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第25回電撃で落選した作品です。

この作品は他の作品と連作となっているので、応募に際して削除しましたが再掲することにしました。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

「ほら掴まって」


 むせ返るような青い緑の中、車で麓から二時間程かかる場所、隔離されたような山の中にその社はあった。ここに来るといつも蝉や川のせせらぎ、各々の存在を謳ってくる印が消えていき、目の前の鳥居までくると静寂という言葉でもまだ足りないような、まるで音というものが生き物でここだけを避けているような錯覚さえしてくる。


「羽月、掴まってくれないと入れないでしょ」


 鳥居の前で振り返り、困ったような笑みを浮かべる私のお母さん。今日はほとんどお化粧をしていないのか、いつもより若々しさが際立つ。私の母としては見た目でもう若すぎる。二十歳、いや十代後半といっても通じる程の若さ。今年の春で十四歳になった私と比べるとまるで姉妹にしか見えないと思う。お母さんはいつも歳を誤魔化すようにお化粧をし、お風呂上がりにお化粧を落とした姿は目の前と同じように若すぎた。

 ものごころ付いたときには、お母さんはもう居たから実際はもう少し上の歳なのだろうけど、私とお母さんの関係は、まあ、そうなんだろう。

 いつもより少し多く肺に空気を落とし、ゆっくりと感情ごと吐き出す。

 落ち着いた私はお母さんの少し冷たい手を取り、一緒に鳥居をくぐる。何故かお母さんは手を繋がないで鳥居をくぐるのをすごく嫌がる。もっと小さい頃に言いつけを守らずに一人で鳥居をくぐろうとしたら、涙が出そうな程の力で後ろに引き寄せられ、おトイレが我慢出来なくなる位までずっと抱きしめ続けられた。

 鳥居の外と中ではまるで別世界のようで、夏の暑さ、肌を刺すに飽き足らず視界にも入り込む眩さ、重く纏わり付く空気が置いてきぼりになったように離れていった。

 小さな祠としか形容できない社の周りの掃き掃除が一段落しそうになり、お母さんの方を振り向くと社に大量のクリームパンをお供えしていた。ここってお稲荷さんだったと思うんだけど、毎年毎年大手パン屋が販売している大量生産の物や、有名店のこれでもかという位に妥協をゆるさず作られた至高の物。私としては大量生産でもクリーム多めのパン生地が薄いロングセラーのやつが好きかな。お財布にも優しいし、有名店と違って日持ちもするし。

 この社というには見窄らしい祠には三つの道が繋がっていて、私とお母さんが入ってきたのは表の参道となっている。左の道は神の里へと続く道、右の道は神が現界するのに通る道だそうだ。だからなのか、左と右の道だけ石畳が敷かれて荘厳な雰囲気を醸し出している。


「ねえ、お母さん」


 祠でお供え物をしているはずの母へ振り返ると、いつの間にか居なくなっていた。周囲を見回してもどこにもおらず、一度車に戻ったのだろうか。

 不意に頬を濡らす冷たい感覚に手を這わせると、静かに、でもしっかり主張するようにパタッパタッと雨が降ってきた。空を見上げると雲一つない、夏だからこそ文句の一つも言いたくなるような紺碧の空だった。

 一定のリズムで地を擦る音が耳に入り、そちらを見やるが確かそっちは神様が現界する為の道。神の道に連なるかのように立てられている鳥居の隙間から黒い、黒く小さな私の心の中を引きずり出すような――。


「何してるんだよ! 早くこっちに来て」


 いきなり右手首を強く握られ、後ろに引っ張られる。いきなりの事で体制が崩れて倒れそうになったけれど、強く引かれた右手にかかる力の向きが変わったと思ったら、崩れそうだった体が持ち直っていた。


「早く! 追いつかれちゃうよ」


 引き摺られそうになりながらも、なんとか顔を上げると陽光を綺麗に反射する薄い金の髪に、白い狐のお面、そして夏だからこそなのか鮮やかな青の浴衣が目に入った。


「早く! 早く!」


 左の、神の里への道をひた走りながらお面の子が急かしてくる。そんな早く走れないってば!


『―法・――・鏡―』


 神の里への最後の鳥居、その先は何も無くただ山肌がそびえているだけ。なのに、景色が少し揺らいだと感じた瞬間には、私は見知らぬ場所にいた。




 抜ける青空、空を飛ぶ大きな島と、それを取り囲む様に周囲を遊泳する三つの小島。三つの小島にはそれぞれ地上から見てもわかる大きさの社が建っている。私がいる地上から見えるということは島のほとんどの面積を社が占めているのだと思う。それに、どこから湧いているのか空を流れる綺麗な小川。日差しを受け取り綺麗に反射して世界へと返している水の流れが、目に映る景色を縦横無尽に駆け回っていた。一瞬、空を飛ぶ島へと続いていると思われる宙に浮く階段に設置されている複数の鳥居の影から小さい尻尾の様なものが見えた気がした。

 私の心臓の鼓動に同調する様に一度世界が揺れて、何事も無かったのかのように静けさだけが残った。私は興奮しているのだろうか。良く分からないけど、抑えられてるなら問題ないかと自分を切り替える。


「あいたたた、いくら僕が嫌いだからって乱暴だなぁ、もう」


 不思議な世界に気を取られていて、私をここへ連れてきた綺麗な髪を持つ子の事を忘れていた。地に倒れ伏していた子は、服についた汚れを払いながら立ち上がり私の目をまっすぐにみてくる。いや、見てるんだと思う。お面してるから分からないけど。

 知らない場所、顔の見えない知らない子。少し不安を感じた瞬間、心の中がざわついてこれは良くないと思った。私は目の前の子を不安にさせないように、ひどくゆっくりと息を吸い、さらにゆっくりと息を吐き、感情を吐き出そうとしたら息が苦しくなってむせた。

 呆れを含んだ声音で心配してきた狐のお面の子。ちょっと恥ずかしくなったけど、これくらいなら大丈夫と思って油断した。突然頭を撫でられ、湧き上がる感情のままにその手を思いっきり払い落とした。


「あ、と。そうだよね、女の子の髪を触るのは良くないよね。ごめん」


 手を払った本当の理由とは別の方向に考えてくれた事に感謝し、怒った振りをして歯を食いしばる。この流れのままこの子と別れようと思い踵を返すと、先程と同じく全く知らない世界が視界いっぱいに入ってきて一瞬思考が止まってしまった。

 どうやって帰るの?

 空飛ぶ島、空中を踊る水、そしてまるで時代劇のような町並み。私がさっきまでいた社と同じように静謐を湛えた世界。時間が止まったかのように立ち止まる私の目には帰り道なんて見つけられなかった。


「本当にごめんってば。ちゃんと帰してあげるから心配しないで」


 背後からかけられた言葉に意識を現実に戻されると、私は勢いよく振り向きまた思考が止まってしまった。

 陽光を透過させるような透き通った薄い黄金色の髪。僅かな風にも柔らかくなびき上品さを内包している。優しそうな表情を形作るのは髪色と同じだけれど深く落ち着いた色合いの金眼。眉は細くでもその存在感が均整のとれた造形を際立たせ、それに負けまいと形の良い鼻と薄い唇も己の魅力を主張していた。


「うわぁ、どん引きする位の美人……」


 ついつい正直な感想が口をついて出てしまい、目の前の子は困った顔をしながら頬を少し震わせていた。


「君さあ、自分の顔を鏡で見たことないの。それに僕は男なんだから美人って言われても困るんだけど」


 鏡なんて毎朝髪を整えるときに見ているし、私のチンチクリンな顔だって嫌でも見ている。生まれてこの方モテるどころか男の子達に敬遠されている顔。というか女子にだっていつも睨まれて嫌われている。まあ、そのほうが都合が良かったけど。

 って、男?

 目の前の美人をまじまじと見ても女の子にしか見えない。肩まで伸びた綺麗な髪、きめ細かく日本人には似合わなそうな白い肌。浴衣の袖から見える手と指も細く、例え髪型をショートカットにしても男の子には見えそうにない。

 信じられない。

 うんうん唸る私に「嘘じゃないってば」と何度も言ってくるけれど、信じられなかった私はふいにしゃがみ込んで、視界に入った浴衣の合わせ目を思いっきり左右に開いてみた。

 うっすらと暗い中でも目の前に飛び込んできたのは、クラスの男子達とは全く違うお宝。


「女の子でも男の子でもなくて、漢だねこれじゃ」


 勢いよくしゃがみ込んで私の手から浴衣を離させると、まっ赤な顔で涙目になって睨んできた。どんな顔をしても絵になるなぁ――なんて考えていると「信じられない、何考えてるんだよ」怒ってきたけどこれまた可愛くて全く怖くない。私の頭も撫でられたんだし、少し位なら良いよねと思った矢先、体を浮遊感が襲った。


「どこに居るかと探したら、マガツガミ様の社の下で騒いでいるなんて、罰当たりな」


 金髪の子とはまた違った銀髪銀眼の美人なお姉さんに私たちは小脇に抱えられ、古い町並みに連れ去られてしまった。一応抵抗はしたけど全く抜け出せる気配はなく、一緒に抱えられた子と小学生のように悪口を言いながら進む道程は少し楽しかった。

 駄目だ、せっかく嫌われて距離を置きたいのに自分から近づくなんて。自分を殺せ、いつもの様にもっと自分を殺せ。

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