第五十四話 アル・シェンロンの課題
「やっぱりお前は俺の敵だ! いや、全非モテ男子の敵だ!」
あの後、研究所に戻ってくるなり先生が叫んだ。
……まさか非モテ男子の代表だったこの俺が、そんな風に言われる日が来ようとは……。前世の俺からは想像も出来なかったことである。
だが、俺の彼に対する尊敬の念に嘘偽りはない。
俺はそれを伝える。
「しかし先生。先生の理想にいたく共感したのは本当です」
もし俺が前世を経験しておらず、今世の状況だけに甘んじていたらそうは思わなかっただろう。
だが、あの前世の絶望を味わった俺には、先生の気持ちがこれでもかというくらい理解出来てしまう。そして、自ら理想を追い求める彼を尊敬してやまない。
その想いが通じたのか、先生は顔を歪めながらも、髪をぼりぼりと掻いて言った。
「ちっ……しゃあねえな。俺も甘いぜ」
「じゃ、じゃあ!」
先生はため息を吐くと、
「ああ、教えてやるよ。錬金術を」
「あ、ありがとうございます!」
俺はホッと息を吐いた。
――この人はさっき俺が玉璽を作ると言ったことに対し、否定をしなかった。だからこそ俺の中の直感は、錬金術を習うならこの人しかいないと言っている。
そして、彼に師事出来ることになったのは、言わずもがなファラウェイのおかげ。彼女が真剣に俺に錬金術を習わせてあげたいと思ってくれたから、こうして先生に許しを得ることが出来たのだ。
俺は彼女に向き直り、頭を下げる。
「ファラウェイ……ありがとう。君のおかげだよ」
ファラウェイは手をぶんぶん振ると、
「気にしなくていいネ。ワタシ、エイビーの役に立ちたかただけアルから」
そう言って薄く微笑んでくれる。
もうほんと良い子過ぎてどうにかなりそう。
絶対に、必ず、この恩には報いる。
それと先生。子供に向かって本気の嫉妬の目で睨んでくるのはやめよう……?
先生は舌打ちしながら、
「おい、ガキ! 殴られたくなかったら付いてこい!」
あからさまに不機嫌になったんですけど、この人……。
俺は肩を怒らせて歩き出した先生の後をついて行くしかない。
彼の後について行くと、研究所の隣にあった書庫のような場所まで連れて行かれた。
かなり広く、見回すだけで目を回しそうになるくらい大量の本が貯蔵されている。
先生は俺に向き直ると、
「約束は約束だ。俺はお前に錬金術を教える」
そう前置きしてから、先生は説明を続ける。
「ただし、さっきも言った通り、俺の指導はそう甘くはねえ。俺の与える課題をクリアできなければ、その時点でお前は破門だ。それは覚悟しておけ」
「……はい」
かなり厳しいことを言われたが――俺は頷くしかない。
恐らく錬金術を会得するには努力だけじゃどうにもならない。多分、センスも必要になってくるはず。
だが、それでも必ず会得してみせる。
胸の内でそう誓う俺に向かって、先生はこう告げた。
「まず、ここにある本を全て読み、一ヶ月で全て覚えろ。錬金術を教えるのはそれからだ。もし出来なければ、その時点でお前は破門だ」
その内容に、後ろから付いてきたファラウェイが絶句していた。
しばらくして、我に返ったファラウェイが叫ぶ。
「アル! そんなの無茶ネ!」
……確かに、普通に考えれば今のは無理難題に近い。
なにせここにはスカイフィールドの屋敷にあった魔術本の数と同じくらいの蔵書がある。それをたった一ヶ月で全て覚えきるというのは不可能だ。普通なら、な。
だが、
「分かりました。一ヶ月で覚えます」
俺はそう答える。
すると、怪訝そうな顔をしたのは先生だった。
「……おいおい、分かってんのか、てめえ? ここにある量の本の中身を理解しようと思ったら、少なくても数年はかかるレベルだぜ? それを一ヶ月でやり遂げろと言ってんだよ、俺ぁ」
俺を試していたのか? だが、
「どの道、俺には時間がありませんから。一ヶ月で覚えてみせます」
そう。そのくらいやらなければ、妹を……ルナを助けることなんて出来やしない。
それに、今の俺ならばそれくらいは出来るはず。
俺の決意の目に、先生は若干押されたように見えた。
が、すぐに笑ってこう言い出す。
「ははははは! 気に入ったぜ! 俺の弟子になるくらいなら、それくらいハッタリをかましてくれねえとな! まあいい、やれるだけやってみな」
別にハッタリでもないのだが……。
取りあえずやるしかない。
「それでは先生、早速本をお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、いいぜ。やる気のある奴は嫌いじゃねえ」
先生はそれだけ言って踵を返す。どうやら本当にここにある本を理解するまで何も教えてくれないようだ。
しかし、先生は去り際に背中を向けたままこう言い残した。
「もし分からないことがあれば俺に何でも聞きな。ただし、くだらねえ質問はするなよ? どうしても知りたいことだけ聞きに来い。これでも俺ぁ、忙しいからな」
甘いのか、厳しいのか、よく分からない人だ。
頭を下げる俺を見ることもなく、先生は研究所の方へと戻って行った。
残ったファラウェイがすぐに心配そうに聞いてくる。
「エ、エイビー、ホントに大丈夫アルか? もし一ヶ月で覚えきれなかたら、ホントに破門にされてしまうかもヨ?」
「大丈夫だ。ファラウェイの好意を無駄にするようなことは絶対にしない。約束する」
それは俺の心からの想い。
そうでなければ、ここまでしてくれたファラウェイに対して申し訳なさ過ぎる。
だから俺は、何が何でも先生から錬金術を学び取らなければならない。
しかし、ファラウェイはというと、きょとんとした顔をしていた。
「……ファラウェイ?」
俺が呼びかけると、彼女はハッとした顔になって、すぐに笑った。
「不思議ネ。エイビーがそう言うと、絶対に大丈夫な気がしてきたヨ」
「あ、ああ。ありがとう、信じてくれて」
「うん。頑張るといいネ」
ファラウェイは頑張れと言わんばかりに両手を握って力を入れ、応援してくれる。
「これ以上ここにいても役に立てそうにないアルから、ワタシは去るヨ。でも、何か手伝て欲しいことがあれば、遠慮なく言て欲しいネ。何でもするヨ?」
それだけ言って、彼女も図書部屋から出て行った。
……もう感謝しかない。
姉さんといい、ファラウェイといい、俺は色んな人に助けられているのだと強く実感する。
「ありがとう」
俺は一人呟くと、むんと気合を入れた。
「よし! やるか!」
俺は書庫を右から左へと見渡す。
まずは本の位置と種類の把握からだな。
俺は腕まくりすると、錬金術を学ぶために動き始めた。
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