第七十六話 【時空魔術】
クロの放った黒球は俺の目の前まで来た時、ひゅん、と、何の予兆もなく消え去った。
それを見てクロがぽかんとした目をする。
「は?」
……ふぅ、取りあえず上手くいったか。
ほんの一瞬の出来ごとだったので、クロも何が起きたか分からなかったに違いない。
それについて俺は敢えて何も言わずに、余裕の表情を見せてやる。
「どうした? それで終わりか?」
煽ると案の定、プライドの高いクロは怒りの目を見せた。
「貴様……どんなカラクリがあるか知らんが、ならば、これはどうだ!」
再びクロの体内に膨大な闇の魔力が渦巻く。
俺は何もせずに、黙ってその様子を見ていた。
やがてクロの両手に闇の力が集まっていく。先程よりもさらに膨大な闇の魔力。
……いいぞ。せいぜい魔力を無駄に消費してくれ。
あいつは強大な魔力を内包してはいるが、俺と違ってその魔力量は有限。ならば、とことん使ってもらった方が俺としては都合がよい。
だが、クロの練っているあの魔術の様子では、今度はさっきと同じ手は使えそうにないな……。
――じゃあ、もう一つの手でいくか。
俺は内心で対策を決めると、クロの魔術が完成するのを待った。
間もなく、クロは両手に溜まった闇の魔力を解き放つ。
「闇よ! 黒き波動よ! 我が前に立ち塞がりし敵を撃ち滅ぼせ! 食らえいっ!! ダークネスウェイブ!!」
クロの両手から解き放たれたのは、凄まじい闇の波動だった。
闇の波動は地面を、そして空気をも飲み込み、侵食しながら俺へと迫る。
先程の小さな黒球に比べて、今度の魔術は広域殲滅型の大魔術だ。
……やはり先程と同じ手は使えそうにないな。
俺は冷静に分析しながらも、ある魔術を行使する。
一方、闇の波動は全てを削り、全てを侵食しながら、俺のいた場所すらも飲み込み、それでも飽き足らず後ろにあった湖さえも削り取っていく。
湖の水が……いや、湖そのものが、真っ直ぐ、闇の波動が通った道に沿って消滅していく。闇に飲み込まれ、本当に物量そのものが無くなっているのだ。
そんな凄まじい大魔術は、通った後の物を一切、削り取っていた。
「はあ、はあ……!」
クロの息切れの音が響く。
それと共に、削り取られた地面からも、チリチリ、シュー、と小さな異音が鳴っていた。
湖には削り取られた部分に水が戻らないという異様な光景が広がっている。
そんな中、俺はまったく違う場所で額の汗を拭っていた。
「ふぅ」
「なっ!? な、何故貴様がそこにいる!? いつの間に!? どうして無事なのだ!?」
クロは仰天していた。
無理もないか。俺はクロから見て真横――九十度直角に移動しているのだからな。
……それにしても凄い魔術だった、クロの闇の魔術は。
あれほどの魔術、見たことが無い。
食らえばそれこそ、跡形もなく消えていたことだろう。
「凄いね?」
「舐めているのか、貴様ッ!?」
あ、しまった。心の中で考えていたことをそのまま口に出してしまった。
ちなみにこれは前世の時の悪い癖だ。考えていたことを説明なしに結論だけ口に出してしまい、相手を混乱、もしくは今のように逆上させてしまうというコミュ障必須の断言スキルである。前世の時、これのせいでどれだけクラスメイトの神経を逆なでしたことか……。
閑話休題。いや、閑話休題にもなってないか。
取りあえず今、俺が何をしたのかというと、【時空】の【纏い身体強化】の魔術を使ったのである。
一回目は【次元】を操り、二回目は【時】を操った。
もっと詳しく言うと、一回目は【異次元】に黒球を消し飛ばし、二回目は【時】を操って自分の周りの時間の進みを遅くした。
……いや、この言い方は良くない。厳密には自分の時間を早くしたのだ。これは小さいようで、大きな違いだ。
ちなみに【次元】を操ることはほんの一瞬、それも止まった状態でしか使えない。
そして【時】を操ることは、ほんの僅かな時間しか使えない上に、あまりにも細かい魔力コントロールを要求されるため、攻撃中は使用できないし、攻撃にも使用できない。つまり、移動にしか使えないものだった。
それと、【次元】で使ったのはアイテムボックスの疑似空間とは違う、本物の【異次元】である。
疑似空間は容量も決まっており、持ち手の技量以上の大きなエネルギーのある物を入れることが出来ない。
――しかし、異次元は違う。文字通りまったく違う次元に飛ばしてしまう。
つまり理論上、【次元】を展開している最中は無敵といえた。
だが、これはこれで色々とデメリットがある。説明が長くなるので、ここでは言及しないが。
何故か【次元】も【時】も、【時空魔術】はそのまま普通の魔術として操ることは出来なかったが、【纏い身体強化】に乗せると使用することが出来た。本来は逆なのだが、どうやら【時空】に関しては他の属性とは違い、そのまま使おうとする方が難しいらしい。本当に奇特な属性である。
と、まあ、ここまで考えておいてなんだが、俺はクロに説明する気は一切なかった。
だが、さすがと言うべきか、クロは気付いたようである。
「ま、ま……さか、そんな……!? き、貴様、まさか、偉大なるあの方と同じ時空魔術を……!?」
……偉大なるあの方と同じ?
おいおい、ウソだろ? 俺の他にも時空魔術を使える人がいたのか!?
ちょっと待て。色々と教えて欲しいんだけど……。
でも、こいつの関係者か~。ないな。
えー、マジかよ。せっかく時空魔術の師に巡り合えるかと思ったのに、こいつの言う『偉大なるあの方』って絶対ロクな奴じゃないじゃん。
「勘弁してよ」
「何がだ!? やっぱり舐めているだろ、貴様!?」
あ、しまった。またやっちゃった。
まあ、それはいいとして、どの道いずれはその『偉大なるあの方』に会わなければならないだろう。何故ならそいつが『裏から世界を操り戦争を起こしまくっている張本人』なら、絶対に放置しておくわけにはいかないからな。
俺はこの世界が好きだ。好きな人がいっぱいいる、この世界が。
「偉大なるあの方の居場所を教えて欲しいんだけど」
「言うわけないだろ、たわけが!」
やっぱりそうだよね。こいつの心酔振りを見る限り、死んでも言わないだろう。
だったら――こいつだけでも止める。
こいつはここで逃すわけにはいかない。何故なら俺の力を『偉大なるあの方』とやらに知られるわけにはいかないからだ。
知られれば最後、必ず刺客を送ってくることだろう。そうすれば自由に動くことが出来なくなるし、最悪、俺の大事な人に魔の手が伸びる可能性だってある。それだけはさせるわけにはいかない。
だから、こいつはここで倒す。
「最後に一度だけ聞くけど、クロ、考えを改める気はないか?」
「ふざけるな! 我らが理想、そのような戯言で翻す程軽いものではないッ!!」
「そうか……」
「こちらも最後にもう一度問う。我らの仲間になる気はないか?」
「それはもう断ったはずだろ?」
「……残念だ」
「まるで俺を殺すことが確定しているような言い方だな?」
「我が目は節穴ではない。貴様、先程の【時空魔術】をしばらく使えまい?」
……見抜かれていたか。本当に凄い奴だ。
【時空魔術】は多大な集中力を要するため、連続では使用できない。今、二連続で使用しただけで脂汗が出ている。集中力を使い過ぎたのだ。
だが、それは向こうも同じだ。
「あんたこそ、さっきのような大魔術はもう使えないだろ?」
今のような大魔術を連続使用できないのは向こうも同じである。
むしろ魔力を大領に消費した分、クロの方が一気に不利になった。
それこそが俺の狙いだった。
しかし、奴はそれを分かっていない。
「【時空魔術】を使えない貴様など、あのような大魔術を使わずとも敵ではない」
……それはどうかな?
俺とクロは共に、ジリッ、と足を鳴らす。
再び戦闘の火ぶたが切って落とされようとしていた。
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