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第八十九話 時空魔術の必要性

 俺がスカイフィールドに帰還してから早一ヶ月が過ぎた頃――


 ルナの帝都学園入学の手続きが完了を通知する報せが届いた。

 本来なら身分の高い伯爵の子息といえども、これといった実績が無い限りは帝都にて試験を受けなければならない。

 しかし、ルナは【帝都六英才】に入っているという噂だけで試験を免除されてしまった。さすがルナとしか言いようがないが、それほどにルナが注目を浴びているということの裏返しでもある。……なるほど。あの叔父が危惧するのも分かる気がした。


 ――そのせいだろうか? 叔父に談判したルナの帝都学園入学の件は、これまた意外なほどすんなりと要求が通った。

 ただし、ルナから目を離さないことが絶対条件だった。

 まあ、それについては問題ない。元より目を離すつもりなど毛頭ないし、常に【流体魔道】で警戒をしていれば、彼女に近付く殺気はすぐに分かる自信がある。

 何にせよ、ルナの帝都学園入学に関する手続きは恙無く終了した。後は入学式の日を待つだけだ。

 自室にてホッと息を吐く俺の背中に、とすんっ、と何者かが覆いかぶさってくる。


「ねーえ、にいさまぁ」


 ルナだ。

 椅子に座り、用紙に目を落としていた俺の背中に寄りかかってきた。


「ん? 何?」

「えーとですねー……何でもありませんー」

「……え。なにそれ?」

「えへー」


 ルナの楽しそうな吐息が耳にかかる。

 俺が帰って来てからというもの、ルナはずっとこんな調子だ。

 最初は仕方ないかと思う気持ちから好きなようにさせていたが、一ヶ月経った今も変わらず甘えてくる。

 さすがにそろそろやめさせたい気持ちはあるが、しかし、躊躇いもあった。

 というのも、俺がいなってから、ルナは滅多に笑わなくなったらしい。その僅かな笑う時も、ストロベリー姉さんたちが来た時に限っていたと聞く。

 叔父を始め、屋敷の者には一切の笑みを向けることはおろか、喋りかけることすらなかったようだ。

 それを思えば、好きなようにさせてやりたい気持ちもある。


 ――俺が追放されることにより、本当はルナの自立を促すつもりだったのだが、逆にルナの悪い部分……俺以外の者にはとことん冷たいという部分を悪化させる結果になってしまった。どうやら俺が追放されたのは叔父のせいだとルナは考えているようで、さらにはルナにとって屋敷の者は全員が叔父の手下であり、同じく許せないというのが彼女の考えである節があった。

 ……そんな経緯から、この子は下手に一人には出来ないという気持ちの方が大きくなってしまった。

 だからこそ、友達を作ってやりたいという想いが一層強くなる。


「ルナ、喜べ! 遂に君の入学手続きが完了した。これで友達を沢山作れるぞ?」


 そう言うと、ルナは俺の気持ちを知ってか知らずか、こんな風に答える。


「わたくしは別に友達など欲しくはありませんが、兄様が苦心して手配して下さった学校には興味あります。それに、兄様と一緒ならどこへでも行きたいです!」


 ……これである。兄としては嬉しいやら困るやら、複雑なことを言ってくれる。

 こんなルナのためにも、どうにか俺や姉さんたち以外にも、同世代の心を許せる友達を作ってやりたい。切にそう思う。


 ――だが、学校に通うに当たって、一つ懸念すべきこともある。

 ……ルナはこの美貌だ。いらぬ虫が付かぬよう最大限の注意をしなければならない。

 考えてみれば、恐らくルナ程の器量良しはいまい。スカイフィールド伯爵家という良家の出身で、能力は極めて高く、三国一の美少女。

 ……そんなこと考えていたら、余計に心配になって来たぞ……。やっぱり学校なんて行かせるべきではなかっただろうか。

 そんな苦悩が背中ににじみ出ていたのか、ルナが耳元で囁く。


「兄様、何を考えてらっしゃるの?」

「い、いや、何でも……」

「ふふっ、当ててみせましょうか? ルナは誰の元にも嫁ぐつもりはありません。ルナはずっと兄様の妹として生きていきます」

「え……ええっ?」


 い、いや、嬉しいけど……。

 でも、俺のせいで生き遅れでもしたら、どう責任を取ったらいいのか……。

 だが、どこの馬の骨とも分からない奴にルナが弄ばれるなんて……考えただけで吐き気がしてくる。

 ……妹がいるって難しいことなんだな……。それを痛感した瞬間だった。


「にいさま~、大好きです。お慕いしております。ずっと一緒にいてくださいませ」


 いや、そう言ってくれるのは嬉しいけど、そういうわけにもいかないだろ……。

 ………。

 あれ? そういえば俺とルナって血が繋がってなくない?

 だったら最悪、俺が貰えば……。

 ………。

 なんて、その考えは浅はか過ぎる。それじゃあの叔父と同じじゃないか。

 兄を慕ってくれている妹の純粋な想いを、そんなクソみたいな考えで汚してしまっていいのか? 

 否である。

 しかし、だったらどうすれば……。

 無論、言うまでもなく叔父になんか手を出さるつもりはない。その時は、何が何でも止めてみせる。

 ………。

 出口の見えぬ問答に、俺は頭痛がしてきた。

 後ろではルナが俺の横顔にすりすりと頬ずりしている。

 ……それにしても、俺が追放されて帰って来てからというもの、タガか外れたように甘えるようになってしまったな……。

 このまま時が止まれば、嫁に出すとかそういう問題で悩まなくて済むのに……。

 ………。

 本気で【時空魔術】を極めよう。そうすればルナをずっと若いままにしておけるかもしれない。

 それでどうなるものでもないと理解しつつも、そうすると決めた瞬間だった。


 ……ちなみに姉さんは時空魔術を使わなくてもずっとあのままの気がするのは気のせいだろうか?

 まあ、本人の前では口が裂けても言えないが。





評価をしていただきありがとうございます!


次は明後日の21時半ころ投稿予定です。


よろしくお願いします。

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[一言] >「えへー」  天使や。天使がおる。
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