第六十七話 項花娘VS項花玲
さらに半年が過ぎた。
ファラウェイと第一王子タンヨウの派閥争いだが、最初こそ勢いを盛り返すようにしてファラウェイの派閥が大きくなっていたが、しかし敵も然る者。必要以上に切り崩すことは出来ず、勢力の規模が劣った状態のまま、今では一進一退を繰り返している。
以前のような暗殺は今のところない。よほど確実にやれるか、よほど追い詰められたりしない限りは暗殺者を放ってくることはないだろうが、他にも毒殺などもあるので油断は禁物だ。
――ただ、こちらの陣営の結束は異常なほど固く、そういった毒物が入る隙はまるでない。調理場まで皆、ファラウェイに心酔している者しかいないからな。中には家族が人質に取られようがファラウェイを売ることはしないと公言している者すらいるほどだ。
それに、桃戦華が目を光らせていることも大きい。あまりに逸脱した行為をすれば、彼女は第一王子だろうが容赦はしないと言い放っている。彼女は引退しているとはいえ、その影響力は未だ健在。第一王子としても桃戦華を敵に回すことだけはしたくないはずだ。
――それで、俺はというと、未だに強くなる方法が見つけられないでいた。
もちろん日々修行しているので、強くはなっている。強くはなっているのだが……このままでは、いざという時、クロに勝てない。
――必ずクロと戦う時は来る。何故ならあいつは中華大国に害を為すだけでなく、恐らく世界に害を為す存在だからである。もし俺の予想が当たっていた場合、中華大国のことを抜きにしても、俺はあいつを逃すわけにはいかない。
だからこそ何か、何かもう一つ皮を剥かなければ……。
焦りを抱えたまま瞑想していると、俺は桃戦華に誘われた。
曰く、久しぶりに玲さんが大都に帰ってきたので、歓迎模擬戦をやるからお前も参加しろとのこと。……何だ、歓迎模擬戦て? この一家、バトル脳すぎでしょ……。
そんなわけで俺は今、王室のみが入ることが許されている中庭に足を運んでいた。
この場所にいるのはファラウェイ、その姉である玲さん、その曾祖母である婆さん、そして俺の四人だ。
で、適当な総当たり戦でバトルが開始された。本当に適当で、戦いたい者が適当に戦うらしい。
俺はどうぞどうぞと言わんばかりに戦闘を譲り、まずは『見』に徹することにした。
最初はファラウェイVS玲さん。姉妹対決である。
八卦掌の構えを取るファラウェイに対し、玲さんは背中に抱えていた錘を二本、それぞれ両手で構え、さらには三本目の錘を長い髪で持っていた。
その光景に俺は目を疑う。……は? 髪で武器を扱っているだって?
俺は【流体魔道】でその詳細を『視る』。すると面白いことが判明した。
玲さんの髪には魔力が流れていた。魔力で髪を操っているのだ。
その変則的な錘三刀流で構えを取っている。
……世の中は広い。こんな人がいるとは……。
呆気に取られる俺を他所に、戦闘が開始された。
まずはファラウェイが部分身体強化で一瞬にして距離を詰め、玲さんの胸当てに手を当てようとするが、玲さんは長い足を持ち上げ、くいっと簡単にファラウェイの手を逸らしてしまう。
そして、左手の錘をファラウェイに向かって叩き下ろす。
ドスンッ、と重い音が中庭に響き渡った。
ファラウェイは辛うじてそれを躱したが、玲さんは右手、そして髪の錘を続けて繰り出す。
そこからはずっと玲さんのターンだった。次々と繰り出される錘の攻撃にファラウェイは防戦一方だ。
やがてファラウェイが隙を見せた。その隙を見逃すまいと、玲さんの髪の錘が真後ろから叩き落される。遠心力がこれでもかというくらい乗った、会心の一撃だった。
驚いたことにファラウェイはそれを読んでいたかの如く、するっと躱す。恐らく最初の隙自体が誘いだったに違いない。
……上手い! 俺は思わず感心した。
しかもファラウェイは前方へと躱したので、必然的に玲さんとの間合いを詰めている。
玲さんは右手の錘を横から振るって対応するが、
「甲気功!!」
ガキィッ!! ファラウェイの左腕が錘そのものを受け止めていた。
普通だったら腕が折れるどころではすまないほどの強烈な一撃だったが、魔力で鋼鉄のように固くなったファラウェイの左腕が、玲さんの錘を完璧に止めている。
――ファラウェイは完全なゼロ距離まで間合いを詰めた。もはや玲さんの左手の錘は間に合わない。
ファラウェイは再び玲さんの胸に手を置くと、得意の【魔掌底】を叩きこもうとするが――その瞬間――ガクンとファラウェイの体が沈む。
ファラウェイの顎を、玲さんの足のつま先が打ったのだ。それも優しく、静かに。何の気配も感じさせずに。
そして、いつの間にか錘を放していた玲さんの左手の抜き手が、ファラウェイの首に突きつけられていた。
「勝負あり!」
婆さんの判定の声が響き渡る。
……すごい。なんて見事な戦いだろうか。俺は思わず鳥肌が立っていた。
それにしても玲さんは足を合わせると、まるで四刀流だ。それほど足の使い方が上手い。
ファラウェイは惜しかったが……やはりまだ玲さんの方が上か。そういう戦いだった。
「さすが玲姉さまネ」
ファラウェイが悔しそうに呻く。
「いや、お前の方こそ見事だった。戦う度に距離が詰まってきているのを感じるぞ」
玲さんがファラウェイの手を取って起き上がらせる。
……いいなぁ、この姉妹の画。眼福である。
母親が違うと聞いたことがあるが、そのせいか二人はまったくタイプの違う美人だ。ファラウェイは可愛らしく生まれつきの愛嬌があり、玲さんは凛々しく根っからの美人といった感じだ。
その二人が仲良くしているのを見ると、なんか、こう、クるものがある。
……変態か? 俺が悪いんじゃない。前世の俺が悪いんだ。
そんなことを考えていると、玲さんの目が婆さんに向かう。
「ババ様。次はあなた様がお相手願えますか?」
「ああ、いいよ」
いよいよ本命のお出ましである。
この二人、どっちが強いんだろう?
俺はワクワクしながらその試合が始まるのを待った。
そして――その戦いこそが俺を次のステージに導いてくれるのである。
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