第七十九話 中華大国の人々
クロから受けたダメージにより昏睡した俺だったが、意外と早く回復し、翌朝にはけろりとしていた。
あれからオキクがすぐに俺を王宮まで運び、腕の良い回復術士に見せてくれたらしい。
どうにか傷は塞がり、体力の方も一晩寝たらあっという間に回復した。
傷自体はかなりのものだったので、それからも回復術士に定期的に回復の魔術をかけてもらい、自分でも回復魔術をかけ続けている。その結果、今はもう傷痕すら消えている。
であるのに、目が覚めて五日経った今もまだ俺は病室に縛り付けられている。
医者が大事を取って十日は絶対安静だと宣告したせいだ。俺はもう大丈夫なのだが、医者の宣告のせいで、病室から抜け出そうとすると色々な人から怒られるので出るに出られない。
中でも一番怒っていたのはファラウェイだ。
実は俺は彼女に黙ってクロと戦いに行ったのである。
「それだけでも重罪ネ!」とお怒りなのに、その上、深い傷まで負って帰ってきた俺に心底怒っている様子だった。
しかし同時に、同じくらい心配もしてくれていたようで、「もう二度と危険なことはしないで欲しいヨ」と泣きそうな顔で言われた時には胸が痛んだ。
俺が約束するとファラウェイはやっと笑顔を見せてくれて、夜になるとこのベッドに眠りに来るようになった。……いや、おかしいだろ。
そのファラウェイだが、今は第一王子派の取り込みのために激務に追われている。
彼女は隙があればこの部屋にやってくるけど、その度に爺さんや張真将軍に連れ戻されていることから、その忙しさがよく分かる。
そんな忙しいファラウェイではあるが、夜は普通にこのベッドに眠りに来るものだから困り果てている。
もう一つ。
あの第一王子だが、王位継承権のはく奪と一ヶ月の謹慎処分だけで罰は済んだそうだ。
彼自身、クロに騙されていたこともあり、対立していたファラウェイが彼を庇ったこともあって、それだけ軽い刑罰で何とかなったらしい。
一応俺もあまり重い処分はやめて欲しいという意志表示はしておいた。政治家としては優秀な男であることは知っていたし、何よりファラウェイが悲しむ姿をもう見たくなかったからな。
――で、その第一王子のタンヨウだが、何故か俺の病室にいる。
彼は俺のベッドの脇の椅子に腰かけて、熱心に政治書を眺めていた。
そんな彼に俺は声を掛けずにはいられない。
「……あの、なんでいるの?」
そう言うと、顔を上げたタンヨウはさも心外と言わんばかりに整った顔を歪ませた。
「無礼な! せっかく見舞いに来てやってるのに、なんだその言い草は!?」
……これである。
どうやら彼自身は見舞いに来てくれているつもりのようだが、何かあるとすぐに怒鳴って来るので扱いに困っていた。
しかもかなりの頻度でこの病室にやってきて、その上、長時間居座るのだ。
恐らくこの病室にいる時間が一番長いのは、当人である俺を抜いたら間違いなくタンヨウである。
しかし、さすがにうんざりしていたのが顔に出ていたのだろう、タンヨウはばつが悪そうな顔で叫んだ。
「し、仕方ないだろ!? 誰もいないと、さすがに哀れだと思って、僕は仕方なくここに居てやってるんだからな!?」
タンヨウは頬を紅くしてプイッと顔を背けてしまう。
……おいおい、ツンデレかよ。何故か悪くないと思ってしまった俺は意外とヤバいのかもしれない。
ただ、今のタンヨウのセリフには些か語弊があった。
「……誰もいないわけじゃないんだけど……」
「は? 僕以外の誰がいるんだよ?」
「オキクがいるよ」
「は? どこに」
「天井裏に」
俺が天井を指差すと、タンヨウの視線もそちらを向く。そこには普通の天井しかない。
だが、唐突に声が降ってくる。
「坊ちゃま、何を普通にバラしているのですか? これでは護衛の意味がないではありませんか。それに忍者の居場所を教えるなど言語道断。殺しますよ?」
ついでに殺気も降ってくる。わお、相変わらずいい殺気を放ちやがるぜ。ちびりそう。
あともう普通に忍者であることを隠す気はないのかな?
そんなことを考えていると、タンヨウがオキクのセリフに激昂する。
「護衛だと!? ふざけるな! 僕がこいつに危害を加えるわけがないだろう!?」
「外野は黙っていて下さい。殺しますよ?」
ついでにタンヨウにも殺気が降ってきた。一般人である彼には耐えられず、既に白目を剥きかけている。可哀想だからやめてあげて?
というか第一王子に対しても普通に容赦なさ過ぎだから。
そんなわけで、今日もまた益体もない時間が過ぎていく。
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結局、オキクの殺気に耐え切れなくなったタンヨウは早々に逃亡した。去り際に「これで終わりじゃないぞ! また来るからな!?」と喚いていたが、彼は普通のトーンで喋ることは出来ないのかな?
そんなわけで天井裏のオキクを除いては病室に一人になった俺は、ベッドの上で日課の瞑想に励んでいた。
瞑想しながらも思い起こすのは、やはりクロのことだ。
――そのクロだが、世間的には実は俺が倒したことにはなっていない。
そもそも【魔力ゼロ】である俺に戦闘力があることを知っている者はほとんどいないし、その上、『黒の軍師』自身に戦闘力があることを知っている者があまりいなかったからだ。
一般的には、悪だくみを暴かれたクロが勝手に逃亡したことになっている。
それでいい。俺はまだ魔術が使えることは公にしたくないからな。
逃亡したクロだが、俺の勘では恐らく『偉大なるあの方』の元へは戻っていないのではないかと思う。だから『裏』の者たちに俺の素性はバレないと考えている。あくまで勘ではあるが、何となくそんな気がするのだ。
そんなわけで、俺はいつも通り、世間的には【魔力ゼロ】である。
ただ、何となく、この国の人たちの俺に対する態度が変わったとは思う。病室から出ていないが、何となくそれを肌で感じていた。
もっとも顕著に変わったのは、最初から好感度が高い方だったこの国の王族たちだ。彼らは俺がこの国を救ったのだと考えているようだ。
その中でも特に好感度がマックスに振り切れたのが中華大国の現王である項大然だった。
大然さんは俺が命を懸けてこの国を救ったことにいたく感激していた。国に仕えているわけでもないのに、報酬も求めず、ただ、皆のために動いた俺のことを。
余程気に入られたみたいで、大然さんは王であるにも関わらず、頻繁に俺の病室を訪れては士官の話を持ちかけてくる。
その待遇は異例で、元いたスカイフィールド以上の領地が条件に盛り込まれていた。
「もちろん将来的にはこの国を任せるつもりだ。どれでも好きな娘を嫁にくれてやる。正妻はニャンニャンでいいか?」などとぐいぐいこられるので正直参っている。
だが、俺は別に見返りが欲しくてクロと戦ったわけではない。ただ、ファラウェイが悲しむところを見たくなかった。それだけなのだ。
それに――俺はそう遠くないうちにこの地を去らねばならない。スカイフィールドに帰らなければならないのだ。
これ以上、この国に深入りするわけにはいかない。
俺は複雑な想いをない交ぜにしながら、決意をあらためるしかなかった。
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