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 私の左隣に座る先ほどの銀色の美人が小気味よく手をたたき、険悪な雰囲気の私たちを自身に注目させた。

 目の前でぶっちょう面をしている子に負けず劣らずの美人なんだけど、サマーセーターにスパッツという姿が違和感しかない。それに体を動かすたびに柔らかくゆれる胸元を見ると、付けて無いんじゃと思う。あの大きさの半分でも欲しいなと思い、ついつい自分の物に手を当ててしまい、それをにやけ顔の銀髪美人とそっぽを向いてまっ赤になっている金髪美人(?)に見られてしまった。だけど、さっきの反省で予め準備が出来ていた私はなんでも無いことのように微笑んで見せた。

 二人ともちょっと困った顔で微笑んでいるので、表情の選択を間違えたかと思ったけど、それ以上は何も無かったのでとりあえずそれで良しとした。


「ふふふ。少し和やかになった所で自己紹介でもしましょうか」

「まってまって」


 ちょっと横道にずれたけど、さっき以上に見過ごせないことがある。銀髪の上で小さくゆれる柔らかそうな毛質の耳、私がさっきやらかしたかもしれない時に大きく振れていた尻尾。


「言いたいことは分かるからそれも含めてね。私は霊孤の紅葉、見た目が銀色でなんの捻りも無く銀孤よ。見たとおり人間じゃないけど安心してね、別に人間と敵対してなんていないから」


 霊孤で銀孤の紅葉さんは柔らかく微笑むと、いまだに拗ねている目の前の子の方へ向いた。


「この子、葉月の姉みたいなものよ」


 私と同じ名前? 二人は勝手に言わないでの別にいいじゃないのとじゃれ合っている。


「ねえ、どんな字で書くの? 私も羽月だから、栗原羽月。鳥の羽に夜空の月で羽月。今年の春で十四歳」


 好奇心は猫をも殺す、口に出して後悔した。せっかく抑えていたのに、自分から心を崩すなんて。ああ、まただ。私の心が軋むと同時に二人から離れないといけないって本能が訴えてくる。


「葉っぱに僕も夜空の月で葉月だよ。僕は今度の秋、もう少しで十四歳。泣かないでよ、もう怒らないからさ」


 別に私は泣いてない、涙も流れていない。ただ顔を下に向けて二人から逃げようとしているだけ。


「あの、お母さんが心配してると思うから、帰して」


 本当はただ私が二人から逃げたいだけだけど、お母さんを出汁にして帰れないか懇願してみたが、二人は言葉を詰まらせ、私から少しの間視線を切った。とても苦しそうで言いづらそうで、それだけで答えが分かってしまった。


「そんな顔しないでよ。一週間後なら帰れると思うから。一週間後ならまた門も開くし」


 門? 鳥居の先に何も無かったところにあった揺らぎの事?


「うちのお馬鹿な葉月が連れて来ちゃったんだから、一週間後までうちに泊まって行きなさい」


 色々と有り過ぎていつも通りに上手くいかない。こんな時はさっさと寝るに限るんだけど、自分の家じゃないし寝れる状態になるまで我慢しないと……。


「あの――お世話になります」


 無理矢理連れて来られて、帰れないなんて言われたんだ。困った顔で言えば良いだろうと思ったけど、また困った顔で見られてしまった。本当に今日は調子が狂うな――。




 私の一生の中で、まさか本物の五右衛門風呂に入る日が来るなんて思わなかった。釜の中の湯に浮かべた簀の子と一緒に体を沈めながら、今日一日の出来事を頭に浮かべては消していった。銀孤の紅葉さん、金孤の葉月君。私が住んでいた所とはまるで違う世界。本当だったら驚いたりはしゃいだり、怖がったりするんだろうけど……私にそんな事は許されない。だから一週間後まで自分を殺さないといけない。口が隠れるまで湯に沈み、目を閉じて自分に言い聞かせる。

 さて困った。湯から上がり体を拭いたまでは良かったけれど、目の前には浴衣が一着たたまれて籠に中に入っている。手にとって広げてみると、桜色と言うのか薄紅色というのか私的に割と好ましく、サイズもとりあえず羽織ってみた感じだとちょうど良いみたいだった。

 だけど、着付けの仕方が分からない。羽織った後に帯で単純に締めてみたけど、鏡に映った私はお風呂から上がって肌がほんのり朱に染まり、乱れた浴衣も相まって完全に事後だった。あまりの酷さについ今までの癖で引きつる顔を作ると今度は悲壮感が漂い、ひどい意味の事後になった。とりあえず乱雑に結んだ帯をほどき、どうしようかと考える。考えるけど、答えなんて一つしかなかった。ここで浴衣を着ているのは一人だけ。私はその子の名前を呼んで、ここに来てもらおうとした。


「羽月? 入って大丈夫なの」


 別にお子様な体なんて見られてもどうでもいいやと殺した感情のままで返事をして葉月君に着付けをお願いしようとしたら、扉を開けた途端に葉月君が後じさった。自覚はあるけど、そこまでひどい身体かなと思ってしまった。次の授業が体育の授業だったとき、教室で着替えてクラスの男子の前で裸に近い格好になったとき、皆教室から逃げて行ってしまった。

 おっさん、セクハラ、痴女、露出狂――不名誉なあだ名を付けられる出来事の一つだったけど、今回は反省して不特定多数には見せていないんだから大丈夫なはず。

 考え事をしている間に葉月君が私の目の前から逃げようとしていたので、飛びついて逃げられないようにしがみつく。葉月君がまだ早いのなんの叫んでいるけれど、着付けを教えてもらわないとどうしようもない。


「羽月ちょっとやめて、おかしいって! というかなんで僕が逆に襲われてるのさ。逃げないからとにかくやめて!」


 葉月くんの身体からゆっくりと降り、目の前に女の子座りをしたらお尻がちょっと冷たくて火照った身体にちょうど良かった。


「着付けを教えてほしんだけど」


 頭が痛そうに額に手を当てる葉月くん。


「分かったから、紅葉にお願いしてあげるから。その前に前を隠してよ。全部見えちゃってるから」


 わめき散らす葉月くんの声で紅葉さんが顔を覗かせ、へたれへたれとからかい喧嘩が始まった。お互いの頬をひっぱたり、紅葉さんの尻尾を引っ張ったり。夏とはいっても流石に湯冷めしてきた私は、浴衣を脱ぎ捨てもう一度湯につかりに戻った。

 そういえば、葉月君は金孤なのに耳も尻尾も生えてなかったな。




「おはようございます」


 朝起きて自分で着付け直した浴衣を着て、昨日自己紹介をした居間の襖を開けた。ちゃぶ台と言うんだったか、炬燵より少し小さく丸形の机。その上には純和食という様な朝食が用意されていた。

 白米ではなく少しくすんだ色の玄米、鮭の寒風干しにぬか漬けのきゅうりと茄子、豆腐とワカメのお味噌汁。この里の見た目からしたら妥当泣きもするけれど、異世界だと思うここまできて慣れしたんだ食事をとれて、がっかりなの安心なのか。


「いつもはスーパーの半額セールで買った出来合いの惣菜とかで朝食は済ませるんだけどね。それに前回門が開いたときにスーパーレッセイで良い鮭が手に入ったから、今日は羽月ちゃんが居るから少し頑張っちゃった」


 肩が落ちる感覚というのを初めて体験した。異世界まで来てこの生活感あふれる言葉、だけどそんな事を考えている自分はなにか期待でもしていたのか、複雑な気持ちだった。

 穏やかな食後、今度は止めて貰うお礼に料理を作りますと伝え、あてがって貰っている部屋に戻り、渡された新たな和服の袖に手を通す。

 再び着付けがわかりません。

 いま袖を通している和服は大学の卒業式とかでたまに女の人が来ている矢羽根模様の袴みたいだった。色合いは紺の袴に、今着ている浴衣とおなじく桜色の上着(?)と白い上着(?)が一着づつ。袴はズボン型とスカート型があるという事くらいは知っているだけで、だから何という感じで全く着方がわからない。

 あれ……下着は?。


「ひぅ!」


 はだけている胸元に感じた冷たい感覚に自分の体を見下ろすと、葉月君と同じで細くて白い手が私をすっぽりと両方とも包み込んでいた。


「うふふふふふ。安心して、ちゃんと着付けを教えてあげるから」


 いつの間にか後ろから紅葉さんに抱きしめられ、セクハラされていた。綺麗に着付ける為には大きさを把握する必要があるのよと嘘っぽい事を言っているけれど、私のほとんどない胸なんてすぐ分かるんだからやっぱり嘘だなと断定した、触るだけで何もしてこないだけまだましだけど。


「葉月に教えて貰った方が良かったかしら」

「私はそれでも構わないけど」


 あらあらと言いながら、胸から手を離して優しく包み込んでくる紅葉さん。柔らかい銀髪が私の頬にかかって少しくすぐったかった。


「羽月ちゃんが元気になったら、葉月に言ってあげると私は嬉しいな」


 なにがなんだか、意味が分からず何も言えなかった。

 居間に戻ると、同じく着替えた葉月君が静かにお茶を飲みながら待っていた。本当に美人過ぎる女の子にしか見えないな。浴衣と同じで藍色だが、色味は薄く上品な感じがして金髪と調和している。よく神社で見かける神主さんの服装だ。私のスカートみたいな袴と違って、葉月君はズボン型のようだ。私が少しの間観察じみた事をしているとこちらの視線に気付いたようで、一拍おいて微笑んできた。


「えっと……似合うね」

「はぁ」


 見え見えのお世辞におざなりな返事をすると、紅葉さんが吹き出し葉月君に向かって似合わないことするからそうなるのよと嫌らしい顔をしながらからかい始めた。葉月君は顔を朱く染めて紅葉さんに突っかかっていくけど、力尽くで抱きしめられて動きを封じられた葉月君と抱きしめている紅葉さんを見ると、違う世界の人たちに見えた。私にそんな趣味は無いけど、ちょっと位は気持ちがわかるようなわからないような。

 二人が落ち着くまで、ちゃぶ台に置かれている急須から勝手に湯飲みに茶をそそぎ、これからどうなるのだろう、どうすればいいのだろうと考えに耽っていった。

 この屋敷に連れられてきたとき玄関はとても広く、多くは踏み固められた地面が露出していた。確か土間っていうんだっけ、二十畳くらいの内の七割土間で閉められた玄関は部屋に上がる一段高い部分が長くあり、飴色の木材が落ち着きのある艶を出していた。


「さて、一週間とはいえ羽月はここで過ごすんだから郷に従ってもらいます」


 腰に手をあて少し胸を反らしながら私に向かって、威厳らしきものをもって話しかけてくる。胸に少しでも膨らみがあれば絵になりそうなのにな、なんてアホな事を考えながら葉月くんの次の言葉を待っていた。


「羽月、変なこと考えてないかな……ま、まあ、何が言いたいかというと羽月にはここで働いてもらいます」

「良かったわね葉月、これで一番下っ端から卒業ね」

「余計なこと言わないでよ。それに先輩になったって言ってよ」

「あらやだ先輩なんて。後輩なった羽月ちゃんになにをやらせるんでしょうね。まさかこれが征服欲、正攻法じゃなくて邪道で攻めてくるなんて、お姉ちゃんそんな風に育てた覚えはないのに何がそんなに葉月を狂わせたの」


 訳の分からないことを紅葉さんが袖で口元を隠しながら、震える声で悲しそうに嘆いている。


「嗤いながら何言ってるんだよ。と、に、か、く、羽月にはここ『万屋伊茉莉』で働いてもらいます。どんな仕事も請け負うのが僕たちの矜持、楽だなんて思わないでよ」

「そうそう、合唱している閑古鳥を追い払うのは大変なのよね」

「だーーかーーらーー!!」


 裸足のまま土間に飛び降り逃げる紅葉さん、同じく裸足で追い回す葉月くん。少し頬が緩んでいた私は、すぐに持ち直していつも通りを演じた。

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