第六十八話 新しい力の兆候
婆さんVS玲さん。
その戦いは玲さんの方から仕掛けることで始まった。
――距離を詰めての右の錘での刺突。
が、驚いたことに婆さんはそれをあっさり躱していた。
しかも、玲さんの突き出した錘の上に婆さんが乗っているんだが……。
「こんなものかい? 本気でかかっておいで、玲」
「さすがです。ババ様」
玲さんが左手の錘を振るうと、婆さんはひょいと飛んでそれを躱し、空中でくるっと回って玲さんの後ろへと着地する。
玲さんは髪の錘で後ろへと攻撃を仕掛けるが、婆さんはそれも簡単に躱してしまう。
そこからも玲さんは錘による連続攻撃を仕掛けまくるが、婆さんはひょいひょい避けていた。
婆さんの動きにはまったく危なげがない。
こう言っちゃ悪いが、あんな枯れ枝のような老婆に当たろうものなら、一発で昇天してしまうに違いない。
それなのに全然心配にならないなんて、それだけ婆さんの力量が凄いからだ。
やがて婆さんは避けることに飽きたと言わんばかりに、錘を掻い潜りながら玲さんの懐に入り込むと、八卦掌【魔掌底】を玲さんの胸に叩き込んだ。それで弾かれるように玲さんの体は後ろへと吹き飛ばされる。
辛うじて体勢を立て直した玲さんは、地面に倒れることなく、踏みとどまっていた。
胸当てから白煙を上げながら、玲さんが呟く。
「さすがババ様……普通に戦ったのでは勝てそうにありませぬ」
玲さんの眼つきが変わる。
「悪いが、本気の本気でいかせていただく」
「ふんっ、初めからそうすればいいんだよ」
「では、遠慮なく」
【流体魔道】の目でじっと視ていると、玲さんの身体強化の魔術の質が変わっていくのが見て取れた。
……なんだ? あれは……水?
そう、玲さんの魔力の質が覇気の塊から水の様なものへと変わった。
――いや、実際玲さんの体が薄い水の幕に覆われていく。
まさか……あれはストロベリー姉さんと同じ!?
ストロベリー姉さんも本気を出した時、自らの体を紅い雷で覆っていた。そして、その時は普通の身体強化以上の力を出しているように見えた。
今の玲さんはそれとまったく同じことをしているように見える。実際、玲さんの魔力の質は上がった。質が変わっただけでなく、出力も上昇しているのだ。
「では、いきます」
再び玲さんから攻撃を仕掛ける。
三刀流の錘による攻撃。
出力が上昇しただけあって、スピードも体の動きのキレも上がっている。
それでも婆さんは攻撃を躱し、玲さんの懐に入り、今度は抜き手を放つが――
婆さんの攻撃に合わせるようにして玲さんが体を逸らした……いや、自然と体が逸らされた?
結果的に婆さんの攻撃は掠ったように見えたが、玲さんは無傷だった。……バカな、掠ってもかなりのダメージを食いそうな抜き手だったのに……。
とは言いつつ、俺は何となくそのカラクリに気付いていた。
……あの水のような身体強化の魔術――あれのせいで玲さんの動きが水のように捉えどころがなくなっていた。
そしてダメージが無かったのは、玲さんの体を覆っている薄い水の膜のせいだ。
玲さんは捉えどころのない動きのまま攻撃に転じ、婆さんを徐々に追い込んでいく。
――やがて、玲さんの両手の錘が婆さんを挟んでぴたりと止まった。
「わたしの負けだよ」
婆さんが言った。
俺は言葉が出なかった。まさかあの婆さんに勝ってしまうとは……。
それに、あの水の身体強化の魔術。あれは……。
「いえ、ババ様の全盛期にはまだ敵いませぬ」
驚く俺を他所に玲さんがそう答えた。
マジかよ……。あの婆さんの全盛期どれだけ強いの?
いや、それよりも今はあの特殊な身体強化についてだ。
「ふんっ、水の力を大分使いこなせるようになったようじゃないか。【纏い身体強化】の魔術をあそこまで使える奴はそうはいないよ」
【纏い身体強化】……あれはそう言うのか。
だが――視えた。以前、ストロベリー姉さんが使っていた時よりも、もっと詳細に。
ストロベリー姉さんの時は、あれは生まれつき持ち得た力なのだと思っていた。
しかし今、この目で見てはっきりと分かった。あれは生まれつきのものなんかではない。そういう使い方を出来るか否か、だ。
――視えた。あの時よりも、ずっと細かく。
きっとそれは、絶えず瞑想をやってきたからに違いない。
やはり無駄ではなかったのだ。頑張った日々は。
――今の俺ならあれを使える。その確信があった。
「玲様、次は俺のお相手をしていただけますか?」
自然と俺はそう言っていた。
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