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 短いけれど、とても長く感じた夕暮れ時が終わろうとしている。

 腰掛けている場所は大地の端で、足を無造作に空へと放り出しながら眼下の光景を眺めていた。

 視界の端には大きく連ねる山々がそびえ、さらに向こう側には巨大な柱の様なものが等間隔に鎮座している。囲うように存在するそれらによって、この異世界はまるで箱庭の様相を呈していた。

 稜線が次第に橙から暗い青に染まっていくと、里の上をまるでなぞるように夕日の朱と夜の帳が並びながらゆっくりと流れていった。

 宵闇に支配された場所では、そこには何もないとばかりに全てが隠され哀愁を感じさせる。

 静かだった。

 ただただ静かだった。

 この異世界にきてまだ二日も経っていない。たったそれだけの時間しか居なかったとは思えないような出会いだった。でも、思い返せば子供達に追い詰められて走り回った町では他に誰にも会わなかったし、今と同じようにとても静かだった。まるで生きているのは私たちだけだと言わんばかりに。

 此処に来て、いつもあの子が近くに居たからこの寂しさに気付けなかったのかもしれない。あの子がいると心がとても弾んだ。ついつい距離を取らなくちゃと意地悪ばかりしてしまったけれど、色んな表情を見せてもらうと心が和らぎ、それを抑えようと必死だった。今更だけれど、あの子からの接触を無意識に拒絶したことは今では正解だったんだと思えた。

 あの子のあの姿を見てしまったとき、私はあの子の姿に心が泣きそうになるほどに引かれ、私の中の黒い泥はあの子を求めるように騒ぎ出した。

 お腹が減ったと言うより心が減ったというか、飢えていた。

 あとはもう途切れ途切れの記憶の中、最後は赤に染まった世界で私が本当に欲しかった物をこの手で壊してしまった。




 なんとなくそうなんじゃないかと思っていたが、想像していた所に捜し人はいた。相手は儂と同じ力を持っているのだ。なら儂が安らぎを感じる所にくるのは必然だった。

 最初から分かっていたのに、考える時間が欲しくて二の足を踏んでいた。このボロボロになった身体で久しぶりに力を使い纏わり付くような疲れを感じているが、これだけ疲れたのはいつぶりだろうか。前々回の時に生まれた贄のときか? いや、あの子は体が幼すぎるときに力が発現したから、押さえ込んで喰らうには苦労しなかったはずだ。そのもっと前だったか。

 いずれにせよ、此度の贄は成長しすぎた。それは儂が望んだこととはいえ、力の受け皿が儂と此度の贄であそこまで差があるとは思わなかった。儂の知識と経験を少しだけ覗いただけであれほどの力を使っていたのだ、力の受け皿としての年齢が晴風と同じくらいなのだから、基本的な力は儂の方が下なのは考えれば直ぐに分かる事だったのに。

 焦った末に息子の言葉で一瞬我を忘れ……あの様だ。あんな顔なんてさせたくなかったのに。全ての負債をあの二人に無理矢理押しつけ、罪悪感に押しつぶされないように目を逸らし続けた儂の罪だ。

 今までどれだけの事をしでかしてきたか、どれだけの命を刈り取ってきたか。そんな儂がいまさら息子に少し言われただけで自分かわいさに選択を誤るなど、反吐がでる思いだった。

 理不尽は変わらずとも、ここまで事態をややこしくしたのは儂なのだ。

 これ以上はもう間違えたくない。間違えない。




 里の中心に螺旋を描きながらそびえる階段の先に空に浮かぶ島があり、お祭りで見かけるような御神輿に似た小さな社があった。もともとは色鮮やかだったと思わせる名残がそこかしこにあるが、今は朽ちかけて色の半分以上は剥がれ落ちていた。

 島の端に腰掛け、足を宙に放りながら羽月が座っていた。目は眼下の里を見ているように見えるが、何も捉えていないようにも見える。

 マガツガミは玉砂利を踏みしめる音をわざと消さないようにして近づいていった。


「やはり此処におったか」


 羽月まであと三歩といった所で足を止め、地面に腰を下ろしながらマガツガミは語りかけた。

 返事はなかったが、羽月の雰囲気が若干硬くなった事を感じたマガツガミは、そのまま語り続けた。


「まあ、なんじゃ。腹が減ってては考えもまとまらんじゃろ。お供え物じゃが食べておけ」


 マガツガミが左の袖口に右手を差し込むと、とても袖の中に入りきらないような量のパンの包みを取り出し、一つを羽月へ放り投げた。


「外の世界でぽぴゅらーな食べ物なんじゃろ」


 羽月がのっそりとした動きで、傍らに放り投げられたパンの包みを取ると、羽月が好きなクリームが多めの薄皮で出来たクリームパンだった。


「それが好きと聞いとったが、違ったか? 儂はこっちの、ゆうめいてんのくりーむぱんとやらが好きじゃがな」


 マガツガミは包み紙から少しずつクリームパンをだしては、小さい口で一生懸命に咀嚼していく。見た目相応の女の子に見える可愛らしさで咀嚼していく姿を見た羽月は、手に取ったパンの包みを開いた。

 んぐんぐ「ねえ、私を殺しに来たんじゃないの?」もぐもぐ。

 クリームパンから口を離しマガツガミは渋い顔をして呟いた。


「さっきの緊張感はどこへいったんじゃ、どこへ。此度の贄は調子が狂うのう」


 あきれを通り越したような表情に変わり、ため息すら吐き始めたマガツガミ。

 そんなマガツガミを見つめて少しむっと羽月は頬を膨らました。


「名前、羽月だよ」

「それ位知っておるわい」


 羽月はさらに頬を膨らませる。


「羽月」

「じゃか「羽月」……むう」


 子供っぽい仕草で見つめ続ける羽月と、まんま子供の姿で困ったような姿のマガツガミ。お互い無言で見つめ続け、ついには太陽が稜線へ沈み辺りを漆黒に塗り替えた。


「羽月。――これでいいんじゃろ」


 根負けしたマガツガミが眉根を寄せながらも言いながら、右の手の平を空に向けると、二人の周囲だけ闇が和らいだように明るくなった。明るいとはいっても光源があるわけではなく、暗くなくなったから明るくなったという表現が合うような不自然さだった。


「何したの? マガツガミちゃん」

「別に大したことはしとらん。想術の陰行に属する……はぁ?」


 間抜けな音が聞こえてきそうな呆けた顔で羽月を見るマガツガミだったが、羽月は意味が分からないようで首を傾げていた。


「マガツガミは畏怖を込めて呼ばれておるだけで、儂の名前ではないぞ」


 少し驚いたような顔をした羽月だったが「そっか、良いずらそうな名前だと思ってちょっと困ってたんだ」とのんきにも柔らかく微笑んでいた。


「先ほどとは随分と態度が違うようじゃな。まるで別人じゃ」


 ほんの少しの時間とはいえ、羽月から感じた印象が最初と今では変わりすぎており、その要因に気付いているマガツガミは安堵した。神殺しの結界の中に今までマガツガミしかいなかったが、同じ存在が二人になってもその効果が現れるものなのか不安だったからだ。


「ねえ、名前教えて」

「断る」


 間髪入れずに即答したマガツガミに目を見開いた羽月は、あきらめずに何度も何度もお願いやおねだりをしてみたが効果はなかった。マガツガミは頑なに首を縦に振らなかった。


「お前を殺す者の名だ、冥土の土産にくれてやる。ってよく言うじゃん、最後になるかもしれないんだから教えてよ」

「なんじゃそれは、意味がわからんぞ」

「最後なのは変わらないでしょ、私は生け贄なんでしょ。それに私、紅葉さんを……だから何をされても、というのは分かってるから」

「紅葉の事は、葉月に直接言うべきじゃ。今、儂に言うでない」


 死を前にして物わかりが良すぎるのではとマガツガミは思った。マガツガミが羽月を見ると少し困った顔をして俯いているが、その表情がいつ決壊するのか不安になる。けれど、例え不安に感じても目的の為に、羽月の為にその仮面を壊さなければと思うとマガツガミは己の過ちをこの場で吐露しそうになった。


「何も知らんで良いのか」


 少し驚き、顔を上げる羽月。マガツガミはつい言葉にしてしまった事に後悔を感じながらも、羽月が自分を呪って消えそうになっている事を看過できそうになくなっていた。羽月達が生まれた時にマガツガミが犯した過ち、それがこの子達を苛んでいる。それでも、マガツガミは止まることが許されない。例え卑しく生き恥をさらしても、目的を果たさなくてはならない。


「名前も一緒に教えてくれるってこと?」


 こんな時でもしたたかな娘だなと関心するが、あの力を抱えて外の世界でどうやって過ごしてきたのかを考えると、まっすぐに育ってくれたとマガツガミは許されない気持ちを抱いた。完全に力が発現したのはこの里に来てからだが、その前から発現しかかっていたのは見て取れていた。だからこそ、里に連れ帰ろうとしたのだから。


「少し長い話になるのでな、寝るようだったら切り上げるぞ」


 マガツガミへ体を正対させ、姿勢を正す羽月。そんな羽月に疲れるからと姿勢を崩させマガツガミは語り始める。


「まず儂の名じゃが――」

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