、和君からちょっと怖い感じに言われた私が涙ぐんで、和君は面白いように慌ててたっけ。


「お姉ちゃん、いなくなっちゃうって」


 視線を上げずに、しゃがんで隠れたままの姿でイッ君が寂しそうに呟いた。

 イッ君のお姉ちゃんとイッ君はとても仲が良かった。二人揃っているときはいつも手を握っているし、和君に冷やかされてもずっと甘え続けてた。そんなお姉ちゃんがイッ君を置いてどっか行っちゃうなんて、なんか信じられない。


「郁君のお姉ちゃん、どっかへ行っちゃうの?」


 花ちゃんの疑問にイッ君は分からないって頭を振った。私たちはイッ君が言っている意味が分からず揃って小首を傾げた。


「お姉ちゃん、結婚するから家から出て行くんだっていうんだ」


 少し声が涙ぐみ始めたのか、震えてるように聞こえた。


「な、なんだよ。結婚するんなら良いことだろ。姉ちゃんが好きなら喜んでやれよ」

「そうだよ。郁のお姉ちゃんが結婚するからってもう会えないわけじゃないんでしょ」


 和君と音々ちゃんどう気遣ったらいいか分からないような、困り顔で慰めのような励ましているようなことを言ったけれど、イッ君は顔を上げずに小さく「でも」って納得出来ないようだった。

 皆が困っている中、私はこれは良い考えなんじゃないかという案を思いついた。


「ねえ、だったらイッ君のお姉ちゃんが結婚する相手を皆で見に行こうよ。イッ君がお姉ちゃんとお似合いだって思えばそれでいいし、だめなら私たち皆でお姉ちゃんを連れ帰ろうよ」

「おー、たまには良いこと言うな」


 和君の隣でうんうんと頷く音々ちゃんと花ちゃん。

 ひどくないかな。

 皆は言い案だと思ったけど、イッ君は今にも涙がこぼれそうになりそうな顔をそうはなるまいとして上に、私たちに向けた。


「お姉ちゃん、どこにお嫁に行くのか教えてくれないんだ。それに、嫁入りするのは今日の夜だって突然だし」


 私たち三人は顔を見合わせた。あのイッ君のお姉ちゃんが結婚するならまだしも、イッ君にどこに嫁入りするのか言わないなんて絶対おかしい。イッ君もお姉ちゃんといつも一緒だったけど、あのお姉ちゃんはすごくイッ君を可愛がっていたのに。


「なんだよ、それなら悩む必要なんてないじゃないか」


 和君の言葉に目尻に涙を溜めながらきょとんと目を見開くイッ君へ、和君はいたづらを考えたときの顔をして言った。


「今日の夜、皆でどこへ嫁入りするのか後をつけようぜ」




「どこに仕舞ったんだっけ」


 押し入れの中をかき混ぜながら目的の物をさっきからずっと探している。家に帰ってからお母さんに帰りが少し遅かった事を怒られたけど、これからの事が待ち遠しくてあまり聞いていなかった。夕ご飯も美味しかったと思うけど、よく覚えていない。お母さんには悪いことしちゃったけれどそれだけ楽しみなんだ。


「あった」


 去年の夏祭りにお父さんに買ってもらった白い狐のお面。まだ耳や尻尾が揃わない子供向けの遊び道具だけど、一昨年まで使ってたお面をお父さんが酔った勢いで踏み潰して、変わりにちょっと飾りの豪華なこのお面をねだったんだ。皆よりちょっと格好良くてお気に入りだ。

 日が変わる前くらいに、音々ちゃんが門の所まで迎えに来てくれるって事だけど、閉じている門をどうするかまでは聞いていない。でも、音々ちゃんは約束破ったことはないから行けばなんとかなるはず。

 私の銀色みたいな髪と白いお面では目立ってしまうから、黒い服を着てから同じ黒服を頭から被る変な格好をして、自分の部屋でずっと時間まで待っていた。待つまでの間に小用は足したし、お父さんが夕食後にお酒を持ち歩いているのを確認した。これでお父さんは早く寝るはずだけど……あとはお母さんか。

 お母さんは何時も遅くまで裁縫しているから、音をたてないように裏の勝手口から抜け出せばなんとかなるかな。後は家の塀沿いに門までいければ気付かれないはず。

 ソロソロ――と廊下を腹ばいになって少しずつ進んでいく。まるで陸で泳ぐ蛙のような格好で手と足で床をずりながら勝手口に向かう。右良し左良し、二人とも気付いていないみたい、今のうちに。

 お勝手口に到着した私は喜ぶと同時に、草履を持ってこなかったことに気付いて落胆した。でも、こんなことでへこたれてる場合じゃない。足が痛くならないように、そっと闘技で足全体を強化した。お父さんに教わった闘技をこんな悪いことに使うなんて後ろめたいけど、それと同時にすごく胸が高鳴った。

 そして、勝手口から外に一歩踏み出した私は、盛大にずっこけた。

 闘技で足を強化してるのをもう忘れて、普通に歩こうとしたら勢いよく顔から地面に突っ込んでしまった。




「ど、どうしたのその顔」


 約束通り門の所に来ていた音々ちゃんは開口一番驚いた顔で尋ねてきた。


「あはは、ちょっと失敗しちゃった」


 バレてないならいいけどってあきれた顔で私の顔や服を払ってくれた音々ちゃんは、よく見ると汗をいっぱいかいて疲れている感じだった。私が不思議に思っていると、門の結界を解くのにすごく苦労したって言った。

 音々ちゃんは前から結界とか強化とかの術が得意って言っていたけど、耳のないこの年でこれだけ出来るんだからすごいと思う。

 私は白いお面を、音々ちゃんは青いお面を被っていざ向かわんとしたんだけど、服を捕まれてまた地面に転けそうになってしまった。


「お嬢さん、音々、一体どこへ行くんだい」


 はい忘れてました、美代おばちゃんは住み込みでした。ゆっくり振り向いた顔に飛び込んできたのは般若でした。となりで音々ちゃんが体全体で震えて全てを物語っています。

 音々ちゃんの肩を両手で掴み無理矢理正面を向かせた美代おばちゃんは、音々ちゃんに詰め寄ってなんで結界を解いたのかと問いかけるけど、音々ちゃんは一向に答えなかった。その変わりに、後ろ手に門の外へ向かって手を動かす。

 私だけは行けって事なんだろうけど、音々ちゃんだけ置いていくわけにはいかないし。

 私は、さらに怖くなった美代おばちゃんが音々ちゃんしか見ていない隙をついて、音々ちゃんを担ぎ上げて外へ向かって全力で走り出した。外へ出たときから展開している足の闘技にもっと力を込めて一気に景色を置き去りにして飛ぶように走り出した。


「おじょ――まっ――」


  後ろから聞こえた声を置き去りにして、街中の道や屋根上を全力で駆け、約束の場所の近くまで一気に風を切っていった。




「ミャン!」

「なにがミャンですか」


 白い毛色の獣が一声泣くと、二人の悪ガキを見送った美代は悪態をついた。


「それじゃニャーンの方がいいかニャ?」

「あなたは本当に生きるのが楽しそうですね」


 美代の足下で背中に地面にこすりつけ気持ちの良さそうな顔をしているミル。だが高い知性を感じられるその眼差しは美代を確かに捉えている。


「口調を戻しちゃっていいのかな。誰かに聞かれてもしらないよ」

「今、この屋敷には誰もいませんよ。だからあなたも喋っているんでしょう」


 ミルは砂遊びをやめ、今度は前足を舐めてそのまま顔に擦りつけていた。


「そりゃ喋る疑似生命なんぞを創ったなんてなったら、あんたが目立って行動しにくくなるでしょ」

「あなたが私の創った疑似生命に無理を通して転生しなければよかった話でしょうに」


 獣の顔に器用に今すぐ殴りたくなるような顔を浮かべ、鳴いているのか笑っているのかわからない音を吐き出すミル。


「私がいなくて寂しかったくせに」

「そうですね、すごく寂しかったです」

「へ?」


 目を見開いて後ろ立ちで固まるミル。その目には美代が映っているのか映っていないのか、目から読み取れる意思からはわからない。


「ぷっ、予想外の事が起こると固まるのはあなたの悪い癖ですよ、直したらどうですか」


 ミルは無言で美代の足を柔らかそうな前足で執拗に叩く。対して美代は全く痛くないようで少し意地の悪い笑顔を浮かべていた。


「あなたがこの頃合いに喋りながら姿を現したということは、私に手を出すなということなのでしょう」


 ミルは背を向けて人がおらず闇へと沈む屋敷に向かって足を向けた。


「さあね。わたしがこのタイミングで来たのはただの気まぐれかもよ」

「あまり外の言葉を使わないでください。ここ二千年の間は里にこもっているので外の事がわからないのですから。それと否定しないと言うことは肯定と受け取りますね」

「私は何も知らなーい、どうぞご勝手にー」




 皆と合流したとき、音々ちゃんがずっとこっちを仮面を付けたまま見ていたけど、非常事態だったんだから物みたいに扱ったことは許して欲しい。


「少し遅かったな」


 黄色いお面を顔の横にずらした和君が私たちを出迎えてくれた。その隣では手に緑のお面をもった花ちゃんがいて手を振って挨拶をしてくる。


「あれ、イッ君は」


 和君はバツが悪そうに、花ちゃんは沈んだ顔で困ったような無理に笑みを浮かべているような感じだった。


「郁君はね、一人でお姉ちゃんの所へ行っちゃったんだと思う」


 思うってどういうこと? 此処に来たんじゃないの?

疑問に思う私と音々ちゃんが顔を見合わせて唸っていると、和君がとんでもないことを言ってきた。


「此処へ来るときに見たんだよ。白無垢のお嫁さんの周りを武器をもった大人達が固めて中央の広場に向かっていくのを」


 中央の広場には民家なんてないはず。それに広場にはいつも大人の人が見張っていて通り抜ける事も出来ないはず。だってあそこには。


「郁の姉ちゃんは狐の嫁入りに選ばれたんだ」


 皆、私の家によく集まっている家の子供だから、知っているんだ。狐の嫁入りに選ばれた女の人はもう戻ってこないって。だから郁君は。


「ま、まってよ。広場に向かうっていっても、広場の少し前には大通りがあるでしょ。そっちに行ったかもしれないじゃない」


 話を聞いた私と音々ちゃんは心がざわざわして、信じたくない思いでいっっぱいだった。音々ちゃんの言葉が本当だったらって私は強く願った。

 でも、そんな願いは首を横に振る和君の言葉で直ぐに砕かれた。


「小春、おまえの父ちゃんと母ちゃんがお嫁さんの行列の先頭にいたんだ。長が先導してるんだ、もう分かるだろ」


 やだ、やだ、やだ、分かりたくなんてない!


(おい、どうすんだよ。こんなとこまで来ちゃって)

(わ、私に言わないでよ。ほっといたら一人でいきそうだったし)

(春ちゃんっていつもは聞き分けがいいけど、一度わがまま言い出したら春ちゃんのお母さんしか止められないからねー。美代おばさんがあやすのに苦労してたよ。ちょうどあそこに春ちゃんのお母さんがいるから頼んでみる?)


 広場に一番近い家の屋根に登り、俺たち四人でおそるおそる顔を出して様子をうかがっている。

 やだやだ言い出した小春を止めることが出来なくて、結局ここまで付いてきてしまった。

 当の小春はふくれっ面をしてじっと広場を見つめている。正しくは郁の姉ちゃんと小春の父ちゃんと母ちゃんか。


(冗談やめろよ。小春の母ちゃんって怒ったらこえーだろ。)


 背筋が一瞬ぶるっとして昔の事を思い出した。大人が飲んでいる酒ってやつがどういう物か知りたくて、皆が離れにいる間に五人で倉の地下に忍び込んで酒盛りした時なんて何回ケツを叩かれたか。生まれて初めての二日酔いも手伝ってもうあれは勘弁してほしい。

 小春に聞こえないようにひそひそ話し合っていた俺たちだけど、結論は早くでた。結局――。


(小春は止めらんねー)(春ちゃん頑固だから無理)(小春ちゃんのお母さんに一緒に怒られよーね)


 要するに俺たちの負けだ。小春が満足するまで付き合うか、小春を一人で放っておくか。一人で放っておいても小春は止まらないし、小春の性格から自分でわがまま言ってることを理解しての行動だから俺たちの仲に影響はないと思うけど。でもやっぱり、ダチとしては放っておけないよな。

 これがなけりゃ小春は文句なくかわいいのにな。


(ちょっと、私たちが隣にいるのに何ずっと春ちゃん見てるのよ)

(小春ちゃんが可愛いのは同じだけどさ、状況は考えた方がいいよね)


 お前らの考えの方が状況を考えてねーじゃねーか。こういう時の女どもってなんでこう怖いぐらいに纏まるんだよ。


「あ、動き出した」


 言うなりいきなり動きだそうとする小春の頭を捕まえて、下に押し戻す。頬が膨らむだけじゃなく口も尖りだしたけど、絶対こいつ何も考えてないだろ。


「なにするの、置いてかれちゃうよ」

「なにするのじゃねーよ。よく見ろよ、広場の中に入っただけじゃねーか。これじゃどこへ行くかまだわかんねーだろ」


 俺の隣で一緒に頷く花と音々を見ながら小春は訳が分からないと首を傾げる。


「皆こそ何言ってるの。早くしないとイッ君のお姉ちゃんが地下への階段を降りてっちゃうよ」


 俺の方こそ意味が分からず小春に問い返そうとしたら、頭をぐいって後ろに引っ張られた。痛てーよ髪の毛掴むなよ。


「ねえ、春ちゃんには何が見えてるの」

「何って、階段がぐるぐる回って下へ続いてるだけでしょ。だから大人達も落ちたら危ないから、いつも見張っているんでしょ」


 俺の髪を掴みながらうーんうーん唸っていないでそろそろ離してくれ。


「もしかしたらそれ、私の家の、橘家の結界かも」


 音々の家の結界って、それやばいだろ。音々の家の橘家って里全体を結界で囲って、外から攻撃されないようにしてるアレだろ。そんなのが里の真ん中に結界を張って見えなくしてるって、どう考えてもやばすぎるだろ。

 事態の重さを感じたのは俺だけじゃなくて花も同じだったようで、ほとんど同時に生唾を飲み込んでいた。


「春ちゃん、急ぎたいのは分かるけど一つ質問に答えて」


 音々が顔を緊張にこわばらせて小春に詰め寄っていく。いつも真面目なやつがさらに真面目になるって、俺たちこれからの話を聞いて良いのか? 逃げようにもまだ髪の毛を離してくれねーし、よく見りゃ花の服の裾を音々がしっかり掴んでて花も逃げられないようだ。てか花、睨むんじゃねーよ。音々が裾を掴んでるから脚がほとんど見えてるんだろ。俺の所為じゃねーし、すぐ目を逸らしたろ。

 緊張感があったりなかったり、俺たちらしいといえばらしいけど、さすがに次の言葉は聞きたくなかった。


「里の外にある山の向こうには結界の柱があるよね。そこより外には何が見えてるの」

「ただ真っ暗なだけだよ。太陽も真っ暗な中からいきなり出てくるから面白いよね」


 音々は花と俺を解放したかと思えば、首根っこに腕を回して無理矢理顔を寄せてくる。その顔は月明かりの中で良くは分からなかったが、青ざめているように見えた。


「三人とも、この話は絶対他の人に、両親や親戚の人にも言わないで」


 とても大変なことだと音々の表情から感じたのか、広場を気にしつつも小春はこちらに体を寄せてきた。こいつ、我が儘なくせにちゃんと分別をわきまえるから良くも悪くもたちが悪い。分別をわきまえたあと、また我が儘をするから結局は悪いか。

 なんで俺こんな面倒臭いやつに――じゃなくて、お前らそんな顔で俺を見るな真面目にやるから。


「馬鹿は放っておくとして、この里の外はね、何もないの。山も空も大地も水も人も獣も」

「ちょ、ちょっとまてよ。父ちゃんと狩りに出かけたとき、西の山の向こうにはでかい渓谷があってその先にも森は広がってたぞ」

「私だって、崖に生える珍しい茸をお父さんと取りに行ったときに、山頂付近から南の彼方に海が見えたよ」


 けなされた事なんて頭からすっとび、俺と花は二人が言っていることと自分達が見てきた事の食い違いに狼狽えていた。


「そうだね。里の外を見た人は一杯居るよ……でもね、結界の外へ出てそこまでたどり着いた人は居ないんだよ。そして、多分だけど里の外を囲っている結界と広場の結界は同じだと思う。私は橘家の次期党首だから小さい頃から色々教わってるの。橘家の結界は里を守ってるだけじゃない、里から何かを出さない為にも存在してるんだって」


 やばい、聞かなきゃ良かった。今の話を聞いて何も考えてなさそうな小春が羨ましい。いや、こいつは最初っから全部見えてたのか。だから俺たちほど動じてないだけか。


「なんていう話だったら面白いよね」


 今までの真剣な顔はどこへいったのか、音々にしては意地の悪い笑みを浮かべて声を殺して笑っている。俺と花は全員に聞こえんじゃないかって位の大きなため息を吐いた。こう言う時に言うことじゃないだろ。

 小春が言っていることだって、あいつは箱入り娘なんだから里から離れて外の景色なんてまともに見てないはずだ。里の外に何もないってのはさすがにありえないだろ。

 気付くと、広場に集まっていた大人達は既に散り散りに帰り始めていた。短い時間だと思ってたけど結構な時間が経っていたのか、それとも直ぐに嫁入りは終わったのか。それを見た小春が音々の襟を掴んで可愛らしい声を出して抗議しながら前後に揺すっていた。音々の見え隠れしそうなあれを見ないように顔を逸らすと、花と目が合って気が抜けたように笑い合った。




 屋根から地面に降りた私達は大人に会わないように注意しながら広場から離れ、それぞれの家路に向かって別れた。疲れたように笑う和君と花ちゃん。それをみて微笑む音々ちゃん。三人の姿が視界から消えた頃、私は元来た道へと歩く方向を変えた。

 広場の見張りをしている大人達が少し離れたところにゴザをひいてお酒を飲んでいた。狐の嫁入りの本当の事を知らないのだと思う、とても嬉しそうにお酒を飲んでいた。大人達の意識は全く広場の方へ向いておらず、今なら忍び込めそうだった。


「おい、こら」


 後ろから声が聞こえたと思った瞬間、頭に鈍い音と一緒に涙が出そうな痛みが襲ってきた。突然の事に蹲って頭を抑えていると、今度は額へ同時に二回軽い音と共に鋭い痛みが走った。今度こそ涙目になって仰ぎ見ると、怒った和君と花ちゃん、あきれた顔の音々ちゃんが立っていた。


「「「予想通り」」」


 和君に左腕を取られて無理矢理立たされると、両ほっぺを痛いくらいに引っ張られた。ついでとばかりに花ちゃんは鼻をつまんで引っ張り、音々ちゃんはまたでこぴんをしてきた。直ぐに開放してくれたけど、まだ痛みが残っていて頬を手で擦っても何も変わらなかった。


「なんで」

「何でじゃねーだろ、こっちこそ何でだよ」


 和君が頭がガシガシ掻きながら、私をきつく見つめてくる。音々ちゃんと花ちゃんも無言で私を見つめてくる。多分、だんまりしててもずっと我慢比べになっちゃうんだろうな。

 私は気付いてても今まで言葉にしなかった事を言った。多分、皆も同じ気持ちのはずだ。


「狐の嫁入りって、行ったらもう帰ってこれないんだよね」


 皆が視線を少し泳がせる。やっぱり皆は知っていた。だからあえて確認のように言ったけど、言葉にした私も言葉に出来ないような纏まらない気持ちになった。

 だって、イッ君のお姉ちゃんは帰ってこないっていうことだから。イッ君がかわいそうだよ。


「私、このままじゃやだ」


 広場へ視線を向けると、相も変わらず地下へと続く階段が見える。さっきは大人達がいっぱい居たから何も感じなかったけど、里の中心でぽっかりと開いた黒い穴。改めて見つめると自分でも間違ったことをしようとしてるんじゃないかと思えてくる。

 イッ君。イッ君はお姉ちゃんを追って下にいっちゃったの?

 私は何かの助けにでもなれる? 泣いてない?


(下に行く言い訳ばかり考えてる)


 私だって皆と同じで行きたくない気持ちもある。でも、それでも行きたい気持ちの方が強いの。


「イッ君やお姉ちゃんがいてもいなくても、奧を覗いたら帰ってくるから行かせてよ」


 皆を私のわがままに突き合わせるのはここまで。私はわがままだけど、だからって周りを巻き込んで困らせるのは望んでない。

 困った顔の三人を見ながら、私は地下への階段が何処から始まっているか探し始めた。


「郁の名前を出すのは卑怯じゃねーか。俺だってダチなんだからな」

「私達だって郁君の友達だよ」


 和君と花ちゃんの言葉に無言で頷く音々ちゃん。


「本当に、奧を覗いたら帰るからな。郁と姉ちゃんがいれば問題ないって事だし、いなかったら俺たちの手に負えねー。小春の父ちゃんに知らせるから怒られる覚悟してろよ。付き合ってやるからゲンコツや平手打ちの一回二回は我慢しろよな」


 和君が意地悪なことをいって私の気持ちを最後に揺さぶってくるけど、私はそれでも行くんだ。花ちゃんと音々ちゃんがゲッソリした顔をしてるけど、何も言わないんだから感謝しなくちゃ。


「皆には穴が見えるの?」


 三人とも首を横に振る。あの音々ちゃんでも見えないって事は、家の門よりもすごい結界ってことなんだと思う。よく見ると広場の周りを緩やかに色を変えながら薄い膜のような物が漂っている。結界は見えてもどうやって入ったら良いのか。大人達がどうやって入っていったから思い出せ。ちょっと見ただけで、音々ちゃんの話で誤魔化されてずっとは見えてなかったけどよく思い出せば分かるはずだ。

 大人達は結界を解いていなかった。解いていれば皆にも見えていたから。

 大人達は何か術を使っている感じはなかった。お父さんやお母さんの中で力の動きがなかったから。

 そういえば、大人達は皆同時に入っていかなかった。ゆっくりと一列で一人づつ入っていった。

 結界をよく見る。色がゆっくり変わる中、完全に塗り変わる数秒間だけ色が消えてる。

 私は色が消える瞬間、手を差し入れて直ぐに戻した。


(手にも結界にも何も異常はないと思う)


 驚いた顔の皆に私は告げた。


「行こう」

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