第六十二話 黒の軍師の影
あれから三日の内に準備を済ませた俺たち一行は、大都に向けて出立した。
ちなみに先生の研究道具一式は別の荷隊に任せてある。西陽の太守に顔を利かせた先生が取り計らったのだ。
俺たちは真っ直ぐ大都のある東へと進んでいた。
さらに十日以上が過ぎ、その大都と西陽のちょうど中間にある『会珍』という町の宿に泊まっていた時のこと。
使いを出していたオキクとばったり遭遇した。
一応低い確率ながら大都に行くかもしれないと予測していた俺は、そのルートを事前にオキクに伝えていたのである。だからこの遭遇は偶然というわけではない。
そのオキクだが、俺とファラウェイが敢えて逃した暗殺者の一人の後を付けていた。
――そして、その首謀者を割り出して帰ってきたわけだ。
会珍の宿の中――食堂でくつろいでいた時、例のごとく急に現れたオキクに面食らう一行を前にして、彼女は淡々と俺に耳打ちする。
「暗殺者を直接操っていた人物を割り出しました」
「構わないから皆にも聞かせてやってくれ」
「はっ。暗殺者を直接操っていたのは第一王子派の筆頭であり、中華大国の現宰相である李高です」
「なんと、李高が!?」
爺さんが驚いた顔をするが、オキクは追い打ちをかけるように、
「確かに暗殺者を直接操っていたのは李高ですが、暗殺者から報告を受けた李高はすぐに第一王子の元に足を運んでいました。ですので張本人は……」
「第一王子、か」
「はっ」
俺の呟きに、オキクが小さく相槌を打つ。
一方、その報せを聞いたファラウェイはというと、この前のように沈んだ表情は見せない。あくまで毅然とした態度を崩していなかった。
そのまま黙っているファラウェイに代わって、先生が口を開く。
「チッ、タンヨウめ。そこまで堕ちたか。ニャンニャンには悪いが、俺ぁタンヨウが許せないね」
それはとても先生らしい言葉だ。ファラウェイを気遣いつつも、自分の意見をハッキリと述べるという。
一方で爺さんは顔面蒼白だ。
「よ、よもやタンヨウ様が直接姫へ手を下そうとするとは……! ご自分の妹君であられる、姫を……」
それが王位継承権争いだとしか言いようがない。そんなのは日本の戦国時代でも珍しくなかったことだ。
しかし、だからと言って許せるわけではない。ただ、これ以上ファラウェイを悲しませたくはない。……第一王子の件は難しい案件だ。
どの道、直接第一王子をこの目で見て、人となりを見なければ手の打ちようはないか。
「それもこれも、あの『黒の軍師』が来てからおかしくなってしまったのだ……!」
爺さんのその呟きは聞き逃すことは出来なかった。
「黒の軍師?」
俺のその問いに答えたのはオキクだ。
「第一王子の側に仕えている軍師のことです。黒い衣装を好んで着用していることからその名が付いたと」
「それで、その黒の軍師が何かあるのか?」
「これは確証が無かったことなのでお伝えしようか悩んだのですが、体が弱かった第一王子が復活すると同時に、第一王子の裏に黒の軍師が見え隠れし始めたらしいのです。ただ、タイミング的に、もしかしたら……」
「第一王子の体が治るタイミングから見て、それに関わったのも黒の軍師?」
「はっ、その可能性はあるかと」
「それに第一王子が王位継承権を取り戻すことを進言したのも、また、それを手助けしているのも黒の軍師か?」
「さすがです、坊ちゃま」
だろうな。そう考えない方が不自然だ。
これはいよいよ世界の裏で戦争を操っている奴がいる可能性が高まってきた。その場合、黒の軍師がそいつ自身か、もしくはそいつに関わっている可能性が大きい。
一方、俺たちのその会話を爺さんが驚いた目で見ていた。
「ぬ、主らは一体何者なのだ? 中華大国に仕える者ですら見極められておらぬ真実に目を向けるとは……」
「ふふん。これがエイビーネ」
ファラウェイが胸を張る。どうしてキミが得意げなのか。
ただ、そのセリフに爺さんが何かに気付いたような顔になる。
「……エイビー? もしや、帝国のスカイフィールド領のエイビー・ベル・スカイフィールド殿では?」
「え、ええ。そうですが」
……まさかここに来てその名前が出て来るとは……。
俺が頷くと、爺さんはまた驚いた顔をしていた。
「なんと! スカイフィールドのエイビーと言えば、有名な【魔力ゼロ】ではないか!?」
【魔力ゼロ】――まさかその二つ名がこんなところまで広まっているとはな。しかも、かなり有名な話みたいな感じだ。
……だが、これはちょっと不自然だ。
叔父が意図的に噂を広げたのか? ……そう考えた方がしっくりくるか。叔父的には【魔力ゼロ】と縁を切ったことを大々的に広げたいだろうから。
一方、ファラウェイが不思議そうに首を傾げている。
「あれ? そういえば魔力を感じないネ」
……この子は暢気すぎだろ。王宮育ちだからか、はたまた生来の気質なのか、ファラウェイはそういうところがある。
「ん? でもエイビーは強いアルよ? ほあ? どういうことアル?」
「……おい、ニャンニャン。こいつの特殊性にまったく気付いていなかったのかよ……」
先生は呆れた顔でファラウェイを見ていた。どうやら先生は気付いていたようだな。気付いていて何も言ってこなかったところにさりげない男気を感じる。
で、皆の視線が俺に集中するが、
「い、いや、それについてはまた今度説明するよ」
と言って煙に巻く俺。出来れば【流体魔道】については広めたくない。
しかし、ファラウェイにだけは他言無用を条件に言ってもいい。あと、先生にもお世話になっているので黙っていることは心苦しい。この二人は口が堅いだろうし、最悪、話してもいいと思っている。
爺さんはごめんなさい。
俺は話をすり替える。
「とにかく今はその黒の軍師だ。一度会ってみなければ何とも言えないが、話を聞く限り、現時点で第一王子を焚きつけた張本人である人物の可能性が高い」
それに――この中華大国に騒乱をもたらそうとしている人物である可能性もな。その考えがあるからこそ、黒の軍師の存在は俺にとって見逃せないものだった。
「いずれにせよ、急いだ方がいいだろう。大都に」
俺のセリフに皆が一斉に頷く。
しかし、すぐにファラウェイが気の抜けた感じでこう言う。
「でも、今日はもう遅いから寝るネ」
……まあ、そうだな。いくら急ぐと言ってもこんな夜に再出発するはずがない。
頷く俺の手を、ファラウェイが取ってくる。
「さあ、エイビー。部屋に行こうアル」
その姿に、先生が焦ったように、
「お、おい、バカ、ニャンニャン……」
そのやり取りに爺さんが不思議な顔をしていた。
「? どうして寝るのにその小僧と一緒に行く必要があるのですかな? それに、わしに知られたらまずいということは……はっ!? ま、まさか!?」
「し、しまたネ。これまでエイビーと一緒に寝ていることは内緒にしていたのに、アル」
自分からめちゃバラしてるやん。
……それに内緒にしている時点でやましいと思っているということじゃない? 俺はむしろ純粋無垢な気持ちで受け入れていたのに……。
「い、いい、一緒に寝ているですと!? ひ、姫! なんとふしだらな!?」
「ワタシたちは子供アル。それなのにふしだらと思っている時点で爺の方がふしだらネ」
おお、凄い。純粋なファラウェイが話をすり替えようと頑張っているぞ。
「男女七歳にして同衾せず、ですぞ!」
「それ、エイビーから聞いたネ。耳タコアルヨ?」
「でしたら、この小僧の方がよっぽどまともではないですか!?」
ですよね。そんな気はしてた。
その後、「絶対一緒に寝る」「絶対駄目」の応酬が続き、気付いた時には爺さんが泣きながら部屋の片隅で丸まっていた。ファラウェイが最後に放った「爺なんて嫌いネ!」が効いたようだ。
……爺さん、可哀想……。
そんな中、俺とファラウェイは一緒に寝た。
隣の部屋から爺さんのすすり泣きが聞こえる中、ファラウェイに抱かれて眠るのは気まずいったらなかったよ?
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