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第五十二話 アル・シェンロンの研究内容

「断る」


 理由も聞かれず、ばっさりと断られた。

 その瞬間、ファラウェイの顔色が変わる。


「な、何でネ!? こんなに頼んでるヨ!?」

「そりゃあニャ……ファラウェイの頼みなら大概のことなら聞いてやりたいけどよ、こればかりは話が違う」


 アル・シェンロンはぼりぼりと髪を掻きながら、その目を再び俺に向けてくると、


「大体てめえ、俺が何の研究をしているのか知っているのかよ?」

「……いえ、知りません」


 俺は答えに詰まってしまった。

 彼の顔が不愉快そうに歪む。

 ……しまった。それくらいは事前に聞いておくべきだった……。

 錬金術にはあまり造詣がないせいで、その研究内容に毛色の違いがあることなど考えていなかった。というか、錬金術が「研究」するものだということすら知らなかった。

 すると、


「話になんねーな。帰れ。てめーに教えることはなんにもねえ」


 しっしと手で追い払われる。

 しかし、彼に食いついたのはファラウェイだった。


「そ、そんな! アル!」

「いくらお前さんの頼みでもダメなものはダメだ。自分の研究内容に理解を示さない者に自らの成果を教える程、錬金術師は甘かねーよ」


 ……正論だ。俺が彼の立場でも同じことを言うに違いない。

 俺の考えが甘かった。こんな考えでここまで案内してもらったことに、ファラウェイに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 しかし、ファラウェイはと言うと、俺以上に辛そうな顔をしている。

 彼女は沈んだ様子のまま、俺に頭を下げてくる。


「す、すまなかたヨ……。ワタシが何も教えなかたばかりに……。うっかりしてたヨ……」


 そのあまりにしょんぼりした様子に、俺だけでなく、アル・シェンロンも気まずそうな顔をしていた。


「い、いや、ニャ……ファラウェイ? お前が悪いわけじゃなくてだな?」

「ワタシが悪いネ。エイビーの役に立ちたいと大口を叩いておきながら……これじゃとんだ役立たずネ……」


 その落ち込み様は見ていて心が痛むほどだった。

 思わずアル・シェンロンと顔を見合わせてしまう。

 しかし、互いにどうしたらいいのか分からず固まるだけ……。

 しばらく気まずい沈黙だけが横たわっていたが、あるところで、アル・シェンロンがたまらず叫び出す。


「だーっ! わーったよ! 話くらいは聞いてるから!」


 そのセリフを聞いて、ファラウェイの顔がぱっと輝く。


「ほ、ホントアルか!?」

「ああ。ただし、聞くだけだからな! それ以上のことは約束しねーぞ!?」

「ありがとうアル! アル!」

「だからアルアル分かりづれーんだって……」


 まるで自分のことのように喜ぶファラウェイに、アル・シェンロンは困ったように笑っていた。

 ……錬金術に関してはかなり厳しそうに見えたけど、ファラウェイには甘々だな、この人。

 アル・シェンロンは研究所の片隅にあったテーブルを指し示しながら、


「おい、ガキ。そっち座れ。茶くらい飲ませてやる」


 ……厳しくてぶっきらぼうだが、もしかしたらいい人かもしれない。俺は何となくそう思った。



 ************************************



「で? どうしてテメーは錬金術を覚えたいんだ?」


 相変わらず煙草の煙を吹かしながら、かったるそうに聞いてくるアル・シェンロン。

 俺はそれに答える。


「あるアイテムを作りたいからです」

「ほお、そりゃ結構なこった」


 まるで「勝手に作れば?」とでも言いたげな目だったが、そのまま訊いてくる。


「で、そのアイテムってなんだ?」


 やっぱりそう訊いてくるよな……。

 物が物だけに俺は言い躊躇ったが、錬金術を教えてもらうならいずれは言わねばならぬこと。

 俺は意を決して答える。


「玉璽です」


 その瞬間、アル・シェンロンの顔だけでなくファラウェイの顔までもがハッとした表情になる。

 玉璽――超レアアイテムにしてこの国の国宝――その偉大さを改めて思い知った。

 しかし、予想以上にファラウェイの反応が過敏な気がするのは気のせいか……?

 アル・シェンロンが肩をすくめながら、


「ほお、玉璽ねえ。こりゃ大きく出たもんだ。だがよ、ガキ。テメー、よくファラウェイの前でそんなことが言えたな?」

「え?」


 ……今のはどういう意味だ?

 俺は訝しげにファラウェイの方を見るが、彼女は慌てて首を振るだけだった。


「べ、別に何もないヨ?」


 何かあるのは一目瞭然なんだが……どうやら本人は触れて欲しくないらしい。

 アル・シェンロンはファラウェイを見ると、


「……ファラウェイ。お前、いいのか?」

「ワタシは別に構わないネ」


 ファラウェイはアル・シェンロンの問いにそう答え、再び俺の顔を見てくる。


「でも、玉璽は国宝に指定されるほどのアイテム……この世に二つとない至高の物ネ。そんなものを作るなんてこと出来るとは、とても思えないヨ? でなければ国宝になんてならないアル」


 まあ、確かにそうなのだが、俺は答える。


「玉璽だって、最初は誰かが作ったからこそ、この世に存在している物だろう? だったら後から作れないという理屈は通らない。当たり前のことじゃないか?」


 俺は理解して欲しくてそのように説明した。

 しかし、ぽかんとするファラウェイに代わって声を上げたのはアル・シェンロンだ。


「ふっ、坊主、その考えは実に俺好みだ。少なくても、大都にいた頭の固い連中よりは、な」


 アル・シェンロンはニヤリと笑う。


「だが、ファラウェイの言う通り、玉璽を再現するのは一筋縄じゃねえ。どうするつもりだ、てめえ?」

「俺は、玉璽にある全ての効果を再現したいわけじゃないんです。俺が再現したい効果はただ一つ、『魔力を含めた持ち主の気配を消す』というものだけ。もちろん、これだけでもかなり大変なことだというのは理解していますが」


 なにせ玉璽以外にはないのだ、その効果を持つアイテムが。だからこそ、玉璽の凄さが分かるというものだった。加えて玉璽にはそれ以外にもたくさん『唯一』の効果がある。

 それをアル・シェンロンも分かっているのだろう、


「それでも、一度玉璽そのものをじっくり研究しねーと、難しいと思うぜ。いや、大前提と言ってもいいくらいだ」

「……分かっています。ですが、一目見ることさえ出来れば、俺なら解析出来る自信があります」


 俺のそのセリフに、アル・シェンロンが始めてぽかんとした表情を見せる。

 そして、笑った。


「はっ、いいねえ! そんな大口叩く奴は初めて見たぜ!」


 そこで彼は笑いを収めると、鋭い視線を向けてくる。


「だが、単に大ぼら吹いているというわけでもなさそうだ」


 しばらく細められた目で見つめられるが、やがて彼はふっと表情を緩め、


「まあ、いい。でもよ、お前の言うことが本当だったとして、どうやってそれを成し遂げるつもりだ? 一目見るだけと言っても、玉璽はそれすら簡単に出来る代物じゃねえぞ」


 ……そうなんだよな。問題はそこだ。


「……分かっています。しかし、そこについてはまだ考えが及んでいません。本当はその辺りの算段を付けてからこの国に来るつもりでしたが……」


 なにせ追放されたのはかなり急だったから。準備不足は否めない。

 しかし何を思ったのか、アル・シェンロンはこんなことを言ってくる。


「へえ、お前、なんも知らねーんだな」

「え?」

「いや、その方が面白れーか」


 アル・シェンロンは意味ありげに笑って無精髭をぼりぼりと掻くが――

 ……何だ? 今の問答は……?

 だが、それについて何も答えることもなく、アル・シェンロンは話を変えてくる。


「で、俺の研究内容についてだったな」

「は、はい。お聞かせいただけますか?」

「ああ、いいよ。教えてやる。……だがな、さっきも言ったが、俺ぁ、俺の研究に理解を示さない奴に錬金術を教えてやるつもりなんてこれっぽっちもねえ。そこは覚悟しておけよ?」

「……分かりました」

「言っとくが、ごまを擦っても無駄だぜ。俺ぁ、そんな奴を大都でごまんと見てきたからな。嘘は一発で見抜ける自信がある」


 その鋭い目は真っ直ぐ俺の目を見下ろしていた。

 ……この人、嘘は言っていない。


「まあ、いい。そんじゃ教えてやるよ」


 そう前置きすると、アル・シェンロンは煙草の煙を吹かせてからこう言った。


「俺の研究内容……それはな、【人体錬成】だ」


 何気なく言われたそのセリフに、俺は耳を疑う。


「人体……錬成……」


 それは神の領域を示す言葉だった。



ブックマークや評価、いただきましてありがとうございます!


明日は21時半ころ投稿予定です。


よろしくお願いいたします。



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