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第五十七話 世界の意思

 先生から課された一ヶ月の期間はあっと言う間に過ぎ――

 いよいよテスト当日がやってきた。

 しかし先生は知識を試そうとはせず、石の塊を持って来て、いきなり錬金術を行使し始めたではないか。

 薄暗い研究所の中、先生が発する錬金術の光が辺りを照らす。

 掌に展開された錬金術の魔方陣――その術式を見逃すまいと俺は目を凝らした。

 先生の持った石の塊は徐々に形を変えていき、やがてそこには美少女の形を模った石像が出来ていた。

 ……すげえ。二次元のないこの世界で、あれほど萌えを表現するとは……。しかもそれをただの石であっさり作ってしまうとは、フィギュア原型師が泣いて羨むスキルである。


「ま、こんなところか」


 先生はごとりとテーブルの上に美少女の石像を置いた。


「書庫に置いてある本を理解したなら、これくらいは出来るはずだよな?」

「え?」

「同じことをやってみろ。それがお前の入門を決める俺のテストだ」


 知識を試されると思っていたのだが、まさかテストの内容がこんな方法とは……。

 ちなみに今の錬金術は、先生が言った通り、初歩の初歩。

 つまり、先生はあそこにある書物を全て読みこむことは当然として、それを理解し、体現できるかどうかを見ようとしているのだろう。

 ――頭でっかちでは困る。何を言わずとも、理解したのならこれくらいはやってみせろと、そう言っているのだ。

 なら、やるしかない。

 それに……『視せてくれた』のならやり易い。

 知識は既にある。なら後は、今、先生がやってみせてくれた魔力の流れと術式を真似すればいいだけ。

 俺は外部の魔力を体内に取り込み始める。

 ここまでは魔術を行使する際と同じだが、ここからが違う。

 一言で違いを述べるなら、魔術は変換、錬金術は等価交換。

 もう少し詳しく言うと、魔術は魔力を力に変換する作業であり、錬金術は魔力を使って対象となる物質を変型、もしくは変質させる作業である。

 ――俺は、手に持った石の塊に魔力を注ぎ、その内部に術式を展開していく。

 石が淡い光に包まれる。錬金術の行使によって発生するエネルギーの光。

 俺は石に自分の意識を集中する。

 錬金術は魔術に比べ、よりイメージの力が重要になる。

 俺は先生が作った石像をチラ見しながら、同じような形に変換していく。

 術式を構築すると、石はガリガリと形を変え始め、少しずつ俺のイメージ通りの形へ近づいていった。

 最終的にそれは、先生の石像と同じような美少女の形の石像へと姿を変える。

 先生のものほど精巧には出来なかったが、中々悪くない出来ではなかろうか?

 だが、先生の石像が日本で数十万の値段が付く代物だとしたら、俺の石像は千円もいけばいいところだろう。つまり、今の俺と先生の錬金術の練度には、それほどの差があった。

 しかし、先生は驚いた表情をしている。


「まさか一発で成功させちまうとは……。しかもこの時点でかなり精巧ときてやがる」


 先生はがりがりと頭を掻くと、


「合格だ。今日からお前に錬金術を教えてやる。本格的にな」


 よし! 俺は思わずガッツポーズした。

 後でファラウェイにも教えてあげたらきっと喜んでくれるだろう。テストは俺と先生だけで行うと言ってファラウェイは入れてもらえなかったのだが、まるで自分のことのように心配してくれていたからな。

 早く彼女の喜ぶ顔が見たかったのに、先生はというと、


「じゃあ、早速今からお前に錬金術を教えてやる」

「今から、ですか?」

「ああ。お前にはとっとと錬金術を覚えてもらって、俺の研究を手伝ってもらわねえといけねえからな」


 その顔はいやに真剣だった。


「どうしてそこまで急いでいらっしゃるのですか?」

「俺には時間がねえんだよ……」

「え? ど、どういうことですか?」


 先生は随分と深刻な顔をしているではないか。

 ま、まさか、重い病を患っていてもう幾ばくも生きていられないとか……?

 俺が本気で心配する中、しかし先生はこのように叫んだ。


「俺は自分の肉体が若い内に自分好みの美少女を作りたいんだよ! だって、よぼよぼのジジイになってから自分好みの美少女を作っても虚しいだけだろ!?」

「……まあ、確かに」


 俺の心配を返して欲しいが、激しく同感出来てしまうから困ってしまう。


「だからお前には早く上達してもらわなきゃ困るんだよ」

「わ、分かりました。なるべく早く先生の領域まで到達してみせます!」

「フッ、それでこそ俺の弟子だぜ。さあ、やるぞ」

「はい!」


 何だかんだ、俺はこの人と馬が合うと思ってしまう。

 多分、前世の俺と似ているのだ、この人は。

 前世の俺よりよっぽど前向きで努力家だが、それでもやはり放っておけない気がする。

 だから、共に前に進みたいと思い、俺は先生の授業を真剣に聞き入った。



 **************************************



 その夜、ファラウェイは俺の正式な弟子入りを祝ってちょっとしたパーティを開いてくれた。

 やはりファラウェイは自分のことのように喜んでくれて、料理はそんなに得意ではないだろうに、色んな料理を作ってもてなしてくれた。

 もちろんオキクほど上手くは出来てはいなかったが、それでも心の籠った料理はオキクの料理に匹敵するくらい美味しかった。

 そして、いつものように風呂に入った後、一緒に布団に入り一緒に寝て――

 次の日の朝。

 いつものようにファラウェイと早朝の修行をした後だった。

 研究所に戻る途中の裏道で、背後にオキクの気配を感じる。


「オキクか。何か分かったかい?」

「はっ」


 オキクは澱みない口調で残酷な事実を告げる。


「ファラウェイ殿の命を狙ったのは、恐らく彼女の実の兄です」

「……なんだって?」


 俺はファラウェイが狙われたのは権力闘争に巻き込まれてのことだと予想はしていた。しかしまさか、首謀者が実の兄とは……。


「彼女の長兄――即ち中華大国王の第一王子は元々体が弱く、王位継承権をはく奪された身でした。その時、代わりに王位継承権第一位に選ばれたのが第三王女の項花娘(シィアンファニャン)様……つまり、ファラウェイ殿です」

「……あの歳で、か?」


 今でさえまだ十二歳だぞ、彼女は……。


「はい。ニャン様には内外から絶大な人気を誇る七つ歳が離れた姉、第一王女の項花玲(シィアンファリン)様がおられますが、リン様はニャン様の将来性の高さを予言し、自ら王位継承権を放棄すると共に、ニャン様への全面バックアップを公言したのです」


 第一王女の項花玲(シィアンファリン)か。その人は確か……。


「『中華大国に二つの秘宝あり。一つは玉璽。もう一つは(ファ)姉妹』……だっけ?」

「そうです。その(ファ)姉妹の姉君がリン様です。彼女は恐らく王家内部の分裂を嫌ったのだと思います。噂通り、聡いお方のようです」


 ……なるほど。少しずつ話が見えてきた。


「それで? ファラウェイが命を狙われたということは、王位継承権争いに第一王子が絡んでくるのか?」

「その通りです。さすが坊ちゃま」

「第一王子は王位継承権をはく奪されたのが気に食わなかった?」

「ご明察の通り。元々体が弱くて王位継承権をはく奪された第一王子でしたが、しかし、ある時に体が回復されたそうです」

「……回復? 急にか?」

「はい。急に、です」

「………」

「それで体が回復した第一王子は、当然王位継承権の優先順位は自分に戻るべきだとして主張し、ニャン様派の者たちを次々と粛清し始めました。恐らく、アル・シェンロンさまもその一人です」

「先生が……」

「はい。あの方は見ての通り、分かり易いくらいファラウェイ殿に肩入れしておりますので。そんな状況に危機感を抱いたニャン様はすぐに手を打たれました。姉のリン様に倣って、ご自分も王位継承権を放棄なされたのです」

「………」

「ですが、ニャン様を慕う者たちは多く、そういった者たちは第一王子の復権に反対し、ニャン様が王位継承権を放棄しようが、彼女を盛り立てようとしました。そのせいでまた粛清が始まりそうな気配があり、そこでニャン様は次なる手を打ちました。そう、自ら大都を出たのです」

「……なるほど。そういう流れか」

「はい。ですが皮肉なことに、ニャン様の自らを犠牲にしてまで国を想う姿に共感する者が多く現れ、彼女の人気は余計に上がる結果となってしまいました」

「……そのせいか」

「はい。そのせいです」


 そう、第一王子からしたら自分以上の人気を持つニャン……ファラウェイのことが邪魔で仕方がないはずだ。


「ただ、彼女が自らを犠牲にしてまで王宮から去った今、粛清を続けることは批判の的に晒されるので、表立っての粛清だけは無くなりました。一見すれば、ニャン様の狙い通りになったと言えるでしょう」

「だが、彼女が狙われたのでは……」

「はい。本末転倒です……と言いたいところですが、恐らくニャン様はご自分よりも自分を慕う者たちが助かったことに喜んでいることでしょう。そういうお方であることは、坊ちゃまが一番よくご存知のはずでは?」

「……その通りだ」


 困ったことに、それがファラウェイという子なのだ。

 また逆に、そんな子だからこそみんなから慕われているのだろうことは想像に難くなかった。

 だが、だからと言ってファラウェイが狙われていいという理由にはならない。

 彼女には悪いが、俺はその兄が許せなかった。


「それでオキク。第一王子の手がここまで及んでくる心配は?」

「今のところはないかと思います。どうやら第一王子の手の者は、東の方を探索しているようです」


 なるほど。俺たちが元いた場所か。

 まさかあれだけ早く王国内を東から西へと駆け抜けたとは思っていないのだろう。

 さすがに大陸全土を捜索するには効率が悪すぎるからな。


「ならば気を付けていさえすれば、しばらくは……」

「はい。問題ないかと。異変があればわたしも気付きますので」

「そうか。助かるよ。やっぱりオキクがいてくれて良かった」

「今さらですね。わたしは常に坊ちゃまと共にあります」


 その誓いのおかげで、俺がどれだけ救われているか……。


「ちなみに俺が先生から錬金術を習っている間、オキクはどうするつもりだ?」

「はい。わたしもファラウェイ殿を見習い、自分を鍛え直そうと思っております」

「そうか」

「はい。では、失礼いたします」


 そう言ってすぐオキクの気配が消える。

 それだけのやり取りで何となく分かり合えてしまうのだから怖い。

 これが『家族』というものなのだろうか? 前世の俺がもうずっと前に忘れ去ってしまったその感覚を、今の俺は心地良く感じていた。

 ――ただ、俺は先程の会話の途中のあるセリフが気になっていた。

『第一王子の体調が急に回復した』、という点だ。

 元々体が弱かった第一王子の体調が回復すれば、そりゃ王位継承権争いが始まるだろうことは目に見えている。

 そう、まるで――


 ――王位継承権争いを起こさせるために、最初から仕組まれていたように見えるのは気のせいだろうか?


 だが、どこからどこまで? 第一王子の体が元々弱かったことは偶然か?

 それとも疑い過ぎなのか?

 ……いや、疑ってかかるのは悪いことではない。そもそもこの世界では戦争が不自然に起きすぎなのだ。

 そんな中、この状況である。誰かがこの国を内戦に陥れようとしている、という考えを持ってしまうことは無理からぬことだろう。

 一瞬、まるで世界そのものが裏からこの国を操っているかのような、そんな壮大な錯覚に陥り、俺は思わず身震いしてしまう。

 だが、すぐに俺は頭を振る。

 ……そんなはずはない。世界がそんなことをするわけがない。というか、有り得ない。出来るわけがない。世界にそんな仕組みは存在しない。……と思う。

 だとしたら、そこには何か個人の意思が働いているはずだ。そうだ。そう考える方がよほどしっくりくる。

 つまり、だ。

 ……誰かが裏から世界を操っている?

 もしそうだとしたら、一体何のために?

 それとも、ここまで想像を膨らませる俺は単なる夢想家なのか?

 ………。

 まあ、結局のところどれだけ考えてもこの疑念に決着が着くことはなかった。現時点では、あまりにも情報が少なすぎる。

 俺はファラウェイを守る。その誓いに変わりはない。

 ということは、いずれ第一王子と邂逅することになるだろう。その予感……いや、確信がある。

 もし裏に何者かがいるとしたら、その時に何かシッポを掴めるかもしれない。

 その時まで、俺は精一杯刃を研いでおこう。

 俺は決心し、再び歩き出した。




ブックマーク、そして評価をしていただきありがとうございます!


明日は19時半ころ投稿予定です。


よろしくお願いします。

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