第八十四話 再会と覚悟
……ううむ、まさかこんなに上手くいくとは……。
スカイフィールド邸の廊下を歩きながら、俺は首を傾げるしかなかった。いざとなったらあの叔父と一戦交えるくらいの覚悟をしていただけに、今の状況が逆に落ち着かない。
まだ話が行き渡っていなかったのか、たまに出会う屋敷の下働きの者たちが、俺の姿を見て吃驚の顔を見せる。
以前も親しく話しかけてくれた者たちには「ただいま」くらい言うが、それ以外の者たちには特に何も言わなかった。
そんなわけで何となく気まずい雰囲気の中、屋敷内を歩きつつ、俺はルナの部屋へと向かっていた。
彼女の部屋の前に辿り着くと、また懐かしい気持ちが蘇ってくる。
――どんな顔をして会おうか? これまで散々考えてきたはずの想いをここで再び抱きつつ、しかし、一刻も早く会いたい気持ちが先走り、俺の手は勝手に扉をノックしていた。
コン、コン、と、乾いた音がスカイフィールドの静かな廊下に響き渡る。
が、しばし待っても、何も反応が無い。
すぐに【流体魔道】で気配を探ると、部屋の中には誰の気配もないことに気付いた。
……あれ? どこ行ったんだ?
彼女は基本、この屋敷から出られないから、どこかにはいると思うのだが……。
取りあえず俺は、以前、ルナとよく一緒にいた空中庭園の方に足を向けてみる。
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空と緑の庭園――
そこは以前と寸分変わらぬ景色が広がっていた。
真っ先に思い出すのは、仲間たちと契りを結んだあの時の光景。
そして、ルナに魔術を教えたあの日々――
――その庭園の北側、広い草原となっている場所で、座り込み瞑想を行っている一人の少女の姿が目に入った。
綺麗な金の髪を両側頭部で二つに結び、長いツインテールが緑の地面の上に垂れている。
驚くべきは、その内包された魔力。とんでもなく大きな魔力の渦が、まるで嵐のように体内で渦巻いていた。
その子は俺の気配に気付いたのか、立ち上がり、こちらを振り返った。
――瞬間――息が止まる。
長いまつ毛がぱっちりと開いた瞳を飾り、薄い紅が差した小さな唇。
絵画の中でさえ見たことがないほどの、絶世の美少女。
小柄であどけなさはあるものの、そのあまりの美しさに、俺は息をすることすら忘れていた。
だが、忘れもしない――
成長はしているが、その顔はまさしく……。
「ルナ……」
「に、にいさま……?」
彼女の方も驚きに目を見開いていた。
しばらく、俺たちはただ互いを見つめ合った。
何も喋ることが出来なかった。
だが、やがて、ルナが一歩前に踏み出す。
「にいさま……」
俺は泣きそうになるのをグッと堪え、笑う。
「ルナ……ただいま」
ルナがこちらに向かって駆け出した。
「にいさまーっ!!」
ルナが俺の胸に飛び込んできた。
その懐かしい温もりに、俺は込み上げてくるものを止められない。
「にいさま! にいさま! にいさまぁ……!!」
耳元でルナの泣きじゃくる声が響く。
俺はルナを強く抱きしめて応える。
――まだ交わした言葉は少ない。それでも、ああ、帰ってきて良かったと、心から思う。
理解していたはずだった。しかし、この温もりを、こんなにも愛しいと感じる……。
「おかえりなさい。おかえりなさい。ずっと……ずっと、待っていたんですから……」
ルナの声が震えていた。
――俺はどれだけ酷いことをしていたのだろう? そんな罪悪感が溢れる。
彼女のためだと思った。でも、それ以上の仕打ちをしてしまったのだと俺ははっきりと自覚した。
「ごめん……」
ルナが首を振った。柔らかな髪が俺の首筋をくすぐる。
「兄様は何も悪くありません……」
「でも……」
「これからはずっと一緒にいてください……」
その心からの言葉に、俺は一瞬答えるのを躊躇った。
彼女が心底そうして欲しいと思っているのは分かっている。
だからこそ躊躇った。それは下手をすると依存になってしまうからだ。
――だが――それでも――
俺は首を縦に振った。
「分かった」
依存になってもいい。ルナにこんな辛い想いをさせるくらいなら、それが何だと言うのか。
彼女が本当に辛い想いをするくらいなら、そのくらいの覚悟と業くらい背負ってみせよう。
「これからは、ずっとルナと一緒にいる」
それだけで、そう答えただけで、ルナが心から安堵したのが肌を通して伝わってくる。
「にいさま……」
彼女の涙が俺の首筋に流れたのが分かった。
俺は、これまで以上に彼女を守っていく決心をした。
これまでとは比べ物にならないほどの、覚悟を込めて。
誤字報告ありがとうございました!
次は明後日の21時半頃投稿予定です。
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