第五十九話 暗殺者再び
家から出ると、俺は一直線にいつもの土手に向かって走り出す。
もし敵が事前にファラウェイの行動パターンを把握しており、彼女を警戒させないよう町の外から一気に急襲するパターンなら、敵はこのままファラウェイが修行している土手に直行するはず。
普通の暗殺者なら、拳法の達人であるファラウェイを襲う場合、広い土手で襲うよりも、前回同様、闇夜に紛れ、家に押し込めて袋のネズミにした方が効率良い。
――だが、もし敵が、ファラウェイがアル・シェンロンの家に滞在していると知っていたら?
先生はこの国一番の錬金術師。敵がそのことを知れば、警戒して家には押しかけない可能性は高い。
……ただ、いつ知られた?
そこで俺はあることに気付く。
もし魔力が少ない諜報員が殺気も出さず、遠くからただこの家を観察するだけなら、いくら俺でも気付かないかもしれない。
ましてやそいつが、少し離れたところにある土手にいるファラウェイを観察していたとしたら、さすがに気付くのは困難だ。
……魔力が少ない者が諜報員として訪れていたという線は濃厚か。何故なら魔力が少なければ少ない諜報員ほど、それだけ警戒される要因が減る。
不覚にもそういう抜け道があることに俺は気付いていなかった。
……だが、だからこそ仕掛けを作っておいてよかった。
そのように考えながら走っていると、背後に同じ速度で走る者の気配がする。
オキクだ。
「坊ちゃま」
「敵が来た。オキク、手筈通りに頼む」
「はっ、承知しました」
そのままオキクはまた気配を消す。
こうしたことが起きた時のために、オキクとは事前に打ち合わせをしておいた。彼女はこれからその打ち合わせ通りに動くだろう。
俺はそのまま速度を落とさずに走り続ける。
やがて西の関所が見えてくる。
この西陽は城壁に囲まれた城塞都市なので、東西南北にそれぞれ設置された関所を通らなければ町の外には出られない。
一応壁を乗り超えれば出られないことはないが、万が一見つかってしまった場合が面倒なのでいつもきちんと関所を通っている。
その西の関所に近付くと、衛兵の一人が手を振ってくる。
「よお、坊主。今日は珍しいな、こんな時間に」
毎朝、早朝にここを通っているので衛兵とはすっかり顔見知りになってしまった。
だが、今はのんびり話し込んでいる暇はない。
「すみません、急いでるんで!」
「彼女の元にか? ひゅうっ、焼けるねえ!」
……なんかイラッとくる煽りを受けた。
ちなみにここにいる衛兵たちは、ファラウェイが向こうの土手で修行していることを知っている。いや、今では他の町の人にも結構知られるようになってしまった。まあ、見目麗しい女の子が朝から晩まであんな場所で修行していれば、そりゃみんな気になるわな……。ファラウェイは良くも悪くも有名になり過ぎた。
取りあえず衛兵の煽りを無視し、関所を通り過ぎると、俺は土手の方へと急ぐ。
……! そこでようやく敵の気配を正確に捕えた。
数えてみると、その数、十五人。前回の倍。
しかも前回とは違い、普通の暗殺者だけでなく、どうやら魔術師タイプもいるようだ。
彼らの気配はまっすぐファラウェイのいる土手へと向かっている。
……なるほど。昼間から堂々と闇討ちするために、戦力を整えてきたというわけか。
俺とは逆側からファラウェイへと近付いていく暗殺者たち。
だが、このままいけば俺の方が早くファラウェイの元に着く。
というか、もうすぐそこだ。
土手の上から見みると、河原で修行に励んでいるファラウェイの姿が見えてくる。
「ファラウェイ!」
俺が遠くから声を掛けると、彼女はくるっとこちらを振り向く。
「ほあ? エイビー? こんな時間にどうしたアルか?」
こてんと首を傾げるファラウェイ。可愛いが癒されている場合ではない。
俺は彼女の元まで駆け寄ると、
「ファラウェイ、敵だ」
「なんと?」
その一言ですぐに警戒モードとなるファラウェイ。
「それで、敵は?」
「そこから来る」
俺が指差した方には、葦などの高い植物が生息している場所があった。
そこは人が隠れて進むにはもってこいの場所だが、悪いが、俺には通用しない。
そいつらがかなり近付いてきたことで、ファラウェイもようやくその殺気に気付いたようだ。
「ふむ、ホントネ。相変わらずエイビーの危機感知能力は凄いアルね」
ファラウェイは感心しながらもそちらに向かって構えを取る。
一方、急襲しようと考えていたはずの暗殺者たちは、こちらが既に戦闘態勢を取っていることに動揺しているようで、中々草むらから出てこない。
……いや、待ってやる必要もないか。
俺は外部の魔力を取り込むと、体内で練り上げ――
一気に解き放つ!
「炎よ、我が敵を焼き尽くせ!!」
前に差し出した俺の手の平から炎の渦が伸びていく。
これは以前、ロリコン公爵が使っていた魔術だ。一流の炎の魔術師だったあの男の魔術をこの目で視たからこそ、より効率的にこの魔術を扱える。
炎の渦は一直線に川の方へと伸びていき、途中にあった葦などの植物を燃やす。しかも手の平を横に移動させることで、炎の渦をさらに広範囲にばらまいていく。まるで火炎放射器だ。
その炎の渦と焼かれる植物に、たまらず暗殺者たちが飛び出してくる。
中には炎に焼かれて苦しそうにのた打ち回る者も数名いた。
同時に、俺とファラウェイはそれぞれ飛び出てきた暗殺者の方に向かっていた。
予想以上に炎の魔術による奇襲は効果的で、既に敵方に統制はなく、各個撃破の良い的である。
俺は距離を詰めると敵と相対する。
まずは立て続けに二人、八卦掌の肘と拳で吹き飛ばした。
「くっ!」
このままだとまずいと思ったのだろう、すぐに三人が俺を囲んで襲い掛かってくる。
俺は敢えて構えを解き、しゃがみ込むと、地面に両方の手の平を置いた。
俺が魔力を込めた途端、地面が淡い光を発する。錬金術の光。
錬金術の魔方陣が地に展開された瞬間、辺りの地面が急に砂漠の流砂のように柔らかくなる。
「な、なんだこれは!?」
俺を囲んでいた三人の暗殺者は流砂に巻き込まれ、身動きが取れなくなる。
俺は錬金術で地面の地質を変えたのだ。
そこをすかさず頭に一撃ずつ叩き込み、意識を刈り盗った。
……よし。思った通り錬金術は実戦でも使える! 俺は確信した。
一方、ファラウェイの方も一人、また一人と拳を叩き込んで着実に倒していっている。
「どういうことだ!? 相手はたった二人のガキだぞ!?」
敵のリーダーっぽい男が呻くように叫んだ。
悪いが俺もファラウェイもこの一年間、ただ過ごしていたわけじゃない。共に練度は上がっている。
それに、やはり奇襲が失敗した暗殺者ほど脆いものはない。
魔術師や剣士タイプの者もいたが、統制の取れていない状態では力を十分に発揮出来ていなかった。
そうしてあっという間に敵の数は減り、
「撤退だ!」
残り三人になった時点でリーダーっぽい男が叫んだ。そいつらは去り際に倒れている仲間に向かって短剣を投げつけていくが、
「やらせない」
俺はアイテムボックスから剣を取り出すと、それらの短剣を弾く。届かない分は風の魔術で短剣の軌道をずらした。それで目標を失った短剣は乾いた音を立てて地面に転がる。
……悪いが、前回の奇襲のおかげでこいつらの手口は分かっている。
「ぐっ……!」
悔しそうに呻き声を上げて逃げていくリーダーっぽい男。どうやら彼は仲間を消すことよりも、主に情報を届けることを重視したようだ。
ちなみに残り二人は既にファラウェイが無力化している。さすが。
だが、これ以上は困る。
「ファラウェイ!」
「ぬ?」
俺は彼女に近付いて囁く。
「あいつは逃がしてやれ」
「……そういえばオキクの姿が見えないネ。そういうことアルか」
……まさかそれだけで俺の真意を見抜いてしまうとは。やはりこの子はただ強いだけじゃない。知力と強かさを持ち合わせている。
リーダー格の男が逃げていくのを確認してから、ファラウェイが言ってくる。
「それにしても、さすがエイビーネ。まさか覚えたての錬金術を早くも実戦で使てくるとは思いもしなかたヨ。それにワタシが教えた八卦掌も既に実戦で使えるレベルネ」
そうやって褒めてくれながらも、彼女の表情はどこか暗かった。
その目は倒れている暗殺者たちに向いている。
「ついに来たアルか……」
その小さな呟きは俺の耳にも届いていた。
……さて、どうしたものか。
評価していただきありがとうございます!
明日は19時半ころ投稿予定です。
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