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第六十三話 王位継承権、放棄の撤回

「意外とあっさり着きましたな」


 大都の門を前にして爺さんが呟いた。

 大都に向かう道中、爺さんはやたら襲撃の心配をしていたが、実際は全くの杞憂に終わった。

 まあ、二回も暗殺に失敗すれば躊躇もするだろうし、今回はこちらの情報も与えた。相手も慎重になるだろう。

 それにオキクが言うには、暗殺者の数はそれほど多いことはないとのことだった。『暗殺』というのは、それ以外に手が無い時に使う、まさに下策中の下策だから。そう何度も使うのはよほど頭の悪い奴か、ムキになっている奴のどちらかだ。

 その上で二回も暗殺に失敗した。黒の軍師という二つ名が付くほどの奴が側にいるなら、すぐにまた暗殺という手を使うことはないと思っていた。

 そんなわけで俺たちは無事に大都の門を潜り、町に入ることが叶う。

 大都の町は中華大国の首都だけあって、これまで見たどの都市よりも大きい。洗練さは西陽も負けてはいなかったが、やはり規模は段違いだ。

 その中心に王宮が建っている。

 王宮までの道を進んでいくと、ファラウェイは町の人たちから大きな歓待を受けていた。

 誰も彼もが「おかえりなさい、ニャンニャン!」と笑顔で近寄り、涙ぐんでいる者も少なくない。それだけ彼女が愛されていることの証拠だった。

 露店の店主からもらった肉まんを頬張るファラウェイを見て、俺は一瞬、暗殺のことが頭を過って肝を冷やした。正攻法で殺せなくても毒殺なら容易に出来るからだ。

 しかしファラウェイは町の人がそんなことをするとは微塵も思っていないようで、受け取る物を全て口に含んでいる。

 それが彼女の良いところだと分かりつつも、彼女のことが心配なあまり俺は胃が痛かった。いや、今はまだいい。俺は殺気を持って近付いてくる奴はある程度分かるから。

 だが、俺がいなかった時もこうやってきたのかと思うと、信じられない気持ちでいっぱいだった。

 ――それに、これからも彼女はこうするのだろう。

 中華大国はかなり大きな国だ。その国の姫君である彼女がこうも下町に溶け込んでいるのはむしろ異常である。

 ――間違いなく彼女は王の資質だ。その器は大きく、仁徳も高い。

 だが、ここまで来るとむしろ心配になってしまう。

 こういう子が決まって短命なのだ。しかも今は戦時で、さらにはどこで第一王子の手の者が狙っているとも知れないのだから。

 ……これはもう彼女を何としても王の座に就けるしかない。

 何故なら王になれば【玉璽】が手に入るから。

【玉璽】には王を守るための機能がたくさんある。噂によればその中の機能の一つに毒を無効化するものさえある。

 だからこそ彼女を王にすることが彼女を守る最善の手になる。

 ――黒の軍師などに負けるわけにはいかない。

 第一王子に黒の軍師がいるなら、ファラウェイには俺がいる。

 絶対に彼女を守る。

 そのために彼女を王にする。

 俺は密かに決意を固めていた。



 ***************************************



 王宮に入ると、俺たちはすぐに玉座の間に通されることになった。

 出奔中の第三王女が帰ってきたことにより宮中は大騒ぎで、彼女に親しい者たちはこぞって挨拶しに来た。

 そこには下心など微塵もなく、彼らは心から彼女の帰還を喜んでいるようだった。やはり中には涙ぐんでいる者さえいて、彼女が分け隔てなく愛されていることが窺えた。


 そんなことをしている内に、すぐに王への面会時間がやってきて、俺たちは玉座に続く入口へと案内される。

 入口から中を見渡すと、真っ直ぐ進んだところに玉座に座った人物の姿が見える。

 玉座の間は広く、ここから玉座まで大分遠いので、普通の視力なら詳細な姿までは見えないだろうが、身体強化の魔術を使っている俺にははっきり見えた。身体強化の魔術は視力もある程度強化してくれるからだ。

 玉座に座った人物は、頭には中華式の王冠――冕冠と思しき冠を載せ、煌びやかな竜の刺繍が入った冠服を着込んでいる。

 口には立派な髭を蓄えており、肘掛けから伸ばした手で頬杖を着き、こっちをまっすぐ見つめているあの目――野心を隠そうともしない鋭い目をしており、そこからは溢れんばかりの自信が窺えた。

 恐らくあの人こそが中華大国王なのだろう。

 俺たち――ファラウェイ、爺さん、先生、それに俺の四人は、赤い絨毯の上を玉座に向かって進んでいく。

 途中、辺りにいる武官や文官たちの視線が俺たちに向けられる。特に俺には値踏みするような無遠慮な視線がぶつけられていた。

 そんな中、ようやっと玉座の近くまで行くと、ファラウェイが膝を折ったので、俺を含めた他の三人もそれに倣い、跪いた。

 静寂の中、ファラウェイが口を開く。


「王にはご機嫌麗しゅう……」

「よいよい。そんな他人行儀な挨拶など抜きじゃ。そちは我が娘であろうが?」


 玉座に座っていた王が口を挟んだ。すると、


「父上、お久しゅうございますアル」

「うむ。そちもよく無事で帰ってきたな」


 感じる威厳とは裏腹に、そこには娘を心配する一人の父親の姿があった。娘を見るその目はあくまで優しい。


「そちが何者かに襲われたと聞いた時は肝を冷やしたぞ。どこの誰の差し金かは知らぬがな」


 王は左手前辺りにいた文官たちの方をギロリと睨んだ。それで文官たちは圧に押されたようにしてたじろぐ。

 ……どうやら王は王位継承権争いを推奨しながらも、暗殺までは許していないようだな。ということは、暗殺は第一王子の独断か。やはり下策だったみたいだ。


「この通り、ワタシは無事ですヨ。そこにいるエイビーのおかげですアル」


 ファラウェイのそのセリフで、辺りの視線が一斉に俺に集まる。


「ほう? その方が報告にあったニャンニャンを救ってくれた少年か。報せを聞いた時は俄かには信じられなかったが、本当に幼い少年なのだな」


 王の視線が無遠慮に俺の体を這っていた。俺の本質を見抜こうとするそんな視線だ。


「まずは我が娘を救ってくれたこと、この通り礼を申す」


 ……まさか一国の王が頭を下げて来るとは……。俺はその姿に少なからず衝撃を受けていた。

 ……なるほど。この人も王の器か。


「もったいないお言葉です。私の助力など微力に過ぎません。窮地を切り抜けられたのはニャン様ご本人のお力あってのことでした」


 そう答えると、ファラウェイや先生が驚いた目をしていた。……あの、そんな言葉遣いも出来たのね、みたいな視線を向けて来るのやめてくれる? これでも一応、貴族だったんだけど? これくらいは出来るよ?


「ほう? 思ったよりも礼儀を知る少年のようだな。瞳からは知性も感じる。その上、武力も持ち合わせている、か」


 王の目はどんどん俺に食いつくようになっていた。まるで本当に食われそうな目だ。

 しかし、王のその言葉に異を唱える者がいた。


「お待ちください、王」

「なんだ、冷黄?」


 冷黄と呼ばれた文官は一歩前に踏み出すと、


「話によれば、その少年はあのエイビー・ベル・スカイフィールドだというではありませんか? エイビー・ベル・スカイフィールドといえばかの有名な【魔力ゼロ】。そのような者に姫様を救えるなど、私には到底思えませぬ」


 それは心から小ばかにしたセリフだった。冷黄と呼ばれた文官の目は俺をあざ笑っている。

 いや、彼だけではない。周りにいる多くの者たちが同様の目を向けてきていた。


「そうだ! スカイフィールド家の子息といったら、あの【魔力ゼロ】ではないか!」

「魔力が無くて家を追い出された者に何が出来る?」

「きっと純粋な姫様のことだ。騙されているに違いないぞ」

「あんなどこの馬の骨とも分からぬ小僧に姫様を渡せるか」


 好き勝手言われまくっていた。

 ただ、俺は冷静に状況を判別する。……なるほど。ここにいる者の大半は第一王子派らしい。

 少なくても率先して俺を悪く言おうとしている者たちはそうだ。中には本当にファラウェイのことを心配して声を上げている者もいるけどね。どこの馬の骨かも分からなくてごめんなさい。

 が、騒然とした玉座の間の中、突如轟音が響き渡る。

 見ればファラウェイが地面に拳を叩きつけていた。

 ……あの、玉座の間の地面が陥没しているんだけど、いいのかな?

 そんな俺の心配をよそに、ファラウェイが静かに口を開く。


「エイビーを愚弄する者は、ワタシが許さないアル」


 その一言で、辺りはしんと静まり返る。

 ファラウェイの放つ怒気に当てられた一同は、文官、武官共に息を飲んでいた。

 この殺気……まるで出会ったころのファラウェイだ。

 そうだ。彼女は本当はこういう子だった。仲良くなってからは可愛らしい一面しか見ていなかったが、自分が大事に思っているものに対して害を加えようとする者に対しては一切の容赦がない。

 まさかあの目を向けられていたはずの俺が、逆にあの目をしてくれる立場になろうとはね……。

 どこか感慨深い想いを抱いていると、王の笑い声が響き渡る。


「ふははははっ! 珍しいな、そちがそんなに怒るとは。というか、そこまでの怒りを見せるのは初めてではないか?」

「……そんなことはないアル」


 ぷいっと顔を背ける照れ顔のファラウェイが可愛すぎる。


「くっく。まあよかろう。今のは家臣どもが悪いからな」


 王のそのセリフに家臣たちが再び騒ぎ始める。


「し、しかし王! 【魔力ゼロ】などを受け入れれば他国のとんだ笑い者に……!」

「黙れ!」


 突如怒り声を上げた王に、玉座の間は再び水を打ったように静まり返る。


「これ以上我が娘の恩人を愚弄する気ならば、この我が容赦せん。それとも貴様ら……この我に異を唱えるつもりか?」


 その言葉に答えられる者はこの場に誰一人としていなかった。その怒りの視線に皆、萎縮しきったように、体を小さくして下を向くばかり。

 王はあらためて俺の方を向くと、


「すまなかったな。不愉快な思いをさせたならどうか許して欲しい」

「い、いえ。むしろそこまでおっしゃっていただいて恐縮です……」


 そのように答えると、王はきょとんとした顔をした後、また笑い出した。


「ふははっ! 我に臆することもなく、ただ恐縮するか! 面白い男だ!」


 笑いを収めると、王は俺をギロッと見下ろして来て、


「気に入ったぞ貴様。どうだ? このまま我に仕えぬか?」


 ……なるほど。先程のあの目はそういうことだったのか。

 だが、今はそんなつもりなど毛頭ない。

 どう答えたものか悩んでいると、ファラウェイが叫び出す。


「父上! エイビーはワタシの婿になる人アル! 勝手に取られては困りますアル!」


 そのセリフに、王はまたきょとんとしていた。

 おおい! ファラウェイさん!? こんな公共の場で何とちくるったことを叫んでるの!?

 俺が内心でだらだら脂汗を流していると、王が再度笑い出した。


「ふははははっ! まさか旅先で婿まで見つけて来るとは、そちも相変わらず面白い娘だ!」


 笑って済ませる辺り、父親としての器の大きさも見た。

 ……というか、あなたも十分面白父親だと思いますよ、はい。


「まあよい。娘に免じてこの場は諦めてやることにしよう。だが小僧、我は本気だ。我に仕えたくなったらいつでも申し出るがよい。歓迎しよう」

「あ、ありがとうございます」


 俺は無難にお礼を言うだけにとどめた。

 辺りにはまだ不満そうな顔をしている家臣も多くいるが、それでも王が決めたことに対しては何も言えないようだ。どうやらこの王はかなり力を持っているらしいことが窺える。


「それでニャンニャン。ここに戻ってきたということは、何か決心が固まったのであろう?」


 ……さすが王というべきか、さすが父親というべきか……。王はとっくにファラウェイが帰還した理由を見抜いているようだ。

 ファラウェイはファラウェイで、辺りにいるまだよく分かっていない顔をしている連中に向かって、このように宣言するのだった。


「王位継承権の放棄を撤回させていただきます、アル」



ブックマークしていただきありがとうございます!


明日は21時半ころ投稿予定です。


よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  中国の歴史映画のワンシーンのようだった。 [一言]  将来アニメ化される事があったら、大王との謁見の際には やっぱり、銅鑼を「ボワ~ン」と鳴らして欲しいですね。
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